第177話、魔王、ひょんなことから前世界某を思い出して、剣を取る
「おお、何だか随分と偉そうな人がやってきたぞ。ダリヴァって、どこかで聞いたことがって言うか、さっき街中でみんなと対峙してなかったか?」
「うむ、あれよ。ダンジョンにおいてコアやマスターは欠けたら終わりの駒じゃからの。普通のダンジョンマスターやコアは表に出ぬものだし、あちらは影武者か何かじゃろ」
「……ふむ? そうなるとここの真のボスって事じゃないか。こう言っちゃなんだけど、ギルデッドほどのキレた感じはないなぁ、正直言って」
俺としては、マスターとコアはともに過ごしていると似てくるといったあるあるを少しばかり感じつつも。
チューさんと状況把握の意味の込めて話し合っていただけなのだが。
いつものダンジョン攻略というか一昔前はチューさんはふところにいたものだから、そんなやりとりもお互いの間だけで完結するもので。
チューさんのそのセリフが俺にしか聞こえていない事を失念していたらしい。
そうでなくても、敵対するような相手に対し基本挑発から入る(ほとんど無意識ではあるのだが)のが常なのに。
どう見てもあからさまにダリヴァの事をスルーする流れになってしまい、その間に挟まれたメイテは可哀想になるくらい萎縮していて。
「……っ、ギルデッドだと? 何故貴様がその名を知っている!? 答えろ、下賤で無礼なる者よ!」
実の所、キヌガイア兵の供給場である『嗜虐のカタコンベ』からのリンク……
連絡が途切れてしまっており、元よりコントロールの効かなかったギルデッドが極ダンジョンを捨て出奔でもしたのかと不審がっていた所の、突如として城に現れた複数の侵入者の存在が、俺達であったようで。
何かを知っているやもしれぬと、ちょうどメイテの方へ向かう者がいたので、ダリヴァはここまでやってきたわけだが。
そんなギルデッドとその極ダンジョンが既に攻略されているなどと、高すぎるプライドが邪魔をして夢にも思わないダリヴァである。
ダリヴァはそれでも気にかかる名を耳にし、何とか不遜を保ちつつそう問いかけたわけだが。
「おいおい、ほんといかにもなお貴族さなって感じだな。心配しなくてもギルデッドならちょちょいのちょいで畳んで、コアも解放しちゃったから」
「いつもならまあそうじゃったのうと頷くところじゃが。今回ばかりはわしらがそれなりに苦労しての事なんじゃけどの」
「そう、モブな俺じゃなくてここにおわすプリティなチューさんたちがやってくれました!」
下賤とか、きょうび他人に向かってよくもまぁ使うものだと。
前世からの賜物と言うわけでもないが、早々なことでは怒ったりイライラしたりする事のない俺であったが。
思えばこの世界で出会った、ある意味悪い意味でらしい王族というかお貴族様を目の当たりにして。
虎の威を借る狐ならぬ、ハイパー魔女っ娘モードなチューさんの手柄を自慢したくなるくらいには、強気に出てしまう俺。
「……頭が高いぞ下郎めっ! 癪に障る妄言ばかり吐きよって!這い蹲らせてくれるわっ!!」
それに律儀に返事をするチューさんのある意味微笑ましい台詞が二人に、ダリヴァの耳に入っていたのならば。
俺から見ればいきなり激高する事もなかったのだろうか。
「ちょぅおおぃっ! 煽り耐性ゼロかよっ! 上に立つものとしての器が知れるぜ、おいっ!」
「抜かせぇぇっ!!」
俺の知る……何だかんだで思い出してきた気がしなくもないというか、目の当たりにしてきた王族に連なる人物は。
我慢強くてかっこよくて、生暖かく見守っていたことでさえ誇りに持てるくらいえらい子達だったと。
比べるのもおごがましいか、ぺっ、などと追随したのがトドメとなったらしい。
どこからともなく、更ける夜であるならば紛れて見えないかもしれない細身のいかにも切れそうなワンハンドソードを取り出したかと思うと。
ダリヴァは気勢を上げて俺に向かって襲いかかってくる。
「だっ、くっ、ほぅあっ! 結構できるっ……じゃないの!」
「おおぉぉぉォォォっ!!」
同格であるダンジョンマスターであるのならばそりゃあまともにど正面からやりあえばいい勝負ができるよなあと。
内心では結構やるなぁって、焦りつつも。
マイ得物であるヴァーレスト・ソードのその見た目の重量からしても半端ないところだけでダリヴァの剣戟に対応する。
ダンジョンマスターに与えられし権能として、数多くの武器を巧みに扱い、精霊化して従えるほどの腕を持つダリヴァは。
軽く低俗な……いち門兵のような出で立ちの男のくせに、存外に腕が立つようだと。
瞬時に意識を修正し、空いていた左手に、雷の御姿を象った斬首刀を生み出し、すぐさま二刀流の体勢をとっていて。
「おぉっ、カッコイイ刀じゃんよ。勇者っぽい! ちょっとばかし物騒だけど!」
「ほほ。二対一で卑怯だとは言うまいな。じゃがここは援護に徹しようかの。【エンチャ・ガイアット】じゃ!」
久方ぶり? な対人戦にテンションが上がったようで。
自分でも自覚するくらいに随分饒舌になっていたのは。
しっかり肩口にスタンバイしているチューさんの援護、フォローがある事を確信していたからこそ、なのだろうが。
俺は、ここに来て何とはなしに前世界というかツギハギだと思っていた記憶が戻ってきていることに気付かされながら。
全幅の信頼を置くチューさんの援護魔法がどんなもので、何に有効であるのかすら置いて、極太に透ける剣一本でダリヴァの二刀流に立ち向かっていく。
実のところ、ダリヴァと同じようにほとんどノータイムで追加の武器などを取り出すことも可能ではあったのだが。
その時の俺は、相手に合わせるように二刀流とすることはなかった。
そもそも二刀流が俺に似合うものではないといった部分もあったが。
俺のダンジョン探索の基本である剣と盾……その代わりとなるチューさんがそこにいたからだ。
結果、一本でも剣の範疇としては埒外にあるヴァーレスト・ソードと。
ダリヴァが構える雷従えた刀と、夜色に染み入り薄くすら見えるワンハンドソードとがぶつかりあった。
「ちぃっ、小癪なあぁぁっ!!」
「おおっ、とっとぉ!」
「ふむ。これはもう一つ属性援護追加かの。こっちはあんまり得意ではないんじゃが……【エンチャ・セザール】っ!』
「……ぐうぅっ! 何ということだっ!?」
お互いきっと……いや、俺とチューさんは成り行き任せで。
ある意味持っていると云えなくもないままにこの場に来たわけだが。
当初の目的ともいえるメイテの存在もすっかり忘れさってしまったかのように。
ダリヴァも俺もついでにチューさんも、何だかんだ言って強敵とのぶつかり合いに気持ちを昂ぶらせていって……。
(第178話につづく)
次回は、8月24日更新予定です。




