第36話、ダンジョンマスター、ダンジョンコアにハラスメントする?
「……良かったの? ご主人。あんなに高価なものなのに。ひとたび書き込めばありとあらゆる魔法の効果を発揮できるものだって聞いていたけれど」
「あぁ、『サレページ(真白無地)』の本のこと? いいのいいの。何でも書き込めば使えるって言っても、持っている……使えるものに限られてるし、新しいものを生み出せるわけじゃないし、あんまり使ってなかったのが溜まってたしさ。ああして使った貰った方がよっぽどあの本にとってもいいってものさ」
「まぁ、ご主人がそう納得しているのならいいんだけど。その理屈なら、ってわけでもないけど。たまには他の娘たちも……呼んで欲しいな」
「いやいや。アイテムのようにはいかないでしょ。っていうか、こっちから選べる立場じゃないし、満遍なくと言うのも難しいんだけど」
テイムしたモンスターさんたちが、呼ばれるまで過ごすバッグの中の異世界。
チューさんを含めてみんなをゲットしたばかりの頃は。
レベル上げ強化のためにの様々なアイテムを効率よく使うためにと。
みんなを一堂に集めて、『グラグロウス(共生進長)』のバッグにて一気に戦力アップだぜ、なんてことをやってたけど。
今となっては、一大テーマパークくらいには広いバッグの中の異世界を歩き回って偶然見つけ出すか、フェアリの時のようにあちらさんから会いに来てくれないと、顔を合わすことがなくなってしまっていたのだ。
強くなって、確固たる意思をもって。
俺みたいなマスターの命令を聞くことが嫌になったんじゃないかって。
むしろ、さっさと解放されて自由になりたいんじゃないかな、なんて思っていたくらいである。
故に、俺からはどうしようもないとお手上げ状態でいると。
フェアリは終始柔らかだった笑みを少しばかり引き締めて。
「むつかしいことなんてないさ。ご主人が本当にぼくらを必要と願ってくれるだけでいいんだから」
「……っ」
今回のぼくみたいに、と。
さいごのその一言が、救いになったのは確かだろうが。
自らのダンジョン、『異世界への寂蒔』にばかりかまけていた俺の現状、フェアリたちからすれば必要ないと言われているのに等しいわけで。
やっぱりこれからは、自分の殻にこもっていないで、外へ出て冒険すべきだって、固い決意をしたところで。
「……でもまぁ、ずっといっしょなのも大変なのは事実かな。正直なところ、チューさんは凄いと思うよ」
「ん? なんじゃ。呼んだかの?」
何故か恥ずかしがって、洗濯物は別々に、お風呂のお湯は入ったら一度抜くから的なニュアンスの言葉が降ってくる。
……ううむ、やっぱり嫌われている、わけでもないんだろうけれど。
節度をもって接しなくてはならないようで。
もしかしなくても、ほとんど毎日くっついている勢いで近くにいるチューさんなんて、多大なる負担がかかっているんじゃなかろうかと。
そう思うと、可愛そうだったかもしれないな、なんて思いチューさんを見やると。
ストレスなどまったくもって無さそうな、少々健康体に過ぎるもこもこもふもふな身体を揺らし、俺の膝上へと飛び込んでくるではないか。
「……別に呼んでないよ。そうやって暇さえあればくっついてないで、たまには離れて散歩でもした方がいいんじゃないかな」
チューさんはぼくと違って飛べないんだから。
テンジクネズミにしては、大きに過ぎるその身体。
正直なところ、などと言っておきながら、少しは運動しないともっともっと太るよ、なんて台詞をフェアリなりにぼかしたらしい。
「まぁ、これはこれでいいとは思うけど。さすがにちょっとふところへ入れておくのは危ないかもなぁ」
何せ、原因ははっきりしないけれど。
現在のチューさんはありていに言えば俺の頭よりも遥かに大きく育ってしまっている。
初めてチューさんをテンジクネズミのチューさんとして認識した時は、確かに通常サイズのテンジクネズミだったはずで。
栗色髪ツインテールの少女(そんな俺の妄想? な彼女も言われてみればムチムチのダイナマイトボディだった気がする)幻視してしまったこともあり、今までのように、ダンジョンアタック中にふところのチューさんをしまっておくのは色々な意味でできそうもないかもしれないと。
そもそもどうしてそんなことになってしまったのかと。
知りたかったからこその、続く俺の言葉だったわけだけど。
「……っ、フェアリも主どのもひどぃっ! ひどいのじゃぁっ!!」
「あ、おい。ちょっと」
「もう、ご主人ったら。そんなはっきり言わなくてもいいじゃないか」
「え? 俺が悪いの? ……あ、うん。言われてみればデリカシーなかったかも」
ガーンとショックを受けたみたいに。
泣きそうな声を上げて部屋を飛び出しっていってしまうチューさん。
慌てて追いかけようとするも、どうせ俺から遠く離れることはできないし、実際問題ああして少し運動した方がいいとはフェアリの弁で。
「ふ。今のも結構理不尽な魔王さまっぽかったな。まぁいいよ。ちょっくらオレが手紙出しがてら探しに行ってくるから」
「あ、おう」
そう言って笑い、じゃぁ言ってくるとばかりに颯爽と駆け出していくユウキ。
去り際のそんな言葉が理解できないと言うか、納得できないのは俺だけなのか。
フェアリはしょうがないなぁ、ご主人さまは、なんて穏やかに笑っていて……。
(第37話につづく)
次回は、3月30日更新予定です。




