第172話、魔王、いよいよもって街中のダンジョンへと突入する
「おっと、やっと出口かな?」
「……感覚がわやくちゃになるけど、ぼくとしては長居してもいいかなって場所だよね」
「えー! のんは落ち着かないよー。ぐるぐるしちゃう」
俺とチューさんが一足先にダンジョンを脱出して辺りの様子を確認していると。
丁度そのタイミングでまずは、とばかりにユウキとヴェノン、フェアリが飛び出してくる。
いつの間にやら少女の姿になっていたチューさんは。
そのまままるで予定していたかのようにと続き脱出してくる仲間たちとハイタッチなんぞしていて。
ノ・ノアもそうだけど、セイカもそんなチューさんのノリに早くも慣れてきたようだな、などと生暖かく俺が見守っていると。
虹の本流の中、そこに棲まう獣のお眼鏡に叶ったものはとりあえずのところいなかったらしく、続々と飛び出してくる。
続くのは前述の通り、すっかり手馴れた様子のノ・ノアと。
意外にもノリがいい、対応力があるらしいセイカ。
そして、ただでさえ瞳術を使いすぎたところ12色の流れを目の当たりにしたからなのか。
ヴェノンの言う通り少し目をぐるぐるにしてしまったピプルの背中を押すようにして、しっかりきっかり殿を務めてくれていたディーが続いて。
「こ、ここはまさかっ? キヌガイア城内では? 確か、丸一日以上かかると思うのですが、こんな一瞬で……っ」
「名前だけはアイテムカタログで見た事あったけど、だいぶお高めな魔導機械だったよね」
「さすが音に聞く『虹泉』といったところですか。確かに元先生はダンジョンの機材においてお金を渋るような事はありませんでしたが」
辿り着いた場所について、すぐさま反応を示したのはキヌガイアのダンジョンに訪れ……目の当たりにしたことがあるらしい、ノ・ノアとセイカだった。
周りの壁やらを見ただけでどこのダンジョンか分かるなんてやるなぁと、内心で俺はひとりごちつつも。
兵士の回復、補給場であったらしい極ダンジョン、『嗜虐のカタコンベ』を踏破したとて、ダリヴァとその配下たち……此度の戦いにおける主戦場へ舞い戻るには時間が足りなすぎると焦っていた部分があったのは確かだが。
あまりにあまりなご都合主義というか、トントン拍子にうまくいきすぎて怖いくらいで。
「ああ、きっとあれでしょ。こういったお城とかには王族が避難するための秘密の通路があるって言うし。『虹泉』だなんてどこかで聞いたことのある……じゃなかった。凄い魔道具は大国のトップが管理してしかるべきでしょ」
「む、つまりはわたしたち、非常口の反対から入ってきたってこと?」
「正しく私たちは招かれざる者、なのでしょうが……」
そんな俺の考えに対しては、ユウキたちのそんなフォローにより解消……納得できるものではあったが。
はたして、現この城の主であるダンジョンマスターダリヴァが、そんな可能性にも気づかずにそのままにしておくだろうか、といった疑問もあった。
あるいは、ダリヴァ自身その存在を知らなかったなどといった事などあるのだろうか。
まさか、ギルデッドが守りしダンジョンが破られ開放されるなどと、思ってもいなかったか。
きっとその答えは、ダリヴァ自身にしか分からないのだろう。
であるのならば、直接聞いてみようじゃないかと。
そう言えばいつの間にキヌガイアの極ダンジョンマスターに対して、不倶戴天な敵みたいになっていたんだっけかと。
自分自身に疑問持ちつつ。
『虹泉』の出口あった地下らしい場所から脱出せんと意気込んだわけだが。
「でも、出口とか見た感じないんだよなぁ。いや、そんなに広くないしすぐに分かってたことではあるんだけど」
「ふむ、ちょっと待っておれよ。すんすん。どこからか空気の流れが……」
キヌガイア城王室御用達な秘密の抜け道であるならば。
当然、普段は人の目に触れぬよう隠されているのだろう。
元より、一度に大人数で使うものではなかったのか、すし詰め状態の息苦しい感じかと思いきや。
人型となってもテンジクネズミフォルムを忘れないチューさんがすんすん匂いを嗅ぐ仕草をしてみたかと思うと、ひと声かけてえいやっと飛び上がるチューさん。
そのままさながら壁ドンのごとく煉瓦の壁にたなごころをつくかと思いきや、見事にそこだけ幻であったのか、カーテンや暖簾でも潜るみたいに、さっとチューさんの姿が見えなくなる。
「チューさん!? 消えちゃった」
さっきまでの色々な意味で変わり果ててしまったのがユウキとしては結構トラウマになっていたのかもしれない。
はっとなって声を上げ、追随せんとするが。
しかしチューさんは心配はいらんわ、とばかりにくるりと踵返すようにして再び俺たちの元へ飛び上がって戻ってくる。
「主どのは分かっておったとは思うが。ここの壁は魔法で誤魔化していたようじゃな。こちらからは見えんが、すぐそこな上へ、向かう階段があったぞ」
「おお、でかしたチューさんっ。よしみんな、早速向かおうっ!」
禁止されているとはいえ自らの力を使えばすぐ分かっていたはずだろうの?
とでも言いたげなチューさんに対して誤魔化すように、そんな声を上げる俺。
あまり荒ぶっている所を見た機会がなかったノ・ノアとセイカが、何やら期待して? 注視してくるのを背中に感じつつ。
そのまま再びふところマスコットに戻ったチューさんを肩口に従えて迷うことなく壁へと突っ込んでいく。
正面衝突のその瞬間ばかりは、このまま清い心でなければ跳ね返されたらどうしよう、などとしょうもないことを考えてはいたが。
そんな益体もない思考とは裏腹に、あっさり通過したその先に見えるは、結構角度のきつい階段。
思ったより近かったから、つんのめりそうになりつつもそのまま勢いに任せて上がっていくと、すぐさま外の光らしきものが見えてくる。
「……よいせっと!」
「ほほ。らくちんで到着じゃの」
その先が城の中であるのならば警戒してこっそり上がっていくつもりではあったのだが。
辿り着いたのは、所謂お城の裏側にあるような、そのまま城の敷地外に出られそうな庭園であった。
ダンジョンバトル……戦いの真っ最中なこともあってか。
遠目に鬨の声が響くものの、敵性……人の気配はなく。
それでもまったくもぬけの殻ということもないだろうと、無意識のままに索敵しつつ様子を伺っていると。
改めてようやっと地上に出られた、とばかりに残りのみんなも上がってくる。
「やはりここは……キヌガイア城の裏手のようですね」
「偵察組の三人は、正面……正門あたりで暴れまわってるはずだ」
「よし、こうなったら背後から挟撃してやろうではないか」
間断なく聴こえてくる戦いの音に看過されたのだろう。
城内に詳しいらしいセイカの言葉を受けて、出歯亀情報により仲間たちの居場所をみんなと共用すると。
ピプルがそう進言したことで、すぐさま一同、現場へと向かうことにしたわけだが。
「わっ、そんなこといってるうちに、くるよ!」
やはり会敵中かつ裏手とはいえ、まったくもって巡回の兵がいない、ということはなかったのだろう。
あるいは、ダンジョン内に突然現れたであろう人の気配に気取られたのか。
ヴェノンがそう声を上げるのとほぼ同時、着込んだ鎧の音だけをしならせ、キヌガイア兵が三体姿を現す。
「なるほど、そっちから現れたってことは、オレたちの目指すべき場所はそっちってわけだなっ」
「手早く挟撃体勢に入るため、先行させていただきます!」
それにここ最近前しか向かない感じを全力でいっているユウキがすかさず愛用の剣を構えると。
同じくここに来て全身鎧の兜を取って銀髪と特徴的な長耳をあらわにするようになっていたディーが後に続いたから。
「できればこっそり向かいたかったけど、こうなったら仕方ないな」
「まぁ、正直隠密行動なんぞ、もとより向いてないしの」
なんとはなしに、俺はチューさんと苦笑を向け合ってから。
チューさんがいつもの利き手とは逆の肩口に落ち着いたのを確認しつつ。
そうは言っても一番槍は譲らぬぞ、とばかりに。
躊躇いなんぞ、そこであっさり捨て去って。
それぞれの得物を構え整えつつ、鬨の声上げて、連なるように駆け出していって……。
(第173話につづく)
次回は、7月20日更新予定です。




