第8話、比翼になりうる、勇者と魔王の邂逅
所謂、『異世界への寂蒔』に潜った時の初期装備、ぬののふく……ではなく、探索者のローブのみでゲームのやり直し=死に戻りを繰り返した影響なのだろう。
野郎の描写などしたくもないが(二回目)、それはひどい有様だった。
彼女でなくとも逃げ出したくなる事請け合いである。
「何者だキサマァァァっ! そこをどぉけぃぃぃっ!」
元はそれなりに決まってたイケメンだったのだろう。
いかにも騎士な男が、血走った目で口泡を飛ばしている。
「俺の名はジエン。しがない探索者さ。まぁ、そう慌てなさんな。どうもこのダンジョン攻略に参っている様子。良ければ脱出方法の一つも教えてやろうかってな」
「うるさいうるさいうるさぃぃっ! 私は勇者にならねばならぬのだぁっ。いいから小娘をさしだせいぃぃっ!」
泡食って激高し、何やら呪文を唱え出す騎士風の男。
そんな我を失うほど勇者ってのは大きい存在なのだろうかと、首を傾げつつも。
一応そんな彼に付き従ってるヒーラー風の男と、魔法使い風の男に視線を向ける。
「お、おんなぁ……」
「……め、めしくわせろぅっ」
あ、ダメだ。
その視線はこちらを見ているようで焦点があっていない感じ。
やっぱり慣れてない人には死に戻りループはきっついのかも。
俺の場合慣れているというか、『そういうもの』だってある程度覚悟できていたのも、未だに精神を保てている(はず)理由の一つなんだろうが。
まぁ、今回の場合、勝手に入ってきちゃったのが悪いってことで。
そうなると、さっさと我が家から退出願いたいわけだけど。
単純に力押しで追い返しただけじゃ、後々面倒というか、懲りずにまたやってきてしまう可能性がある。
そこで俺は、前々から使ってみたかったある意味魔王っぽいコンボを披露する事にした。
予めチューさんに説明すると。
返ってきたのは『中々に魔王らしいではないか』なんて苦笑付きのお言葉。
今でもそんな気持ちはあんまりなかったりするのだが、何らかの攻略法を知ってなければ自分でも防ぐことの難しい凶悪コンボだよなぁ、なんて気はしなくもない。
自分で食らったら、なんて思うとゾッとするしね。
「どけぇぇぇいぃっ!」
なんて事を考えていると、相変わらず泡飛ばして向かってくる騎士風の男。
これ以上近づかれると近接武器の効果範囲に届いてしまいそうだったので、さっさとやることやってしまうことにする。
まず取り出したるは、ここ一番の時にはよく使うという矛盾を孕んだ黒緑斑のレアなカードだ。
いつものように中指と人差し指で掴み、
「【デ・イフラ(幻惑混乱)・カード】っ!」
間髪置かずそれを『投擲』する。
途端、カードと同じ色した煙が吹き出し、まっすぐ突っ込んできていた騎士風の男にさくっと吸い込まれてそのまま消える。
射線さえ間違わなければ、射程距離など存在しない素敵なそれ。
「ぐおぉぉっ!?」
思ったよりも大げさな苦悶の声を上げて跪き黒緑の煙に包まれる騎士風の男。
実の所攻撃性もダメージもないこのスキル。
もれなく煙が晴れると、俺の目からは何か変化があったようには見えなかった。
一体、どんな『幻覚が見えている』のか。
ちょっと期待していた部分もあったのに、実に残念である。
しかし、それは騎士風の男に付き従っていた者達、マップ上で言う同色の仲間たちにとっては違うようだった。
「おんなぁっ、にがさんんっ!」
「めしぃぃっ。おれのもんだああっ」
「なぁっ、なんなきさまらぁっ!?」
まるでそこに目指していたものがあったかのように、猛然と騎士男に向かって突っ込んでいく男二人。
本来なら、幻覚を見せる事で敵性の攻撃、標的をずらしヘイトを受けた者に押し付ける、【闇】と【木】の属性を持つ、レアカード。
見た感じ、とりあえずはうまくいったらしい。
きっと、カードを受けた騎士男が、さっきの剣を持った『勇者』……美少女に見えているのだろう。
このまま放っておくとあまり見たくもない展開になってしまうかもしれない。
そこで俺は、お次にとばかりに銀色の液体の揺れる一本の薬ビンを取り出した。
『イロトラン(硬化不動)の薬』。
中身を摂取、また身に受けると、ほぼ全ての物理攻撃とほとんどの魔法攻撃をも防ぐレアな防御アイテムだ。
「続けて、【イロトラン】っ!」
俺は適当な掛け声とともにそれを投擲する。
ただ、スキルのカードと違って自らの投擲能力が試されるが、それほど離れていないこともあって、問題なく騎士男にぶち当たる。
バリン! といい音がして、見るからに身体に良くなさそうな銀色の液体が騎士男にかかる。
「がっ!? なっ……」
それに抗議の声を上げる間もなく、メデューサに睨まれたかのごとく、銀色の肌を持って固まってゆく。
「おんなぁぁっ!」
「ごはんーーっ」
しかし、相変わらず『デ・イフラ・カード』の効力は続いており、男たちがまとわりつく光景がなんともいたたまれない。
それを観察し続ける趣味などこれっぽっちもありゃしないので、俺はすかさず第三のコンボ……
透き通って反対側が見えるくらい綺麗な本を取り出した。
『ジャガ・アインド(強制退場)の本』。
こんな事がなければ自分で使う事などまずない、トラップ(マイナス)スキルだ。
『異世界への寂蒔』においては、効果を知るために使わざるを得ない場合にしか、使う機会はなかった。
「これでもくらえっ、【ジャガ・アインド】!」
元々は、ゲーム的都合の意味合いしかないそれ。
長時間、同じ階層で粘られてレベリングされないようにするためのもの。
使うと、一定時間をおいて、ダンジョンから強制排除される。
ポイントなのは、身ぐるみをはがされて、というところだろうか。
一見いらないものに思えるが、それはあくまで探索者側の弁であって、ダンジョン経営側からすれば、これも有用なスキルの一つと言えよう。
この本は、ページを一枚千切り『使用』、宣言することで発動する。
その効果は、およそ一分後。
効果範囲は一階層だが、もたもたしているとこちらまで食らってしまう。
そのため、俺は見るに堪えない男たちを放っておいて、さっさとホームに帰還する事にした。
「【リープジュア(飛付道程)・カード】っ!」
最後に使った黄緑色のカードスキルは、『ウェルスランバー(場所置換)・カード』や、『ミプデトナ(吹飛波動)・カード』とともに愛用している【風】の属性を持つコモンスキルだ。
ダンジョンであるならば余程特殊な地形でない限り存在しているであろう階層を覆う壁を利用し、いわゆる簡易の直線移動ができるスキル。
スキルの特性上、急な制動はかけられないが、ぶち当たるものがなければそれこそどこまでも飛んでいける。
逆に、障害物が途中にあれば……。
「うわぁっ、危ないっ!?」
あっという間に迫って来る、桜色髪ポニーテールの、一見儚げな美少女の姿。
ギャップのある蓮っ葉というかボーイッシュな焦り声を上げていた。
事実、『サンクチュアリ(破魔聖域)・カード』により生まれし円筒の結界により動けない彼女と正面衝突しそうな勢いである。
その時、内心で思わずおぉ、と声を上げてしまったのは、このままいくとごっつんこでラッキースケベばんざーい……じゃなくて、背を向けるなり手に持った剣で迎え撃つなり、そんな大方の予想に反して何とか受け止めようとして彼女がその小さな両手を広げている事にあった。
無茶だろう。
恐らく、テンパった上での咄嗟の行動だったのだろうが。
見た目といい、喋り方といい、「やられて」しまったのは正直な所で。
もし彼女が『勇者』で俺が『魔王』であるならば、もうすでに勝負になんないんじゃないかなぁ、なんて思っていて。
ぶつかる、正にその瞬間。
見えない壁に阻まれるように、直前で降り立つ俺。
『リープジュア・カード』は、『ミプデトナ・カード』と違って壁や対象、人やモンスターに向かって飛んでいくだけでお互いダメージはない。
実際に、自らダンジョン攻略して試していたからこその荒業であるが。
目をしろくろさせ、どうリアクションしていいか分からないでいる彼女を目の当たりにしていると。
『ジャガ・アインド』の本によるタイムリミットに追われていたとはいえ、ちょっと急ぎ過ぎたかと反省する。
だけどそれは、触れられる程にまで近くに来た事で霧散した。
全身は細かな傷だらけ。
はっとするほどの綺麗な顔も、土埃だらけで異世界の町娘風の服もあちこちが綻び破れ直視が憚られるほど。
未だその薄桃色の瞳にはっきりとした意思の力があったからこそ、早くどうにかしなくては、という気持ちになって。
「あー。お互い言いたい事はあるだろうけど、とりあえずお疲れ」
兎にも角にも時間がなかったので、それだけを口にして何か言われるよりも早く『セシード・カード』を自身の足元……プライベートスペースに『配置』。
ダンジョンの外……あるいは、ホームに帰還するための、ダンジョン攻略に必須のカード。
七色の染みる、独特な魔法陣がお互いを包み照らすのを脇目に、俺は彼女に手を差し出す。
「……っ」
それまで、彼女が何をしようと出る事の叶わなかった『セシード(脱出帰還)・カード』の七色をした円筒状の結界。
いとも容易く通過してみせたからだろう。
彼女はただでさえ大きい瞳を見開いている。
『セシード・カード』を自分以外に使うには、触れていなくてはいけないという制約があったからこその行動。
未だかつて生まれてこの方まともに女子と触れ合った事のない俺にしてみれば、下心というか、役得だなぁという気持ちどころか、そのまま逃げ出したい気持ちで一杯だったけれど。
「ダンジョン内で立ち話もなんだからさ、一旦ホームに移動しようと思うんだけど、どうだろう? 休むとこも、食べ物もあるぞ」
『『WIND OF TRIAL』の寡黙で格好良い主人公ならば。
そんな言い訳めいたことを口にしなくてもその手を取ったのだろう。
だけど、美少女の沈黙からくるプレッシャーに耐えられなくなり、ついついそんな事を口にしてしまう。
そんな俺の事、どんな風に思ったのか、分かりようもなかったけれど。
「……ああ、すまん。助かるよ」
泣き笑いを堪えるようにして吐き出されたその言葉は。
やっぱり随分と男らしいと言うかギャップ萌えそのもので。
好みな音域の声と。
思ったよりもひんやり冷たい小さな手のひらの感触が、やけに印象に残っていて……。
(第9話につづく)
第9話はまた明日更新いたします。