第165話、ダンジョンマスター、逃げ続けていた自分を改め振り切って
「ん? あ、えっ? うわぁっ!? ななな、なんでぇっ!? またジエンが荒ぶったの!?」
「おぉ、これはまた。やはり似た者同士というか、趣味が出とるのう?」
「あるじはこれを見越してかいない。ゆっきーは自分のやった事を自覚すべき」
「えええぇっ!? わ、おれ!? こんなっ、ジエンがしでかしそうな事をオレがやったってこと!? うそだぁっ」
ダンジョンコアらしきギミックがある場所に辿り着いたものの。
ダンジョンマスターな俺では手を出せないと言うか、逃避の意味でみんなを出歯亀してしまっていたことによって。
結果、色々ありすぎて何度か亡失と覚醒を繰り返した俺が、改めて止めを刺されそうになるその瞬間は。
出歯亀してた視界の前に、それまで後ろ手に纏められていたカラスの濡れ羽色っていうのは正にこういうのを言うんだろうなって綺麗な長い長い黒髪が開放されて。
ほどよく日焼けしたナイススタイルを、水中ダンジョン用の装備(ビキニタイプの水着)を身にまとって惜しげもなく晒している、大人なお姉さんなチューさんと。
対比するように雪のように白すぎる肌を髪を持ったこの世のものとは思えぬ美少女……その艶かしい肢体にぴったりフィットした紺色水着を身に纏ったピプルが。
同じ、かどうかはともかくとして、大分テンパっていたユウキの『ブレスネス(祝福息吹)』臭が拭えない『闇』の回復魔法をその身に受けることによって。
傷や疲労が回復しただけでなく大分ボロボロになっていた装備が、濡れ衣甚だしくも俺の好み仕様に進化したらしいのを、まざまざと見せつけられたその瞬間であった。
何より著しく俺の覚醒を遠いものとしていったのは。
普通いきなりこんな状況になれば、まず俺ならば悲鳴のひとつも上げて離れようとするだろう所を。
言葉とは裏腹に興味津々でユウキが二人の方へと抱きしめる勢いで近づいていった事だろう。
どうあがいても手を出せない目の前の状況と、そんなユウキたちのやりとりに、俺はびっくりどっきり跳ね上がって。
思わず自分から意識を放り投げてしまう勢いだったわけだが。
「ごっ、ごご、ごめんっ!? っていうか、ええと、一体全体なんでこんなことに」
「ふむ。見た目ほどの傷ではなかったからの。主どの似た者どうしにすぎるユウキの回復魔法があらぶったんじゃろ」
「これがゆっきーの好み? 動きやすいし大分ぱわーあっぷしてるからべつにいいけども」
「いやいやっ、ピプルさんはともかく……って、やっぱりダメだよ! ジエンが魔王かしちゃうじゃないか!」
まだダンジョンボスであるみなさんを倒しきれていないはずというか。
ダンジョンコアを抑えてしまえばどうとでもなるはずなのに手をこまねいているからいけないのだけど。
そんな事を関係ないとばかりにユウキが第一に聞かねばならぬことはそれだとばかりにそう伺うと。
何というか、こそばゆさもある、そんな案の定な言葉が返ってくる。
「ふむ。それは良い事をきいたの。ちょうどわしも、ピプル主導の主どのへの鍛錬(スキンシップ諸々で気絶しないように)に加わりたいと思っておったところじゃ」
「中々に良い案だと思う。わたしはゆっきーの案を採用する。採用したからにはゆっきーに先陣を切ってもらうけど」
「ええっ!? いやいやいやっ、待って待ってっ! 無理、無理だって!? そんなつもりはなかったっていうかっ」
俺に優らずとも劣らずで混乱の極みのままピプルの言葉を否定するユウキ。
……もうここまで来ると、隠すつもりなど全くもってないわけだから。
チューさんとピプルの怪我にひどく動揺していた事も含めて。
何か偽らなければいけない理由がある気がしてならなかった。
その理由が俺自身でなければいいなあ、なんて思いつつも。
それでも、そんなチューさんとピプルが敢えてそのデリケートな部分に触れないままにからかっている事に気づいたのか。
ユウキの中で何かしら心の整理的なものがついたのか。
少しばかり笑みを浮かべている二人を目の当たりにして我に返ったようで。
「いやいや、今はそれどころじゃないでしょっ……いや、うん。水中ダンジョンとかなら、仕方ないし、考えるけど。……っていうか! わ、オレの魔法にそんなとんでもない効果があったなんて、びっくりだよ」
「うむ、それはわしも驚いたわい。いかにも魔王側が使うもののように見えたが、回復以外の効果があるのはやっぱりうちの魔王どのの影響かの」
「なんだかんだで装備品汚れてたし。闇で塗り替えすすぐ感じなのかな」
いつだって荒ぶって必要以上の効果を及ぼす『ブレスネス』の面影を見た、だなんてことは。
ここにはいない人の悪口? になるからなのか三人して話題にはしなかったけれど。
そんなやりとりをしているうちに、もしかしてうちの勇者さまの英雄の剣の一撃で。
なんやかんや魔王特攻があったのか、かしましやりとりに空気をよんでいたのか。
襤褸を纏ったデュラハンとギルデッドの飛び散った肉片がずるずると蠢きだし、再生をはじめようとしている事が分かって。
こりゃあいかんと。
みんなも頑張ってくれたのだから。
いい加減逃げてばかりもいられないと。
上の階層にもあった、キヌガイア兵たちを浸けて浮かばせていた緑色に透けた円柱の水槽めいたもの。
そこに、固く瞳を閉じたまま浮かぶ、生まれたままの姿の少女。
恐らくきっと間違いなく、ノ・ノアの親友であるセイカさんと向き合い救い出すことにして……。
(第166話につづく)
次回は、6月1日更新予定です。




