第176話、ダンジョンマスター、初めてコアを介抱、解放する現場に居合わせる
「よし、久方ぶりの通常攻撃!」
久しぶりの出番に大仰に煌いている気がしなくもない『ヴァーレスト・ソード』を、俺は勢いのままに水平線になぎ払う。
元より切り裂くより叩き潰す攻撃が、その剣の真骨頂ではあるが。
その七色の刃は正しく水晶をそのまま切り出したかのように太く厚く。
斬鉄を意識したわけではないが、『ヴァーレスト・ソード』恐ろしいまでのポテンシャルと。
究極的な事を言えばこの世界で息づく度にひどく緩やかながら緩慢な成長を続けている俺の横薙ぎは。
正にバターのようといった表現が似合うほどに脆く簡単に、牢屋の格子を分け隔てバラバラにしてゆく……。
「……っ」
切ったのは当然格子のみであったが。
そのあまりの威力にせせこましい牢屋に一陣の風が舞う。
意識を失っては取り戻し、また眠りにつくように意識を失うを繰り返していたメイテは。
その少し乱暴ながらも、けっして傷つけることのない風を受けて僅かながら意識が回復するのを自覚する。
何事かと霞む目をこじあければ、いつん間にやらごくごく近くに健康的に日焼けしたむくむくの手のひらが、その掌を見せつけるようにして、その上にいくつかの瑞々しい、匂い立つような果物を乗せているのが見えて。
もちろん忘れていたわけではないが、目に入ったそれに激しく刺激され、飢餓状態にいよいよ耐えられなくなってくる。
条件反射で罅入っていた唇をぱくぱくさせると、少しばかり焦った様子でその赤い木の実を近づけてくる。
「ほれ、久方ぶりの食事じゃろう。初めじゃし、消化に良い果物『ごいんだ』にしておいたぞい」
「む。そうか。いきなりご飯もの……おにぎりじゃ食べずらいよなあ」
「……むぐぐっ」
とそこで、その手のひらの後ろから、実に生命力に溢れた、だけど聞いた事のない快活な少年少女の声が聞こえてくる。
何者かは分からないが、どうやらメイテの事を助けにきてくれたらしい。
しかし、もたもたしていたら魔王であるダリヴァが様子を見にくるかもしれない。
急いでここから逃げた方がいいと。
訴えかけたところで、問答無用でメイテの口にぎりぎり入るくらいの大きさの果物……いやそれが余りにも甘いりんごであった……が、強引に詰め込まれて。
ささくれだった唇が裂けるような感覚に悲鳴を上げかけたが、それすら封じられて。
くぐもった詰まる声を上げたところで。
しかしメイテは、それを取り入れたとたん全身が歓喜の渦に飲まれみるみるうちに生きるための活力が湧き上がってくることを自覚する。
「……っ。げほっ。ごほっ、ま、まさかこれはっ」
「ほほ。久しぶりの食事はうまかろう。いくつもあるでな。ここはまず落ち着いて、マイダンジョン産じゃが、力水ですすぐがよいぞ」
「すっ、すいません。失礼して、ごちそうに……ぬぐっ、ふぐぅっ」
ダンジョンの水は時に逃げ水となって逃げる時もあるが、この取って置きの力水は逃げんからゆっくり飲むが良いと。
チューさんがどこからともなく取り出した、いつもの『薬』が入ったものと同じ瓶に入った、匂い立つように澄んだ水を、どこからともなく取り出したカップに注ぎ込み、ずずいっと差し出してくるので。
物言わぬ、動けぬダンジョンコアであったことも忘れてがぶ飲みするメイテ。
「……はぁ、はぅっ、ふう」
その瞬間。
先程の一口に負けない、あるいはそれ以上の。
生きている事の幸せがメイテを襲った。
瞳だけにとどまらず、全身のあらゆる場所に水分が補給され、循環し、そのまま流れ出る感覚。
いや、事実メイテは、息を吹き返したことによる感動に打ちひしがれ、涙を流していて。
「泣くほど美味しかったか。それはそれは良かったのう。取って置きを出した甲斐があったというものじゃ」
「とっておきってもしかしなくとも『復活蘇生』の薬の元になったっていう?」
「『ウルガヴの涙』と呼ばれる素材アイテムじゃな。コアならたいていの者は生み出せるじゃろ」
涙だなんてついとるが、実際そんな綺麗なものでもないがの、なんて続くだろうチューさんの言葉は。
何事も知らない方がいい事もあるだろうとスルーすることにして。
ダリアやノ・ノアの時は有無を言わさずその場から退去させられていたから。
チューさんが俺とそんなやりとりをしつつも、新たなるダンジョンコアのご同輩を甲斐甲斐しくお世話している、実に穏やかなやり取りを見ていると。
なんだ、実に俺が席を外していなくても良かったんじゃないのかと思う一方で。
ふとした隙に俺が強制的にブラックアウトしてしまうような展開が目の前に繰り広げられる可能性もなくはないんだろうな、などとも思っていた時だった。
「……無作法なネズミの気配がすると思い来てみれば。余計な真似をしてくれたようだな」
「ごすっ……ダリヴァっ!? くっ。すまない、ダンジョン神どのとその御子様。悠長に会話している場合ではなかったか」
「ほう? ただのネズミではないようだな。下僕どもの話していた輩か。遠路はるばるご苦労な事だ。ここは、大層な歓待をせねばならんか」
そこに、不意に割って入る声。
メイテの事が気になって走ってでもきたのだろうか。
当のメイテは何だか心配になるくらいに狼狽えていて。
どこのどなたかと、特に慌てる事なく二人して同時に振り返ると。
そこには、何とはなしに性別が変わっただけでメイテに似てるような気がしなくもない。
だけど、言い方は悪いが2Pカラーというか、悪堕ちしてしまったと言う表現が相応しい、ついさっきダンジョンバトルの戦場と化した街中で遠目出歯亀で見たような気がしなくもない、好青年とは言い難い人物がそこにいて……。
(第177話につづく)
次回は、8月17日更新予定です。




