第166話、魔王、近づくものに災いをもたらすだなんて、むしろ大歓迎で
次回は、6月8日更新予定です。
一人で先走った割には、いい加減遅すぎるような気もするが。
俺がこの極ダンジョン、『嗜虐のカタコンベ』のダンジョンコアであるセイカさんに向かい合う決意をした時。
案の定、ユウキ、ピプル、チューさんの三人が、ユウキによって新たに生み出されたみんなの装備品にかしましく一喜一憂していると。
その隙をついた……わけでもないのだろうが。
遅々として進んでいなかった再生を瞬く間に終えていた。
どうやら、ギルデッドは結局その名を知る事もできなかった襤褸を纏ったデュラハンの体を吸収する事によって再生の速度を速めていたようで。
盛り上がっている三人の、その背後から急襲する形で、その朽ちかけ融解しかけた指の間メスと鉗子を仕込ませつつ迫り来る。
「ひぃーはっはっはぁ! シネェエエエエっ!!」
「……! ほほ、それはできぬ相談じゃの。【ディザスター・パーム】っ!!」
おかげさまで目を閉じながら行動していたから。
それからすぐの急展開を俺は目の当たりにする事ができなかった。
「ワタシには闇魔法など効きませんねぇっ! 何度でも何度でもさいせ……げぎょおぉぉぉ……ッ!?」
「わぁっ!? なんかばちゃって! ヌメヌメするのかかったっ!?」
「む、またチューさんに先こされた」
後に全てを目の当たりにする事となったユウキによると。
目のやり場に困る新しき装備品の塩梅を確かめつつも、ピプルもチューさんも襤褸を纏ったデュラハンを吸収していっている事に気づいていたようで。
ユウキと入れ替わる形でギルデッドの前に立ちふさがったチューさんは。
刹那、ずんぐりむっくりなイメージのあるチューさんとはかけ離れた、魔女のように長く細いその手のひらを。
黒檀めいた漆黒に染めたかと思うと、下卑た笑みを浮かべていたギルデッドの顔面めがけアイアンクローをかける勢いで振り下ろしたのだ。
ギルデッド自身、チューさんが身に纏う魔力が、一見するとギルデッドたち『極ダンジョン』に棲まう者達が多く纏う魔力……【闇】属性の魔力の持ち主であるとすぐさま看破していたこともあって。
この場においての危険人物は、まさに突然現れたチューさんではなく、『極ダンジョン』を打ち破る可能性を秘めた者、勇者であるユウキであると判断していたはずで。
それが間違いであったと気付かされた時にはもう、遅すぎたんだろう。
チューさんのしなやかな木の枝のごとき手のひらから尋常ならざる力を受けたのもそうだが。
触れた瞬間ギルデッドに侵食し広がっていったその闇の力は、今まで確かにチューさんから感じていたものとはまったく別のものだったのだ。
それは一言でいうならば、命をマイナス方向へと誘い、いずれは破壊し、滅するような『呪い』めいた力であった。
『厄』と呼ばれる、彼女と呪われし彼女の一族だけに運命づけられた力。
それは、おおよそ命を司るといってもいいチューさんを占めるもう一つの魔力【木】に付随するもので。
「因果応報……お返しじゃ。厄に染まるがよいぞ」
それは、とどめの、はなむけの言葉であった。
ギルデッドは、何言うこともなく。
ろくに抵抗もできずに、その大きすぎる負荷に耐え切れず、体を刹那にして膨張させ、砕け散った。
その、ギルデッドだった赤黒いものは、何故かチューさんには少しも触れることなく、ユウキを、ピプルを襲い降りかかっていて。
正しく、この『嗜虐のカタコンベ』と呼ばれる極ダンジョンを、そのマスターであるギルデッドを。
他の極ダンジョンを、この二階層……天上世界を支配する足がかり、中核に位置づけていた暴威の極ダンジョン、キヌガイア陣営にとって。
ありえない事、あってはならない事が起こってしまった瞬間である。
でも、それも仕方がないと言えば仕方がなかったのだろう。
チューさんの、元より異界からやってきた彼女たち……一度降り立ったその場から動けぬはずのダンジョンコアの存在は。
ラマヤンですら感知していなかった、正真正銘のイレギュラーであったのだから。
「チューさんの手のひらこわぁっ。あんなっ、人をざくろみたいに……」
「むう、せっかくもらったそうびが。でもまぁ、このためにきがえたと思えばいい、のかな」
そんな裏事情というか、ご都合など知る由もない穢れた血肉まみれで辟易していたユウキとピプルは。
ほうほうの体でそれらを振り払い、もうチューさんだけで良かったんじゃないか、などと思いつつも彼女のもとへ近づいていくと。
手のひらから迸る闇の力を霧散させたチューさんは、そこでようやっと二人がギルデッドの残骸によってひどい事になってしまっている事に気づいたらしい。
「うむ、ふたりして随分とはしゃいでおるではないか。であるのならばやはりユウキも手前のそれに着替えた方がよかったのではないか……の?」
「って、チューさんがやったんじゃないかっ。うえー、これ簡単に落ちないぞ」
「む、しかしこちらは少しづづきれいになってる。やっぱりゆっきーもきがえるべき」
「だからそれは断固拒否するって! ……って、チューさん!? わ、わわっと」
「ぬ。とっときを使った反動だの。ユウキの胸は心地よいの。このまま眠ってしまいそう……じゃあ」
「そういえば、さっきの手のひらのやつ、はじめて見たけど」
「おお、一族の秘術よ。それによりわしはここへ来るまではぼっちで……ぐぅ」
「あ、チューさん寝ちゃった。まぁ、いいか。上も片付いたみたいだし。後はジエンが何とかするでしょ」
他の、異世界から派遣されたというダンジョンコアなみんなから、一目置かれていたと言うか少しばかり離れた立ち位置にいたチューさん。
どうやらそれは、その生い立ちにも関係しているようで。
後で伺えるのならば詳しく聞きたいなあと思いつつ。
そんな事を言いながらもそのままユウキの身を委ねるかのように眠りにつくチューさん。
ユウキは、それが当たり前であるかのように然とチューさんを受け入れていて。
いろいろな意味合いを持ってこっちの方も直視できそうになくなっていたので。
ユウキが言うように、上階層……人面犬たちとの勝負がついたらしい、頼もしきみんなが追いついてくる気配をも感じつつ。
俺は俺のやるべきことをやることにして……。
(第167話につづく)




