第184話、魔王、今更ダンジョンマスターの逃げ場あるといったいいわけも効かず
「ふうん。あれがチュートの本気モード、ね」
「……っ!」
「ううっ、やっぱり間に合わなかった……って、メイテさん?」
「ちょ、ちょっと!」
何とかギリギリなタイミングでフェアリが決戦の場にやってきたその瞬間。
正しく召喚でもしたかのように。
突如として具現した、スーイの言う所のダンジョンの女神。
そんな彼女の、撫でるような一撃。
たった一撃で、膝をついたダリヴァ。
そんな彼女の騎士たる者が、その隙を逃すはずもなく。
まだ、ダリヴァと言う極ダンジョンの王の中に。
かつての、契約したばかりの頃のひとりの魔王の存在が残っているかもしれないと。
声を上げメイテが追いすがるよりも早く。
いずれはキヌガイアを支配したであろう極ダンジョンの王たるダリヴァは、あまりにもあっけなく二つに分かたれていて……。
「む、逃げずにとどまっておったのか。……すまんの。思うところはあったのかもしれぬが、正直加減してる余裕はなくての」
「あー、ええと。なんといえばいいのか。ごめんなさい。還す前に話すこともあったよなあ」
「い、いえ。袂を別かった時からどちらかがこうなるだろうって事は分かっていました。ただ、それは私の方だとばかり……」
もうすっかり気力を取り戻したのか、勢い込んで駆け寄ってきたメイテの様を見て。
『暴威のキヌガイア』の魔王にして極ダンジョンのマスターであったダリヴァとは恐らくこの世界に来る前からの間柄であることに気づいた俺は。
先程まで装備していた『ヴァーレスト・ソード』をさくっとしまいこんで。
どうにも熱くなりすぎてしまって、またしてもやらかしてしまったと、一にも二にも頭を下げる。
お互いがお互い恐縮し合っているのを目の当たりにした女神と称するのもわかるエキゾチックな黒髪美少女なチューさんは。
そんな二人……正確には俺を見て、相変わらず主張せんの、とばかりに呆れていて。
「まぁ、心配はいらんじゃろう。主どのは知っとるとばかり思っとったが。この世界はダンジョンを中心とした舞台のようなものじゃからの。故郷が同じと言うのならば、いつかこの世をまっとうした時には、会い見える機会もあるじゃろうて」
「……っ、そう、ですか」
「まぁ、最後に少しくらいおしゃべりできてもいいんじゃないとは思うけど」
「故郷、かあ。ぼくはできればこの世界、ご主人様の近くにいたいけど」
まごまごぺこぺこしている俺とメイテ、駆けつけてくれたらしいフェアリとスーイを脇目に。
チューさんはほんの僅か、口の端に苦笑を浮かべて。
おもむろにダリヴァのもとへと近づいていったかと思うと、気づけば彼女の言う闇色のもやのようなものにすっかり包まれ覆い隠すようになっていたその先へと。
そのチューさんらしい手のひらを潜り込ませ差し込んでいったではないか。
一体何をするつもりなのかと。
何とはなしにウマが合いそうなメイテとともにはらはらしていると。
その黒い黒いもやのようなのものは、あまりにきめ細かく降り積もった灰のようなものであったらしい。
正しくも聖母のごとき慈愛を見せつつ抱え込み抱き上げるようにした、そのどうあっても俺的に直視できそうもない胸元には、穏やかな呼気を吐くようにして眠る小さな小さな少年がそこにいて。
「うらやまけしから……じゃなかった。こ、子供?」
「なんだ、かえったんじゃなかったのね」
「ジード!」
どうしてか、随分と幼くなってしまったようであるが。
魔王とダンジョンコアの関係であったメイテからしてみれば、どう見たって見間違いようもなく。
あんなことになって五体満足らしいことに疑問は募ったものの、極ダンジョンに侵されていた様子が感じられない事もあって。
メイテは声を上げつつチューさんのもとへと駆け寄っていく。
「極ダンジョンに完全に飲まれる一歩手前じゃったが……ぎりぎりの所で断ち切ることに成功したようじゃの。今は、極ダンジョンに飲まれかけた負担により深く眠っておるが、心配せずともそのうち目を醒ますじゃろうて。もう目を離さないようにの」
「っ、あ、ありがとうございます。ダンジョンの女神よ。まさかこうしてジードを、弟を抱ける時が来るとはっ……」
もしかしたら、チューさんにも故郷に家族がいるのかもしれない。
それまでは、断罪の魔女のような佇まいであったのに、メイテが駆け寄ることで、まさしく女神のような慈愛の笑みを浮かべ、優しい手つきで何故だか小さくなってしまったダリヴァであった……少年を手渡す。
極ダンジョンに囚われしジードを目の当たりにしてからというもの。
メイテの命運は尽き果て、こうして触れ合う機会など二度と訪れないであろうと断じていたのに。
女神とのその騎士の裁量、奇跡とも言えるそれを目の当たりにし、メイテは深く深く頭を下げたあと、改めて極ダンジョンから解放されたからなのか、実に安らかに眠るジードをもう一度強く抱きしめ、もう出る事はないだろうと思っていた涙が止めどなく溢れさせていた。
「……この瞬間に立ち会えただけでも駆けつけてきた甲斐があったってものね」
「弟さんだったんだ。……うん、思ったよりも早く、また出会えてよかったよね」
「いやあ、なんて言えばいいのか、返す返す申し訳ない……」
もらい泣きしているスーイの傍ら、一つ大きな息を吐いて。
あろう事か俺に向かってそんな風に、さすがご主人さまだねとばかりに笑顔を向けるフェアリ。
うわぁっ、そんなキラキラな笑顔をなんもしてないのに向けられると罪悪感でブラックアウトしてしまううう!
じゃなくて、その罪悪感はどちらかというとやりすぎないで良かったというか、あぶねぇと言いますか。
チューさんに任せてなければラマヤンさんの時みたいに目も当てられない事になっていただろうという焦り故だろう。
「ふふ。世界が変わっても、変わらないと言うか……相変わらずだね」
「いやっ? はい。世界が変わっても変わってなくてすみませんっすみませんっ!」
あたふたしている俺がツボだったのか。
さっきとは違う笑みをこぼすフェアリに、俺はついにはノックアウト、撃沈してしまっていた。
何がなんだかよく分からないけれど、今すぐここから逃げ出したい空気が漂っていて。
混乱の極みのまま、俺がそれを行動に移そうとした、その瞬間である。
「主様っ!? ご無事ですかっ」
「ううー、今回はぜんぜん間に合わなかったぁ!」
「あ、はいぃ! 存在を殺し危機回避することだけが長所ですのでっ!」
「ん? ごしゅじんまたやらかした? 面白ダンマスもーどになってる」
「きょ、恐縮ですっ」
「あら、その子は? もしかしてメイテさんの弟さんですか?」
「! 女神様方の眷族の方々ですか。初めまして、メイテと申します」
「メイテさんは家族と初めから一緒にいられたんだね~」
「は、はい。ダンジョンの女神様方のおかげです」
「めがみさまー、今日もかっこいい!」
「かっこいー!」
「ほほ、そんなに褒めるでないぞ」
『暴威のキヌガイア』の魔王であるダリヴァが倒れた事で。
キヌガイア城下のそこかしこで起こっていたダンジョンバトルも取り敢えずはカタがついたようで。
ディーとユウキから始まって、ピプルにエルヴァにシラユキにヴェノンとアオイと。
セイカをホームに送っていったノ・ノアやダリアですら、その内戻ってきそうな、全員集合な気配が漂っていて。
そんな圧倒的熱量に、こっそり身を潜め気配消すこともできずに。
またしても俺は、眠るように意識がどこかへ飛ばしていってしまっていて……。
(第185話につづく)
次回は、10月12日更新予定です。




