第171話、ダンジョンマスター、時の狭間のけものをゲットしたい
異世界の治療院、所謂ところの『病院』のような建物によって構成されていた『嗜虐のカタコンベ』と言う名の極ダンジョン。
そんな極ダンジョンの魔王、ダンジョンマスターとも言えるギルデッド。
この世界(2階層)、天上世界において弱肉強食の頂点のひとつ、とも言える存在であることは確かだったわけだが。
経験のある年経た……レベルの高いダンジョンマスターであったのならば。
天敵である高レベルの探索者の危険性を理解した上で、ダンジョンそのものである自身、あるいはダンジョンコアをいたずらに晒すこともなかっただろう。
だが、生まれながらにして頂点に座していたが故に、ギルデッドは理解も知りようもなかったのだ。
自身を殺しうる、極ダンジョンを超え越えていかんとするものが、少なからず存在している、ということを。
だが、それでもタイミング悪く訪れ遭遇したものが、俺たちでなかったのならば。
ギルデッドが、ダリヴァが想定していた通り、『嗜虐のカタコンベ』によって創り生み出されたキヌガイア兵と、トロールを始めとするキヌガイアの極ダンジョン、その精鋭たちの力持って、世界を蹂躙せんとする、覇道の一歩を間違いなく邁進していたことであろう。
俺は、虹色の濡れもせず息ができなくもない泉の中へと飛び込んだ瞬間。
そんな此度の極ダンジョンについて思い馳せながらも。
結果的にこの世界を去る事になったギルデッドダンジョンマスターを目の当たりにしたことで。
俺自身がこの世界で、チューさんとともにダンジョン攻略に邁進するそのきっかけを思い出しかけていた。
勇者であるユウキたちは、ダンジョンの神様的存在によって召喚された、とのことだったけれど。
少なくとも俺は、未だろくに思い出せない故郷からかどうかはわからないが。
この『虹泉』と呼ばれる生きた魔導機械、12色の奔流に飲まれながらもこの世界へやって来た、と言う事を。
(……いる、な。この12色のどこかで、確実に息づいてる)
異世界、時の狭間を揺蕩いし異形の獣。
まず間違いなく、俺をこの世界に導いた存在。
ほとんど無意識に、目をつけていたというか、テイムできるのならばしてみたいなぁと思っていたもの。
どうやらイレギュラーであるらしい俺は、確かにそれの息遣いを感じていた。
視界は七色以上に染まり、息はできるのに何故か生暖かい水に浸かっていると分かる不可思議な場所の、遠い遠い、手の届かない場所から、じぃと見られていることを。
まるで、見守るように。
行く末を案じるかのように。
(一体君は、俺に何をさせたいんだ?)
答えがないことが、わかっていて。
答えを聞かずとも、分かっていて。
俺は問いかけずにはいられない。
未だ思い出せきれていない、前世界の自身について思い出せたのならば、それは明確になるのだろうか。
しかし、すべてを思い出していなくても、分かることもある。
こんな、まるで
世界を救うために召喚されてきたような。
正しく勇者のごとき役割が。
自身に似合うはずはない、ということを。
(どっかのダンジョン入口で気ままに門番やっているくらいが、俺にはお似合いだろう?)
それでも多分、そんなぼやきは。
少しずつ僅かながら、俺が自分のことを思い出し始めているのからなのかもしれなくて……。
結局、口に出す事もなかったそんな俺の問い掛けは。
誰にも届くことはなかったが。
そんなある意味一方的なやりとりは、刹那の間だったのだろう。
水に濡れている感覚も、肩上にいるはずチューさんの感触もよく分からない中。
斑の十二色に覆われていた視界の先に。
ひどく現実めいた単一色……混凝土のごとき灰黒色が見えてくる。
それは間違いなく。
『虹泉』へ入る前の場所とは違う、どことも知れぬ別の場所に繋がっているのだろう。
はたしてその先は、どのあたりになるのか。
少なくとも、もう既に崩壊、崩落しているだろう『嗜虐のカタコンベ』入り口と比べてしまえば。
砂漠の真っ只中であろうともとりあえずは極ダンジョンからの脱出ができたというだけで良しとしておきたい、なんて考えていたが。
(色からして自然の泉じゃないもんなぁ。このまま外、お天道様のもとへってわけにはいかないか)
どうやら出口は、入って来た場所とよく似た建物内、それも地下のように見えた。
未だ十二色の水が邪魔をしてはっきりとはしないが、もしかしなくても仰々しい魔法装置の割にはほとんど移動できなかったのか。
勢い込んで飛び込んで飛び出したはいいが、結局崩落に巻き込まれましたじゃあ洒落にならないというか笑えない話である。
とはいえ、そんな可能性も考慮したからこその、俺たちの先行でもあって。
もしダメそうだったら、とりあえず泉の中へ戻ってあるかどうかも分からない別の出口を探す必要があったわけだが。
「……ぶはぁっ! 息ができないわけでもないのに、この開放感っ」
「うむ。色とりどりで美味そうな感じはしたが、そうでもなかったの」
転がりまろび出るかのように、泉の外へ飛び出した俺とチューさん。
最早馴染みのそんなやりとりをしつつ、後がつかえていることもあって、さっさとその場を見回し確認する。
「うーん、どこだろここは? 少なくともあんまり移動してなくていきなり崩落って感じはないけれども」
「そうだのう。先の場所に比べて空気の感じが違うの。湿度が結構高そうじゃ。思った以上に移動したんじゃなかろうかの」
当然、俺もチューさんもその場所に見覚えというか、どこなのかは分からなかったが。
チューさんがそう言うのだから、『虹の泉』……通称トラベルゲートといった名前の通り、それなりの距離を移動したのは間違いなさそうで……。
(第172話につづく)




