第160話、魔王、自身よりよっぽど魔王らしい存在と相対す
そんなこんなで第三階層に降り立って。
明らかにダンジョンにしては珍しい光景に、少しばかり二の足を踏んでいたのは逆に良かったのか。
襤褸を纏ったデュラハンたちを始めとする中ボスたちを、ユウキやフェアリ達に任せてきたらしいチューさんとギリギリで合流することができたわけだけど。
「……これはまた、趣味が悪いのう」
「緑色の光は水槽の明かり、だったんだ。でも中の人、水の中に浮かんでて平気なのかな」
そんなチューさんとピプルとともに決して強いわけではないが地面を壁を照らす事をやめない緑色の光の方……第三階層の突き当たりにまで辿り着いて。
改めて光源はなんだったのかと目を向けると、そこには円柱型の……地面と天井に繋がっているいくつもの水槽めいたものが並んでいるのが見えた。
その合間隙間は、チューさんがそうぼやくほどに、マッドな実験室の様相を呈している。
あらゆる血肉を切り裂き、裁き、摘み、バラし、分解するための医療器具が、血だまりの中散乱しているのだ。
まるで、その光景が、ここにとって当たり前であるかのような……
一瞬でもそう思ってしまったことに、早くも極ダンジョン独特の仕様に毒されてしまったのを感じていたけれど。
それよりも、注視すべきはピプルが深刻そうに、訝しげに口にする、水槽の中にいるものたちだろう。
そこには、ここまでの道行きを彩っていた人体の一部コレクションどころか、どう見ても人ではない魔物などの素体が浮かんでいた。
というより、明らかに命を穢す行為として、人と魔物魔精霊と動物を無理矢理にもくっつけて縫い付けて癒着させているものがある。
それは、水槽が奥に行けば行くほど顕著で。
思ったよりも奥行きのあったその先には、そもそもがこの場所に来た理由だといってもいい答えがあった。
「ふむ……これが、回復治療、あるいは補充されてきていたというキヌガイア兵の生まれたて、かの」
「よろいをつけたまま生まれてくる? 亀さんの甲羅みたいなもの?」
極ダンジョンのコア……あるいはその代わりになりえそうなものは見当たらなかったが。
突き当たりに見えたその先には下……四階層……あるいは別の場所へと続くだろう階段があって。
キヌガイア兵の一部は、間違いなく、この場所から無限に治療回復、作り出され湧き出ているのが伺えた。
「とはいえ、ここからキヌガイアって結構あるよな。彼らの移動の速さには目を見張るものがあるが……」
そうは言いつつも恐らくは。
ここで治療回復、あるいは作り出し生み出し、あの階段の向こうに、キヌガイア兵を効率的に運ぶ事のできる、『ばね』トラップか、『虹の泉』めいた何かがあるのだろう。
ならば、この水槽群も含めてそれらも破壊できれば、大分こちらに有利に働くかもしれない。
そう思いつつ、『ルシドレオ(透明透過)』が維持されている事を確認しながらその先へと。
もう少しで生まれそうになっているキヌガイア兵の浮かぶ水槽と、その先にある階段の方へと足を向けると。
「むむっ、あるじどの、気をつけよっ!」
「わわっ」
それは、生まれる寸前のキヌガイア兵を気にしつつも実験場と階段の境目に、素振りしていた俺のマイ得物……『ヴァレス・ソード』の剣先が触れた瞬間だった。
恐らくは、正しく境を示すが如く、見えないラインでも引かれていたのかもしれない。
何か得体の知れないものを切り裂く感覚とともに、チューさんとピプルの焦った声が響く。
「……っ!」
刹那硬直……いや、まるで水面に足を踏み込んだかのような、沈み込む感覚。
そのまま前のめりに倒れ込みそうになるのを、チューさんがとっついてくるものの止めることはできなくて。
二人して階段の方へとまろび転がっていってしまう。
「なんじゃぁ、引っ張られるぞ!」
「おお、久方ぶりにトラップにかかる感覚!」
敵性に見つからない自信だけでなく、ちゃんとトラップ対策で素振りをしていたのに。
どうやらそれ自体がトラップを発動させるスイッチになってしまったらしい。
極がつくダンジョンであるからして。
マイダンジョンなどのトラップ対策がはまらないもの……そんなトラップなどがあってもおかしくないというか、事実あったわけだが。
俺とチューさんの驚異的というか、本能にも近い危機察知能力により反応してしまったことが逆にマイナスに、二人して引っかかってしまうことになってしまったようで。
それでも『ルシドレオ』が解けることがないのを確認する意味も込めて振り返ると。
うまいことトラップにかからずに済んだピプルと間に挟まり邪魔するようにして。
そのまま留まっていたのならば硬直していたら串刺しどころか蜂の巣になっていただろう程に、円形に張り巡らせた槍襖の罠……いやそれは、あらゆる医療器具であったが、まるで境を塞ぐ扉のようにそこにあった。
「おお、そうか。チューさんは止めてくれたんじゃなくて押してくれたんだな」
「中々にすばやい動きだった」
「わぶぶ……って、それほどでもあるでよ。そこな地面のところ嫌な感じがしたのじゃがちと伝えるのが遅れたようじゃ」
「……いや、ぜんぜん遅れてなんかいやしないさ」
「何とも微妙な間じゃの? もしかしなくともまた試しに食らって見ようとか思っていたのではあるまいな」
「む。なに、またごしゅじんのダンジョン病?」
「いやいやっ、そんなことはない……よ?」
俺は下手ないいわけをしつつも。
極ダンジョンの罠……槍襖で隔てられてしまったお互いの距離を縮めなくてはならないんだろう。
よく見れば槍襖には隙間が……文字通り手のひらサイズのピプル(獣型ならば)が通れるスペースがあるからして、どうにかこっちに来られないか。
そう思いつつ、槍襖の出所を覗き込もうとした、その時だった。
「―――フヒヒヒっ、これはこれはこれはァ。めずっ、珍しいイキモノじゃぁないかね? モルモットぉにツチノコだとぉ? 是非に、是非に是非に解剖したいぃいっ!」
「出た! さっき見つけたやつ! どうしようもなくダンジョンボスでしょう」
忽然と聞こえてくるのは甲高い……明らかに何かが切れているとわかる不快でぞっとしない声。
どこにいるのか相手の方もその姿は未だ見えないが、『ルシドレオ』発動中であるのにも関わらず二人の存在を看過しているようだった。
逆に無視されているのでなければ俺の存在には気づいていないことはチャンスだろうと、そのまま静かにするよのポーズを取って気配を殺す。
分たれてしまったピプルもそれに気づいてくれたようで、存在をアピールするかのように叫んでいた。
「ふひっ。別のダンジョンの匂いがするぞぉっ、きょうみみ、深いぞぉ。どこの出だい、なんだい? いやいやいや、それ以前に極ダンジョンの生き物はこことフィルマウンテン産以外はその生まれ場所からでらでられないはずだが、どういうコトだ? ますますがった、解剖したいぃぃぃっ!」
恐らくは。
本能で、自らがこの極ダンジョンのボス、あるいは管理者であり、一度狙われればこのダンジョンごと滅せられる事は理解していたのだろう。
故に、第一階層に中ボスを集中させてまで、ここで潜んでいたはずなのだ。
しかし、ここに来てそれはいよいよもって姿を現した。
咄嗟に発動した『ディセメ(識別解析)』によると。
この『嗜虐のカタコンベ』のダンジョンマスターで、ギルデッドと言う名前らしい。
一見すると、様々な薬品諸々で汚れ切った白衣とは呼べぬモノをまとった、普通の人間に見えた。
しかし、姿を同化させたまま槍衾を挟んだ向こうで対面に立つ形となったピプルにはよくよくその全貌が見えていた。
亀のように未熟な全身鎧をまとった、赤子の如き大きさのキヌガイア兵。
それが寄り集まって、継ぎ目をめり込ませ、くっつきひしゃげ一体になっているのを。
ギルデッドと呼ばれるダンジョンマスターが。
夥しい数の赤子の壊死体を、暴虐的にツギハギされて出来ているものであることを……。
(第161話につづく)
次回は、4月27日更新予定です。




