第161話、魔王、せめてもの情けであると、拱くことなく降る
「……っ」
目にしただけでおかしくなってしまいそうな露悪的な姿。
思わず声を上げそうになるのを、『ルシドレオ(透明透過)』がまだ効いている事に気づいて。
何とか耐えて視線を逸らすように赤黒い地面をその大きな瞳で見据えているピプルの姿が透けて見える。
極ダンジョンのマスターたる存在。
極ダンジョンそのものであるボスモンスターの存在を。
これでもかと見せつけられ、ろくにボス……魔王的立ち位置で動いた事のなかった俺は、ああはなりたくはないと思いながらも感心している部分もあった。
その一方で、ダンジョンマスターの撃破、ダンジョンコアの破壊が今回ここにやって来た目的ではなく。
俺達がここへやってきた理由が『嗜虐のカタコンベ』のコアとなる人物の捜索、邂逅であることを改めて自覚させられて。
ここにピプルを置いて、階段の先へと向かう気には到底なれそうにもなかったわけだけど。
「ではではではではぁ~、いっただっきまぁす~っ!」
「ふむ、欲望丸出しじゃのう! こうなっては隠れておっても仕方ないわ! ピプよ! ここはわしが引きつけておくから、そこで耐え上からの増援を待つのじゃ!」
右手に鉗子、左手にメスを持って。
まさにそれがナイフとフォークであるかのように、両手を振り上げ涎をこぼすギルデッド。
対するチューさんはそんなギルデッドに対し臆した様子もなく本来俺がすべきであった『めいれい』を口にする。
恐らく、そんなギルデッドが姿を見せて出てきたのは。
よそ様のコアであるチューさんがこの階層へ降り立った結果なのだろう。
久方ぶりに罠にかかってしまって、結果的にピプル離れてしまったことはともかくとして、ここまで予定通りと言えばそうなのだろう。
ピプルとしては先行して一番槍を取れたまではいいものの。
俺は後ろで棒立ちしているばかりであるし、ちゃっかり追いついてきたチューさんにイニシアチブを取られてしまって。
まだ何も活躍しているわけではない、なんて思ってしまったのかもしれない。
「いやや、それはこっちのセリフ! ここはあえて言わせてもらおう。ここはわたしに任せて先に行けと!」
「はっはぁ! まったく、こまったやつじゃのう! その粋や良し!」
「ひゃははははぁっ! よりどりみどりぃぃぃっ!!」
人型を取り、胸を逸らしてチューさんの言葉に応えるピプル。
それとほぼ同時に、戦いの開始の合図となるお互いの鬨の声。
すぐに続く、金属の……硬いものと硬いものが軋れ合い擦れ合う音が木霊する。
瞳術使い、バリバリの後衛とはいえ得物なしではあれだと持っていてもらっていた『ルフローズ・ダガー』+6を、いつの間にやら取り出していたピプルは。
そんな『氷』の魔力により冴えた熱のこもったナイフで鉗子とメスと相対しているようだ。
そこに挟み撃ちする形で、槍衾の罠を『獣型』をとってぬるりと抜けたチューさんが続く。
「くっはああ! しんせんんんぅぅ! こちらが責められるとはあああっ!!」
ここまでの展開でも分かるように。
どうやら俺の存在だけが悟られてはいないようで。
前言撤回で、ここは二人に任せた方が良い展開に進めると思われた。
問題があるとすれば。
この槍衾の奥に続く階段が俺達の目的の場所へ繋がっているのかということだろう。
恐らく少なからずは、キヌガイア兵が回復量産されて、改めて外に出るための『虹泉』らしきギミックはあるはずで。
そんな訳で俺は、二人で会話しているように見えてしかと『先に行け』の命を受けた俺は。
細心の注意を払って、しかし出来うる限り急いで槍衾の向こうへと下りていかんとする。
なんとか体を縮めて下っていけるか、といったところ。
よくよく見たら階段もおどろおどろしい樹木でできていたから。
通常のものよりもサイズが小さかったりするのかもしれない。
急ぎつつも慎重に、ほとんど無意識で振り返ると。
その視線の先には薄ぼんやりとした緑色の光に紛れ、中々に激しい攻防が繰り広げられているのが分かる。
「ひゃはっ、はっ、がっ!? ぎぃっ!? こ、これはこれは解剖しがいがありそうだぁっ」
「だっ、はっ。とぉっ!」
「ふん、料理される側がどちらなのか、まだ気づいてないようじゃのう!」
本来、戦いを得手とするタイプではないのか、ギルデッドの腕使いは大雑把で大仰で大ぶりもいいところであったが。
医療器具の扱いに長けているという理由だけでは説明できない……残像が残る程の速さで斬撃が飛び交う。
一方のピプルは、その手のひら一つで青白く映えるナイフを握りこみ、その刀身一つで自らの身を忙しなく回転させながら斬撃を受け続けていて。
そんな二人の攻防の邪魔になるどころか、正に的確必中な動きで、チューさんが横槍……何やら手裏剣めいたこのはを次々にギルデッドに打ち込んでいる。
相手は勢い程戦いには長けていない。
逆に二人は、恐らくギルデッドの予想以上に動けている。
追い詰められていたように見えたのは一瞬で。
気づけば流れを握っているのは完全にこちら側であるのは確かであるように見えた。
(うん。やはりここで手を拱いているのは二人に失礼だな)
その内にユウキたちもやって来るだろうし。
ギルデッドさんが因果応報で可哀想な目に遭うのは目に見えていたから。
同じダンジョンマスターのよしみとして、せめてその光景は見ないようにと。
俺は思ったよりも小さな螺旋渦巻く階段を降りていくのであった……。
(第162話につづく)




