第168話、ダンジョンマスター、神と呼ばれて誤魔化すも満更でもなく
―――『ディセメ(識別解析)』ログ。
極ダンジョンナンバー2、『嗜虐のカタコンベ』。
ダンジョンマスター権限が、極ダンジョンナンバー7、『虚栄のフィルマウンテン』改め『第三ホーム』に併合されます。
ダンジョンネームを変更しますか?
はい いいえ
なんやかやありつつ。
最終的にお出しされたのは、そんなメッセージ。
とりあえずのところ『第四ホーム』と言う事にしておくと。
あっさり我がダンジョンコレクションがまた一つ増えたようで。
問題があったとすれば、その顔を見る前に異世界へとかえってしまったラマヤンさんとは違い。
ダンジョンとコアさえ無事ならその内に復活してしまいそうな『嗜虐のカタコンベ』の住人さんたちの扱いようだが。
彼らの処遇は、みんなと話し合って我らがダンジョンにふさわしい装いにカスタマイズする、とのことで。
一旦のところダンジョンモンスターなみなさんの待機所、所謂ところの内なる世界で羽を休めてもらうことになったが。
俺と同じ立ち位置であるギルデッド元マスターが、大分錯乱した様子ながらも俺たちに迎合する気などさらさらなかったことだろう。
個人的には、話が分かるのならばダリアやノ・ノアのように我が軍へ、なんて思っていたけれど。
どうやらギルデッド元マスターは、この世界へやって来る前からなのか、この世界へ召喚されてしまったからなのか、心が壊れてしまっていたようで。
チューさんの進言のもと、ダンジョンマスター権限を使ったりして彼の故郷……元の世界へとかえってもらうことになった。
それで、彼の心が元に戻るかどうかは分からない、とのことだったけれど。
ある意味それも弱肉強食なこの世界。
顔を見ることもなくかえってしまったラマヤンさんのように。
そんな世界から脱出できただけでも良かった、だなんてこちらで勝手に納得するくらいしかできなかったわけだけど……。
一方で残された、ノ・ノアの同級生であると言う、晴れて『第四ホーム』のダンジョンコアとなったセイカは。
ユウキの荒ぶる闇の回復魔法にて素敵な装備品に着替えされられる……よりも早く。
これでもう三度目、四度目かの? なんて言って笑うチューさんにより、どうやら『嗜虐のカタコンベ』ダンジョンもモデルとなったらしい異世界の建物、所謂ところの治療院、療養施設の制服……白一色のローブを纏っていて。
元よりエンジェル……翼あるものの一族であったのか。
同じ色の白い翼を持つセイカはそこでようやく目を覚ましたのだった。
「……わわ、こ、これは? 見たことのない食べ物ですけれど。おひさまの光のように暖かくて、おいしいですねっ」
「ほほ。起きがけじゃ。喉をつまらせぬように食すのじゃぞ」
「えるあねに言われて持ってきてよかったおにぎりおかずせっと」
元々ダンジョンコアと言うものは同じ場所、ダンジョンの最下層で動かず動けずじっとしているものであるからして。
そこまで体や心に影響はないはずじゃがの、というのはチューさんの弁だったが。
あるいはノ・ノアと同じように緑色の水の中に閉じ込められ、見たくもないもの……
ギルデッド元マスターのモンスターのカスタマイズ(ダンジョン的表現)を見せられ続けて少なからず負担はあったはずではあるが。
チューさんやピプルのフォローもあって、大丈夫そうかなとホッと胸を撫で下ろしつつも。
ダリアやノ・ノアといった前例があるとはいえ、担当の魔王がいなくなってしまって。
影響と言うか、ちゃっかり俺に成り代わっている事については大丈夫なのでしょうかと、恐る恐るその辺りのことを伺ってみることにする。
「ちょっと失礼するよ。ええと、セイカさんでいいのかな? 身体の方は大丈夫だろうか。足りなければ回復なりおにぎりなり追加するけども」
「あ、はい。わたしがセイカです。お陰様で今のところ特に問題は……っ、あ、あなたはっ」
「ど、どしたっ? いや、俺いろいろ全然見てないからっ。見てたら今頃気絶してるからっ」
「ふむ、開口一番なんとも情けないの」
「でも、いうて本当にきぜつしちゃうところがごしゅじんのごしゅじんたるゆえん」
「? ええと、その。もしかしてあなた様は学園でも噂されていた、ダンジョンの神様ではありませんか?」
「……ほう」
「ええっ? か、神様!? 確かにそう呼ばれる事を目指してダンジョン攻略に邁進していた事もあったけども。まったくもって全然そんな事はないですよ? ただのしがない、いちダンジョンマスター兼魔王ですから」
ああ、セイカさんってエンジェル族だからそう思ったんだろうか。
っていうか俺にそんな様子まったくないと思うんだけども。
かといって、ここ最近忙しいながらも気づかされた事ではあるのだけど。
チューさんやそれこそセイカさんたちが一流のダンジョンコアになるために通っていたと言う異世界の学園や、『嗜虐のカタコンベ』のモデルとなった治療院などの建物が多くあって、その内の一つにて過ごす事が多かったというユウキのように。
俺自身がこの世界へ召喚された事に始まって、その故郷について、はじめは何とはなしに覚えていた気がするのに。
今となってははじめからこの世界にいたような気がしなくもないと、ダンジョン攻略ばかりしていたのだと思うようになっていたから。
何が何でも否定できるわけではないからこそ、そんないつものダンジョン狂いな語りになってしまって。
うまいこと違いますよと断定できなかったのがいけなかったんだろう。
「あっ、そ、そうですよね。普通は身分を隠して地上に降臨なされるんですものね。今のは聞かなかった事にしてくださいです」
「……ふむ。セイカは中々に見る目があるの」
「そうかな。そのわりにはよわよわなとこ多すぎだけど」
「え、えぇっ? どうしてそうなるの!? ってか、ピプルってばひどすぎる!」
どうあがいても事実だけども!
だから神様なんかじゃありませんってここで言うの恥ずかしいじゃないかっ。
何だかこのまま詰められ続けるとあることないことお話してしまいそうになるその場の空気は。
まるでそんな空気を読むかのように、その場……『嗜虐のカタコンベ』と呼ばれた極ダンジョンそのものの崩壊……『第四ホーム』へのダンジョン改変による地震鳴動によって霧散していく。
「お、極ダンジョンの終わりが始まってしまったみたいだっ。今はとにかく脱出する事を考えよう。『セシード(内場脱出)』を使いたいところだけど、それも上のみんなと合流してからか」
「あっ、はいっ。ダンジョンからお出になるのですね。そう言えばわたしは目にした事はなかったのですが、院長……ああ、元院長になるのですね。ここからさらに降りたところに移動のための魔導機械があると聞いたことがあります」
「うん。そう言えばさっきごしゅじん下の方へ行ってたんじゃなかった?」
そのタイミングのよさに。
とりあえずのところは助かったと胸を撫で下ろしつつ、すぐさま切り替えて現実的な話に移行する。
普通のダンジョンならば。
攻略略したらありがちなダンジョン踏破後のお約束……時間制限のある、元来た道を引き返す形になったり、親切設計のところだとそれこそ脱出のためのギミック装置があったりするわけで。
この場所でリビングデッドのごときキヌガイア兵が生産され運ばれていたことを鑑みるに、彼らの移動手段がどこかに存在しているはずだと俺は予想していて。
案の定、それらしい場所はとっくの間に見つけ出していたようで。
ぎこちなさが僅かに残りつつも、まずは確認だとピプルが指し示した方向へ向かう。
それは、キヌガイア兵たちの、目を背けたくなるほどの成れの果て、作りかけ、抜け殻のあった水槽の裏側。
ギルデッドがチューさんを襲った時の名残か、円状の格子のように、メスや鉗子から始まっていくつもの医療器具が下への道を塞いでいて。
「この向こうですっ。綺麗な……だけど乾いた風の気配がするので外に続いているのではとにらんでいるのですが」
「それなら、みんなを呼んでいっしょに行こうか。うちの頼もしすぎるメンバーをセイカにも紹介しないとな」
先は闇に包まれていてよく分からなくなっていたが。
今からみんなとともに来た道を引き返すよりは早く脱出できるだろうと思われたから。
すぐさま上層にて、初めての極ダンジョンの改変に動揺混乱しているだろう仲間たちを呼びにいくことにして……。
(第169話につづく)
次回は、6月22日更新予定です。




