第170話、ダンジョンマスター、久方ぶりに地上帰還のための泉につかってみる
「うむ。狭い入り口の割に下は広くて助かったの」
「いくらチューさんがぷくぷくでもチューさんが通れないのならみんな通れないのでは?」
「なにおう、主どのが好む小さきもの故魔王化を防ぐための訓練役を仰せつかったからといって少し調子に乗っておるな?」
極ダンジョンを攻略して少し気が抜けている、というわけでもないのだろうが。
活躍の目覚ましかったチューさんとピプルが戯れあい始めたところで。
取り敢えずのところ『嗜虐のカタコンベ』から『第四ホーム』への改変は。
少しばかりロケーションの悪い内装をまっさらにすることから始まっていて。
その際の正に地震もかくやといった揺れが一層増していく中。
そう言えばダンジョン改変を勝手に行っていた事に気づかされたのももはや今更ではあったけれど。
「……っ! これはまた激しい揺れですね。ずっとここにいましたけど、このような大きな揺れ初めてです」
「本格的に極ダンジョンの解放が始まったんだね、私の時は気付けばすっかり様変わりしてたから」
「そう言えばノノアさんの時もいつの間にかって感じだったけれどこれって大丈夫なのか? ダンジョンの壁に挟まれたりしない?」
「うん。他所様のダンジョン改変って経験した事なかったよね。そう言われるとスライムのからだでも潰されそうにも見えるね」
「うー、それなら早くでないとっ……って、あ! お外の乾いた風の匂いがするよ。やっぱりどこかに続いてるんだっ」
「ふむ。泉を通しても風は通っていると言う事ですかね」
頼もしき仲間たちが一人増えて。
一層騒がしくなりつつも、震え視界がぶれるほどの揺れに押されるようにして。
俺を先頭に一列になりつつその下の階層へと向かう。
ノ・ノアの時は俺のやらかし(『ブレスネス(祝福息吹)』的に)のせいもあって急ピッチで改変を行う形になって。
揺れがどうとか挟まれたりとか、気にしている暇もなかったけれど。
『ブレスネス』の自浄作用が働いていないせいなのか、感覚よりも大分揺れていて。
下り終えた後方から壊れなくなっていくかのような気分になって、少しばかりここは殿を務めるべきだったか、なんて思っていると。
見えてきたのは何分の一と表現するのも億劫な小さな部屋だった。
「見た感じここから先は元からあったっぽいな。人工的に切り出した石壁だ」
「極ダンジョンとして稼働する前は、ここには大きな病院があったんです」
「そっかぁ、うちは広いけどなんにもなかったからなあ」
ギルデッドの元、キヌガイア兵を生み出し作り出していたと言う『嗜虐のカタコンベ』。
その一風変わった、総階層の少ないダンジョンと比べても。
生成り色の……足跡を付けただけで削れていきそうな石階段は随分と年季入っているような気がした。
元々『極ダンジョン』が創り出される、極ダンジョンマスターが拠点とする場所は。
妄執にも近い想いが歪む場所であることが常であり第一条件である、とのことらしい。
だからこそ、極ダンジョンになる前から、この砂漠の地下に何らかの人の営み……建造物があったのは確かで。
俄然、この先がどうしようもない袋小路になる可能性は薄いと思われたが。
「あれっ、ここまで来て行き止まり?」
「ううん、見て。ゆっきー、足もと。こんなところにやっぱりあった『虹泉』」
声上げるユウキに答えるようにピプルが指し示すように、唐突に階段が終わりを告げたかと思うと。
思ったよりも広い古代の祭壇場……踊り場があって。
段差があって下からは見えなかったその向こうに、文字通り七色以上の水を湛えた泉、のようなものがあった。
ようなもの、と称したのは。
実際泉ではないから、と言うのもあるだろう。
基本的にダンジョン内においては、攻略を達成した際に帰還するために使われる事が多い、もはやお馴染みの『虹泉』ではあったが。
「わ、何だか水としては不安を誘う色ですね」
「オレは逆かなぁ。このまだらな色じゃなかったら入るの躊躇ってると思うし」
「虹泉ですか。昔語りで耳にしたことがあります。何でも高貴なる人々が緊急時の脱出のために使う魔導機械の一種であると」
ずっと動いていなかったから、直接見るの初めてだったらしいセイカの、続く豆知識。
そう言われて思い出したのは、そんな『虹泉』がものによっては異世界を転移するためにも使われると言うことで。
それを見つけ出すことができればユウキも故郷に帰れたりするのでは、なんて思っていると。
ここにきて一番の、まるでとっとと出て行けと言わんばかりな揺れが起こって。
「ほほ。全階層の大掃除をするから一旦出て行け、といった感じかの」
事実、このどん詰まりの踊り場めいたところには、その斑な水めいたもの自体が光源となっている以外には何もなく。
チューさんが言うように、いよいよもってダンジョン改変がピークを迎えているのだと感覚で分かるくらいには揺れどころか撓みが激しくなって。
「ええい、ままよっ。先行するぞ。チューさん」
「惑うことなどどこにもないがの。わしは楽をさせてもらうとしようかの」
「む、こう言う時ばかりでぶちゅーになる」
その先はどこに通じているのか。
ああは言ったものの、異世界へ続くと言う展開はないんだろう。
よって、ついて出た台詞は気分の問題ではあったのだけど。
それを笑い飛ばす形になったチューさんは、唯一無二の相棒であるからして一蓮托生無問題とばかりに。
あっという間にテンジクネズミの姿をとって俺にとっついていて。
そのまま躊躇いなく七色以上の泉に飛び込んでいったから、続くピプルのあまりにあまりすぎる言葉も届いてはいないようで。
「……相変わらず妙ちくりんな感覚だな。息ができて喋れるのに水の中にいる感じだからか」
「水中行動のできる魔法を使っている感じかの」
言葉通りの感覚に近い、七色の水の中の移動。
どうやら流れがあるらしく、くるくると回転しながらかなりの速さでどこかへ向かっているのが分かって。
その水自体が淡く光っていることもあり、進む方向がなんとか分かった俺は、平泳ぎの要領で進む先を見据える。
すると、体勢を整えたかどうかのところで、周りの七色の光とは異なる、円形の闇が近づいてくるのに気づけた。
恐らく、それがこの『虹泉』の出口なんだろう。
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
チューさんを放さないようにと、しっかりふところにしまい直しながら。
俺たちはその闇色の円へ、頭から飛び込んでいくのだった……。
(第171話につづく)
次回は、7月6日更新予定です。




