第174話、魔王、狡くも一番のタイミングを見計らっていて
『カムラ・ユニコーン』とも呼ばれる天翔ける騎獣種の最高峰にまで進化の道をたどる事のできたエルヴァ。
いちユニコーンであった時分から、。
今の深窓の令嬢然とした雰囲気に合わず、並び翔けるものなしとも言われていて。
そんな中、優秀なダンジョンコアであるチュートのスカウトがあって。
世界は広い、あらゆる意味で上には上がいる事を思い知ったわけだが。
そんな強き先輩たちと、世界で一番やさしいダンジョンでの日々は。
ここが終の棲み家であると思う一方で、ぎりぎりで切磋琢磨する様な機会は正直失われていて。
こんな、ヒリヒリするような感覚は久しぶり……初めてに近かったと言うのに。
そんな最高の時間に水を差すかのように。
不吉な風切り音が、エルヴァの長い耳を掠めていって。
ヒョゥドドッ!!
「ごぅおっ!?」
「エリーさん……まさかっ!?」
気を抜けばあっさり命の灯火吹き消されるであろう、極ダンジョンの軍勢同士による戦いの最中であるからして。
本来一対一の一騎撃ちなどもってのほか、流れ矢が飛んでくることだって想定して然るべきではあったのだが。
一騎撃ちのお約束……周りのものは手を出してはならないといった暗黙の了解など、戯れに唾棄すべきであるとでも言わんばかりに。
その豪風とともに、飛んできた矢は。
明らかにエルヴァを狙っていて。
「ギッ……ギュナッ!! ジャマするんじゃないわよおぉぉぉっ!!」
血反吐と体液を撒き散らしながら、激高して叫ぶエリザベート。
一騎撃ちを……二人にとって口にすることはないだろうが、最高の瞬間を邪魔されたからなのか。
結果的にその大仰な肉体を使って、エルヴァを庇う形となった。
エルヴァは澄んだ翠緑の瞳を真開き、ついさっきまで殺し合いをしていたはずの相手を凝視する。
何故、庇うような真似をしたのか。
のうのうと一騎撃ちなどしている場ではない、戦場であるのに。
流れ矢であろうと、狙っていたものだろうと、味方のそれを受ける意味はなんなのか。
戦って拳を、肉体を触れて合わせて、どこか通じ合う部分があったからなのか。
出会った場所が、時が、今この瞬間でなかったのならば。
もっと違う関係を作っていけたのではないか。
何故と問いかけるエルヴァに対し、何とも言えぬさいごの笑顔を見せてくれたから。
そんな夢うつつめいた妄想も広がったけれど。
「フンヌらばぁぁっ!」
「きゃぁっ!?」
エルヴァが我に返った時には。
エルヴァの顔程にも等しいエリザベートの拳がすぐそこにまで迫っていて。
どぐんと、鈍い音とともに目を覚まさせるには十分な衝撃。
見事なまでに、そのまま拳の進行方向に吹き飛ばされ弾き飛ばされるエルヴァ。
瞬間、視界が目まぐるしく回るとともに、周りにいた味方……スーイやシラユキのエルヴァを呼ぶ声が目まぐるしく流れていく中。
エルヴァは血飛沫撒き散らしながら、はっきりと目の当たりにした。
エリザベートの拳を受けるまさにその瞬間までエルヴァが居た場所に。
拳を振り抜いた状態のまま、前のめりになったエリザベートがいるその場所に。
極太の矢が、さながら針山を創り出すかのように殺到していったのを。
「同じ極ダンジョンの……仲間じゃなかったんですかっ!?」
エルヴァにはその時。
初めての魂を削り合えるかのようなライバルが持つその桃色が、眩しく難きものに見えた。
しかし、それでも。
そんな郷愁めいた感情に浸る間もなく。
きっと、望んでいたものではなかったエリザベートの最期を目の当たりにすることもなく。
刹那その戦いは、激化の一途を辿ってゆく……。
エリザベートと同じく『暴威の極ダンジョン』キヌガイアの五天王の一人である、『エビルゴブリンアーチャー』のギュナから放たれた極太の矢が戦場を赤く赤く彩る華を咲かせれば。
それに続けとばかりに、城すら破壊、圧壊するであろう破砕槌の権化である『デッドリーブラウニー』のガヌが戦場を均し。
滑らかになった戦場をすぐさま、爆心地に還る……クレイモアの化身である『ボムストーン』のグロクが哄笑を響かせて。
絶望に気を緩めた探索者たちを分かつ大仰なるハルバードそのものである『ダークリザード』ザガが、
一種膠着していた戦場を、エルヴァたち偵察班にとってよろしくない方向へとかき乱していく。
「エルヴァ! 動いて! 彼女の行動、その意味を考えるのよ、無駄にしないで!!」
「……っ、はいっ!」
声も枯れよとばかりのスーイの一喝により。
エルヴァが亡失から我を取り戻した時には既に、一度浸かったらまず抜け出せないであろう、正しくも極ダンジョンのモンスターパレードのごとき乱戦が始まっていた。
元より、少数精鋭をもってキヌガイア兵の供給の根本……もう一つの極ダンジョンを攻略するまでの時間稼ぎを主軸としていた、偵察班の三人。
これもノ・ノアやセイカからの情報ではあるのだが。
ダリヴァ率いる、キヌガイア軍の主軸である五天王たちならば。
こうしてキヌガイア城門前に姿を見せればすれば痺れを切らせて出てくるだろうことは当然予期していた。
故に、その姿を確認次第撤退し、『第二ホーム』にて待機している待機組たちと合流する予定だったのだが。
良くも悪くも戦況に爪痕を残したエリザベートとエルヴァの一騎打ちが、一種の停滞を生んでしまったのだろう。
固唾をのんで見守っていたと言えば聞こえはいいが、おかげで撤退の機を逸してしまっていて。
「うまく相手方のボスを釣れたと思ったけど、マスターたちはまだなのっ?」
「エルヴァさんたちの戦いがすごくて偵察だけのつもりが忘れてましたね~」
「……っ。申し訳ないですお二人とも。こうなったら」
「みなまで言わないの。わたしだって常日頃全力全開で魔法打ててないし、鬱憤溜まってたんだからいい機会よ」
「どうやら地上戦専門の方たちばかりのようですし、いざとなればどうとでもなりますよ~」
血煙が立ち込めるがごとき戦場で、視界すら奪われ始めてしまって。
待機組を呼ぶタイミングもなくなってはいたが。
それでも構わないとばかりにあっけらかんと明るい雰囲気で。
三人で簡易の陣形を取りつつ。
そのまますわ、ダンジョンボス戦のラッシュに入るぞ、なんて空気になっていて……。
(第175話につづく)
次回は、8月3日更新予定です。




