第55話、ダンジョンマスター、8マスすべてを囲ってもらっての進軍を夢想する
「マスター、みんな連れてきたよ~っ」
天真爛漫で子供っぽくも、先陣切るどころかあっという間に敵の背後に回って奇襲しちゃうタイプのヴェノンに。
早くも興味を持たれたらしいユウキが、戸惑いながらも受け入れ戯れあっている中。
のんびりやのマイペースかと思いきや、仕事の早かったシラユキが、残っていたスタメン……所謂仲間と共に潜れるダンジョンならば是非とも周りを固めていただきたい三人を連れて『魔物魔精霊』バッグから飛び出してくる。
「よもや意思ある皆がそろうとはの」
「そう言った意味なら全員じゃないと思うけど」
「ぬ、そうかの? ……いや、そうか。我らがダンジョンに棲まう以上、成長はしていく、か」
俺がシラユキにこっそりお願いしていたせいもあるのだろうが。
フェアリと、特にチューさんは未だ俺がみんなが揃ったところでドーピングアイテムコンボのレベルアップを目論んでいることに警戒しているようだ。
だがしかし、チューさんが続け言うように、どうせレベルアップを行うのならば最上位まで進化する見込みのある皆を呼んで、あるいはマイダンジョンでみんな揃って向かって行った方が効率的であるのは確かで。
今回は涙をのんで……大丈夫、今後はみんながいいって言わない限り行わないからと訴えていたのが新たに飛び出してきた面々にも聞こえていたらしい。
「……っ! ちょっとマスター! ユキがみんなじゃなきゃダメだって言うから来てあげたわけだけど、やっぱりあのイケナイ魔法を使う気なんでしょう!?」
「えぇ。それはちょっと。やっぱりわたし、帰る……」
「え? だから違うってばぁ。ちょ、ちょっとピプルちゃん、かえらないで~っ」
「ピプルさん。主の命は絶対なのです。それがたとえ、どのようなものであっても」
「わふっ。ディー、かたく……ない。でもなー。あるじ結局わたしのこと……あれ? 見てる?」
蜂の巣をつつく……かしましいとは正にこのことか。
初めに耳ざとくチューさんたちのやり取りを聞きつけて。
バチチと静電気纏わせながら勢い込んで向かってきたのはスーイだった。
向日葵色のウェーブ髪の、ツンデレお嬢様が見えたのは刹那の幻。
同じ色の毛並みの猫なスーイは、ヴェノンと同じく効率的甚だしいレベルアップに言葉とは裏腹に反対ではないようにも見えて。
「そんなこと言ってスーイ尻尾が上がっているよ。随分嬉しそうに見えるけれど」
「な、なな何言ってるのよフェア! そんなこと言ったらあんただってそうでしょうに!」
「ぼっ、ぼぼくはそんなことない……よ?」
「うわっ。フェアリさんが動揺してる。そんなに危険なんだ、ジエンのレベルアップ」
「かた……って、はぅわっ!? 急ぎの命だったから鎧を着てくるの忘れていました、不覚! り、りり離脱しますぅっ!」
「ディーひとりだけ帰るの反対。大丈夫だと思う、たぶん」
「ちょっ、ピプルさぁん! 離してくださーい!」
「全く一瞬で騒がしいのぅ」
「みんなそろうの、たのしーね」
ヴェノンとやってきたばかりの頃のフェアリは、生真面目なお姉さんの(だけど見た目は火の星の人)ようであったのに。
気の置けない友達めいた雰囲気のあるスーイを前にすると素が出てしまうようだ。
一方で、やってきてすぐにその氷青めいた大きな瞳(左目が薄い色合いのせいなのか大きく見える)で俺を居抜き、無意識ながらも混乱魅了に落とされそうな白く長い長い髪の少女……の幻纏わせしは白い蛇の姿持ちしピプルは。
初め、スーイとフェアリのやり取りを聞いてしゅるしゅると地を這うがごとくでバッグの中に戻っていきそうな勢いであったのに。
俺がそんなピプルのことをじっと見ていたのが良かったのか悪かったのか。
急いでいていつもの黒鉄の全身鎧を着てくるのを忘れていたらしく、褐銅色の髪を後ろ手に二つに纏めた、凛々しい同色の瞳を持つ女騎士めいたディーの素顔を初めて目の当たりにした気もするが、打って変わってピプルがディーにまとわりついている内に夢か現かいつも通り全身鎧のディーの姿がそこにはあって。
チューさんが思わずぼやいたように。
ひとたび俺自身が瞳閉じたのならば、今すぐ離脱してバッグの中に逃げ出したい雰囲気が漂ってきたので。
俺はやっぱり強制レベリングはすべきではないと判断し、みんなが落ち着くのを待ってユウキにみんなを紹介がてら、ダンジョンにおける三人の立ち位置立ち回りようをおさらいしておく。
スーイは、前衛に回ってもらうこともあるフェアリとは違って、完全なる後衛。
基本は、ワンフロア全体に効果を及ぼす【雷】の魔法を使い立ち回ることとなる。
その魔法は、ダメージは勿論、ダンジョン的に言えば数ターン行動不能にできる『麻痺』効果をあわせ持っている。
それだけでも十分強力ではあるのだが、『シリンクオガレ』から進化したスーイは、他の属性魔法も習得中らしい。
ピプルの能力は様々な効果を及ぼす瞳術である。
よく使っていたのは、『幻惑混乱』と同じ効果を持つもので。
範囲はこちらもワンフロア(目視できる)。
スーイとの連携は正に凶悪の一言ではあるが。
『インファントメデュー』であった頃は、後衛にするのも心ともないほどには体力生命力に不安があった。
しかし今は、かつての強制レベルアップと能力アップの薬たちのおかげで、前衛、タンクとして立ち回ってもいいくらい弱点を克服している。
……まぁそのせいで、レベリングの気配がすると逃げ出してしまうようになってしまったのかもしれないが。
そしてディー。
立ち位置としては前衛後衛なんでもござれなタイプ。
『ネレイトジーフォ』……さまよう騎士様である彼女の最大の特徴は、ダンジョン的に言えば一ターン三回攻撃であろう。
しかしそのあまりに大きに過ぎる攻撃力は三回も必要なかったり、バッドステータスを受けた時のフレンドリーファイアが怖かったり、時には回復魔法で戦うフェアリや、トリッキーな空中機動を行うヴェノンと相性が悪かったりするのはご愛嬌、といったところで。
三人も含めて名前付きの彼女らは、未だ成長の余地を残している、最終進化系の道が残されてはいるが。
現時点でも一人一人が頼もしく、そんなみんなと共に行動、攻略できるダンジョンがこれから待ち構えていると思うと。
楽しみで仕方ないのは確かで。
やっぱりみんな進化したからこそ魔物の姿と『人型』……少女の姿を取っているのだろうと。
レベルアップするかどうかも分からないチューさんはどうなの、とか。
どうみても俺と違ってその場に馴染みきって、あっという間に仲良くなっているユウキがどうにも気にはなったけれど。
たとえ魔王のダンジョンでなくとも、みんなといい思い出が作れればいいなぁ、と。
些細なことは置いておいて、これからは目の前に広がるこの景色から目を逸らさずに見守っていきたい、なんて思うようになっていて……。
(第56話につづく)
次回は、6月23日更新予定です。




