第18話、魔王は逃げられるし、幻覚幻惑の類が効きません
それから、しばらく。
街へと続く均された道へと出て、そろそろ人の気配もしてきたといったところで。
非戦闘時故ふところから飛び出し、フェアリやユウキとともに並んでぴょこぴょこ歩いていたチューさんが、そういえば、とばかりにこちらを見上げてきて。
「あるじどの、さきほどのフェアリの発言もそうじゃが、人の暮らす街にモンスターが入るのは問題があるんじゃなかろうかの」
「んー。確かにテイムモンスターが当たり前な感じじゃないなら問題があるかもな。かといって今更俺だけで行くのもなぁ。ああ、それならそれで人間に化ける? 『ランシオン(幻影変化)』のカード使ってさ」
「え? いいのかい、人間になって」
確かにその方がリスクが少ないだろう。
何でそんな事にも気付かなかったのかと首をかしげていると、それぞれがつぶらな瞳を見合わせ、代表するみたいにフェアリがそんな事を聞いてくる。
「おお、見た事ある人、近くにいる人にしか化けられないけどな」
さっきの五人組なんていいんじゃなかろうか。
鉢合わせしないような努力も必要だけどね。
あーでも、一からまっさらな人物が生まれる……変化できるわけじゃないというのは、不便といえば不便かもなぁ。
ないのもあるけど、スキル一つとっても意外とマイナス面があるもんだ。
そう思いつつも、街道から逸れ、『ランシオン』のカードを取り出す。
「んじゃ、とりあえず人間に変化させる(まで使い続ける)けど」
「……やっぱりよくよく考えれば、オレ男に戻れるって事じゃ」
「見た目だけだぞ。触れられれば違和感でバレるし、あるものはあってないものはないんだ」
「ぐぬぬ。もどかしいなぁ」
そもそもこの『ランシオン』のカード、当たり前のように乱発してるけど、どうして変わるのかとか、何に変わるのかとか、よくわかってないんだよな。
そう考えると、確かにもどかしいよなぁ。
でもま、使えるものは使わなくちゃ。
三人とも、言葉あれど俺の意見に反対ではないようなので、それではと三人まとめてえいやっと『ランシオン』のカードを使用する。
瞬間、正しく魔法のようにキラキラとしたエフェクトがかかって……。
それがとっぱられた時。
「あれ? 元に戻っちゃった?」
早速訳も分からず使っている弊害が出たのか、元の姿に戻ってしまったユウキと、テンジクネズミなチューさんと、触手火星人なフェアリがそこにいた。
「え? お? も、もしかしてっ。か、鏡をっ」
何だか嬉しそうに興奮した様子でユウキが駆け寄ってくるので。
今度が俺が『プレサーヴ(収納保存)』のバッグから実はまったくもって使ってない鏡付きの盾、ミラーシールを取り出す。
見た目が高そうだから、街とかで売れるかなと追加でもってきていたこやし系アイテムの一つだ。
時々魔法を跳ね返す事を除けば、姿見にバッチリ使えるそれを一緒になって覗き込むも、やっぱり元の姿に戻ってしまった、『WIND OF TRIAL』のヒロインによく似た、桜色の髪を後ろでまとめた姿のユウキが見える。
「おかしいな。なんで戻っちゃったんだろ。連続で使うとこうなるのかな」
一回リセットして変化しなおす、みたいな。
そう思いつつ再度『ランシオン』のカードを使おうとすると、何を言ってるんだとばかりにユウキからストップがかかった。
「何言ってんだよ、戻れたんだよ! 本来の、男のオレに!」
ユウキの発する、違うニュアンスの『戻れた』。
髪はこっちの世界でしかありえない色だし、どこも変わってないではないかと首をかしげていると。
はっとなったフェアリがぼくを見てとばかりにぷにぷに触手で叩いてくる。
「ご主人、ぼくは? ぼくはどう見える?」
「え? えっと。つぶらな瞳とぷにぷに触手がかわいい火星人?」
「……そうか。うーん、これは」
「やはりあるじどのには幻覚幻影系の術は効かぬ、ということじゃな。普通ならばよいことなのだがの」
そう言って、理解したとばかりに頷いてみせるチューさんは相も変わらず、ちょっとふっくらもこもこしてきた可愛いテンジクネズミの姿だ。
う~む、『デ・イフラ(幻惑混乱)』のカードを使った時もそうだったけど、所謂チューさんの言う幻術、幻惑系の魔法は何故だか俺には効かないらしい。
装備している腕輪などにそのような耐性を付けた覚えはあるようなないようなので、元々この世界に来た俺が持っている能力なのかもしれない。
何せ、桜色ポニーなヒロインなまま戻れたとはしゃいでいるユウキと違って、誰かに召喚されたわけじゃないし、異世界転生転移にありがちな、神様的存在と邂逅したわけじゃないので、自分の基礎能力なんて考えもしなかったんだよな。
すぐにダンジョンにもぐって、死に戻ってを繰り返し、結果的にレベル上げまくっちゃったし。
「ええと、つまり俺には見えないけど、『ランシオン』のカードは壊れてるわけじゃなくて、みんな無事に人間になれたってことでいいのか?」
「まぁ、そういうことだね。ご主人に真の……人間になった姿を見てもらえないのは残念だけど」
火星人の、虚ろなのに愛らしい表情で肩をすくめてみせるフェアリ。
一応、会った事のある人か、近くにいる人にしか変身できないから、残念に思う事はないのだけど……などと思う一方で。
その落ち着いて儚げな、だけどボーイッシュで魅力のある女の子の姿が幻視できてしまって。
確かに残念ではあるかも、なんて思っていると。
俺には見られないけど、スキルの力とはいえかつての自分を取り戻したらしいユウキが、その喜びをを爆発させるかのように飛び込もうとしてきたではないか。
「おいおい。もどるスキルはないっていってたのに戻ってるじゃん! 最高だぜっ。ジエン、サンキュわわぁっ!?」
目には優しいけど、さすがは異世界と思わせる桜色。
びっくりして、俺は思わず広がってきた両手を体勢低くすることで回避し、触れる直前でくるりと回転し、その遠心力でユウキの攻勢をあしらうことに成功する。
結果、そこらへんの茂みに頭から突っ込んでいくユウキ。
ヒロインらしくちょっとドジっ娘なところも健在、といったところか。
「おいぃっ、なんだよ、避ける事ないじゃん」
「いやいや、だってユウキの言葉を信じるなら野郎同士でハグする趣味はないっての!」
「うぬ、中々に複雑じゃの」
いや、矛盾してるのは分かってるんだけどさ。
ユウキは本来の姿を取り戻したつもりでも、俺的には直視するのも恥ずかしくなってくる好みな女の子なわけで。
近づくのも恐れ多いのはわかってるんだよ、うん。
そう言って自分を誤魔化しつつ、しっかり勇気との間を取り、唸りながらも何故か今度は懐ベストポジションに飛び込んできたチューさんを受け入れる。
……うむ、確かにしっかりもふもふだ。
「……納得いかねえのは何故なんだ」
それこそ複雑そうな、苦虫を噛み潰したような顔をするユウキに。
ぼくもとばかりにふよふよと近づいてくるフェアリ。
チューさんのベストポジが懐なら、フェアリは左二の腕、だろうか。
だっこちゃんみたいにニノウデにくっついている火星人を想像してくれればいい。
案の定、腕に触れた感触は、スライムのごとくひんやりぷにぷにとしていて。
「何だか考え始めるとわけわかんなくなってくるな。……まぁいいや。とりあえずこれで街に行ってみよう」
敵認定と言うか、侵略扱いされるのなら、ホーム帰還の魔法を使うなりして逃げちゃえばいい。
聞けば、ユウキも女の子の姿で召喚されたというし、変わっているのならば気づかずに済むかもしれないし。
街に行く本来の目的を考えると、王城などに忍び込む可能性もあるので、姿形は二の次というか、透明になることのできるレアカードもあるからして……ようは街の中に入れさえすればいいのだ。
どこかまとまらず、混乱している自身を自覚しつつも、そんなニュアンスをユウキに伝えると。
「まぁ、べつにそれでもいいならいいんだけどもさ」
何故かゾクゾクするジト目でため息をつくユウキがそこにいて……。
(第19話につづく)
次回は、2月3日更新予定です。




