第59話、ダンジョンマスター、他ダンジョンのふところへ潜り込む気持ちでいたけど
「……ふむ。果たして何も考えておらぬのか。準備万端で待ち構えておるのか」
「相手の陣地に踏み込むみたいで、少し不安だな」
「いや、いきなり街中にダンジョンは……いやまぁ、城下町タイプのダンジョンもあるだろうけれども」
「えぇ? さすがにそれはないんじゃぁ? 部屋とってくれたんだから普通に上にあるのは会議室とかでしょ」
本来のダンジョン攻略とは、これすなわち他人の、あずかり知らぬ未踏の地へと乗り込むものと言えて。
うちが特別なだけで、街中からドアトゥードアで入れるダンジョンだってあるだろうし、街そのものが実はダンジョン、という所もあるのだろう。
とはいえ、今回ばかりはユウキの言う通りいきなりダンジョンへ招待という展開にはならないのだろう。
逆に、大分テンションの上がっているリィアラさんとそう大きくないかも知れないフロア(部屋)で面と向かうのはしんどい気配がしなくもないけれど。
虎穴に入らずんばダンジョンを楽しめないという言葉が俺の中であったりなかったりで。
こちらに楽しみたい気持ちはあれど、敵意(完全攻略)がないと示す意味でも、相手のふところに入ることは必要だろう。
そんな事を考えつつも、俺たちはリィアラさんを追うようにして、案内されたのはユウキの言葉通り、探索者や図書館利用者が話し合いなどに使うという個室へと辿りついて。
「はてさて、『ジエン・ド・レギオン』の皆さんは改めましてこの『ユキアート』が誇る勇者と魔王、その馴れ初めについて……二人の愛の物語を記させていただいているこの私に根掘り葉掘り聞きたいことがある、とのことですが」
「えっ? 馴れ初め? 愛の物語だって!? えぇ、だって勇者と魔王なんでしょう? 敵同士普通はいがみ合ってるんじゃないの?」
どの口が言うのじゃと零しかけるチューさんの口をマズルごと塞ぎつつ。
早速とばかりに始まるお話の中、ざっと部屋の様子を確認する。
先程は狭いフロアなどと言ったけれど、みんなが入室してもゆったり座って話せる位には広い一室。
ダンジョンで言うのならば、魔法によるトラップ、防音効果のあるものや、中の声を拾ったり映像を保存しておける機能が周りの壁に備え付けてありそうな雰囲気だったけれど。
こっちが秘密にしておきたいことなんて、リィアラさんならもう知っていそうだし、うっかりユウキや、あんまりおヒゲの感触がなくて戸惑うしかないチューさんあたりが口を滑らせても特段問題はないといえばなくて。
「何をおっしゃいますか! それがいいんじゃないですかぁ! 宿命のもと選ばれた二人。たとえそれが命の奪い合いをしなくてはいけない敵同士だとしても、たとえ相容れぬ種族の違いや、あるいは同性であったとしても、女の子同士だったとしても! その方が萌えて燃えるでしょうがぁっ!!」
「そ、そういうもの、なのかなぁ?」
熱くテンション上げ上げで語るリィアラさん。
今度はこっちを伺ってくる事もなく、何やら深く考え込んでいるユウキ。
二回繰り返したあたりに、ポイントがあるのかな。
なんとはなしに考えたくない部分だけど、うむむと悩み込むユウキの代わりに。
気づけばリィアラさんと同じくらいにテンションの高そうなフェアリが会話をつないでくれた。
「ふぅん。司書さんって随分とここの勇者と魔王に詳しいんだね。敵同士で想い合っているとか、実は同性だっていうのは本当なの? それとも、このお話としての演出だったりするのかな」
「えぇ、ええ! 実は私、時折こっそり二人の愛の巣にお邪魔しては取材をさせてもらっていますので! ……ただまぁ、その全てが真実というわけでもありません。正直に申しますと、物語の盛り上がり、展開上私の想像と言いますか、加筆させていただいている部分はもちろんございますですよ、はいっ」
「もーそーなところもあるってこと? 司書のおねーさん正直だねぇ」
「いえいえ、それほどでもございませんよぉ」
初めから、何もかも嘘偽りで馬鹿正直に乗り込んできた俺たちを陥れる策略的なものを、ここにくるまでは考えていた部分もあったけど。
そんな事以上に、どうやら俺たちに同志であるかのように思ってくれているようで。
リィアラさんは素直に物語を作ってしまうほどに推している『ユキアート』の勇者と魔王について、とにかく語り尽くしたいだけのように見える。
それならば、然と聞きましょうかと。
別にお互い隠していること、正体を暴きにきたとかそういうわけでもないし、改めて聞く体勢に入る。
「愛の巣……あぁ、『ユキアート』の、魔王のダンジョンのこと?」
「ええ、そうです! 初めは自らの目的、願いのために向かったダンジョンで勇者リザヴェートは運命の出会いをするのです。ミゾーレと名乗る魔王との! 魂の片割れとも言える、たった一人の相手と!」
ダンジョン=愛の巣であることがフェアリにもすぐに分かったのは。
ダンジョン愛の賜物と、言葉面にこそばゆいものを覚えているチューさんのせいもあるのだろう。
暗にフェアリは、勇者(とその従者)、魔王(とその配下)しか入れないはずのダンジョンに取材に行けるんだね、なんて聞きたかったはずなのに。
スルーされたのか、そんな事よりもなのか、更に熱くなっていくリィアラさん。
「運命の出会いかぁ。やっぱり『ユキアート』の勇者さんと魔王さんはもう何度も対面してるってこと? 勝負は? ついてないのかな」
そこで、はっとなって復帰してくるユウキ。
言いたいのはきっと、『ユキアート』の勇者がダンジョンを攻略、魔王を倒して願いを叶える権利を持っているのかそうでないのかってところだろう。
「はい。そうですね。比較的レベルの高いダンジョンということもあって勇者リザヴェート一行は、ダンジョン攻略を成し遂げてはいません。でもそれは、お互いがお互いを意識してしまって今のこの関係を終わらせことに迷いがあるからなのです!!」
当然のように思っていた答えは返ってはこなかったけれど。
奇しくもリィアラさんが口にしたことは。
恐らくきっと俺だけでなく、ユウキも思っているであろうことで……。
(第60話につづく)
次回は、7月13日更新予定です。




