第74話、ダンジョンマスター、うっかり滅してしまったモンスターを惜しむ
『ダブルエッジ(諸刃調整)』のカード。
それは、繰り出したものの生命力を半分にする代わりに、受けた者の生命力を1にするといった多種方面で使える反則わざである。
「……ぐっは。やっぱり効くなぁ。やっぱりダンジョンバトルなら、殴り殴られはまあ付き物だよな」
などと嘯きつつも。
たくさん能力のついているカムラルの腕輪、その一つにお腹が減りまくる代わりに生命力(HP)が回復していくわけで実はノーダメージで。
さらに加えて、そんな『ダブルエッジ』のカードにも、魔王的コンボが存在する。
「……そしてっと。とどめに『エマーチカ(回刃開花)』のブックをくらえぃ!」
ほんの僅かばかり……ちょうど1ダメージくらい確実に食らってしまう刃を潜ませた、桜の花びらの嵐を起こす本。
その効果範囲は、ワンフロア。
それでも、眠って伏せっている『雷獣の一撃』パーティーの皆さんが、そんなダメージを受けないように極力上目でコントロールしつつ。
もう少しで、人の型を作りあげんとしていた黒いもやたちを蹂躙していって。
―――アクマ二体、エンジェル二体を撃破しました。
―――4万EX獲得、4G手に入れました。
「うわっ!? ……なんだ、ログか。久しぶりに見て聞いたな」
と言いますか、黒いもやの喋る方たちって、『スピネル・ソウ』じゃなかったんだな。
相反する感じのモンスター? が、どうして一緒に行動していたのかは分からないけれど。
ダンジョン、あるいはこの世界を管理運営している上位存在の尖兵的存在だったのかもしれない。
とは言いつつも、経験値とお金が(しょぼいけど)もらえたことだし、そうは言いつつも倒しても大丈夫な敵性だったのだろう。
『異世界への寂蒔』でもごく稀に出現する天使、あるいは悪魔めいた翼をもったアイテムを売ってくれる『ヴァル・ドール』と言う名のモンスター……NPCがいたけど。
うっかり倒してしまっても経験値やお金はもらえなかったから、きっとそれは確かで。
もしそうでなかったとしても、うっかりのペナルティは俺に集中するだろうからどんと来いや、なんて心持ちでいれて。
逆に言えば、経験値等がもらえるのならばモンスター扱い、それすなわちテイムできるということでもあって。
ほとんど裏技扱いで、そんな翼持ちし店員さんに対しても、うまいこと立ち回れば敵性認定からのテイムへ移行することも可能なわけだが。
アイテム能力未識別な鬼仕様の『異世界への寂蒔』で行うにはちときつい、あまりうまくないので今の今まで忘れてはいて。
……もしかしなくても、レアなモンスターをテイムする機会を自らで逸してしまったのか。
もう少し待っていればよかったかな、少なくとも相手の真意を知るまでは様子見すべきだったのでは、なんて思っていると。
「ぴいいぃぃっ!!」
『異世界への寂蒔』1階から3階までによく耳にする声が聞こえてくる。
というか、その声の主は俺の身代わりとなって頑張っていてくれているはずのアオイのものだった。
『雷獣の一撃』の皆さんは未だ爆睡中で。
これといって危険がなさそうだと判断しつつ。
みなさんの身体を乗っ取って動かしていたモンスターを塵一つなく倒してしまった事実を誤魔化すためにと。
俺はすぐさまアオイの鳴き声が聴こえてくる方へと駆け出していく。
元よりアオイを代わりに立てるつもりなどなかった、というのもあるだろうが。
『デ・イフラ(幻惑混乱)』諸々のカードの効果がこんな時に限って切れてしまったのか。
あるいは、俺がこんなところで油を売っているうちに、アオイに与えられることとなった役目が終わってしまったのか。
なんて考えていると、いつもより心なしか焦って飛び跳ねて向かってくるアオイが見えて。
「ん、どうした? みんなの熱い戦いは終わったのかい?」
「ぴゅにぃっ!?」
そんなことはいいから、『モンスター(魔物魔精霊)』バッグの内なる世界へかえしてくれ、的な主張。
何とはなしに察して『モンスター』バッグを取り出すと、報酬も受け取らずに、アオイはバッグの内なる世界へ帰っていってしまって。
そこはかとなく嫌な予感がしつつも、忙しないアオイに首を傾げていると。
今度は、いつの間にやらというか、その片鱗は確かにあったけれど。
しかと仲を深めていたらしい、コアコンビのチューさんとリィアラさんが連れ立ってやって来るのが分かって(俺には、典型的青スライムなアオイに続いて、文系眼鏡少女なリィアラさんがもふもふ30パーセント増しのチューさんを何とか抱えているように見える)。
「ちょ、ちょっとぉ! ジエンさんやりすぎですってばぁ!! これじゃあ私の百合百合な物語が破綻してしまうではないですかぁっ! ヘタレ……じゃなかった、人畜無害な魔王さんだって思っていたのに、とんでもないじゃないですかっ!!」
百合の間に挟まる害虫は消毒殺菌です、とばかりに。
抱えていたチューさんを、優しく下ろした後。
どこからともなく聖なるきらきらエフェクトのかかったモーニングスターめいたとげとげ鉄球をぶん回し迫り来るリィアラさん。
もふっと降り立ったチューさんに、一体全体どういうことだってばよとアイコンタクトで伺うも。
何故だかそんなチューさんでさえ、中々目を合わせてくれなくて。
「……なんじゃ、主どの。意外と男気があるではないか」
「そんなものいらないんですよお! 責任とって、ユウキさんみたいに女の子になってもらわなきゃ物語が終わってしまいますぅ!!」
「いや、ちょっと。二人して一体何の話を? っていうかチューさんには気になることがあるから少し席を外すって伝えたよな? もしかして、それのこと言ってたりする?」
ある程度の距離感を保っていたリィアラさんだけでなく。
チューさんも一緒になってぐいぐい近づいてくるものだから、もふもふテンジクネズミの妄想(妄想って言っちゃったよ)も吹き飛んで、姐御肌なのに幼いツインテールな少女の気配すら感じられるようになってしまって。
思わず及び腰というか、そのまままたしても逃げ出したくなる俺だったけど。
こっそりみんなの脅威になるかもしれない敵性を排除したのを、しっかり見られてしまっているのか。
俺は、二人のそんなセリフと迫る勢いから逃れるためにと。
そんな微かな望みにかけつつそう言ったけど。
「なんじゃ? 席を外すって、やはり現場に舞い戻る、と言う意味ではなかったのかの?」
「さぁ、さあさあ! 皆さん来ますよ! 死ぬか生まれ変わる覚悟はできてるんでしょうねぇっ!!」
すぐ傍で発せられる言葉は。
ひどくあっさりと、そんな儚い希望を打ち砕いてきて……。
(第75話につづく)
次回は10月4日更新予定です。




