第156話、ダンジョンマスター、マイダンジョンを超えし者たちの背中を眩しく思う
このままではジリ貧であろうと。
いよいよ決意持って立ち上がるは、相変わらず聖女然としているエルヴァ。
「ここは、わたくしに向かわせてください。ご主人さまの……いえ、わたくしばかり楽をしていましたので」
「そんな風にはぜんぜん思ってないけど、エルヴァがそう言うのならフォローするわ!」
「それじゃあ、水の守りをエル姫さまに任せるよ~」
『ルシドレオ(透過透明)』の効果が相変わらず続いているとはいえ。
どうやら『キヌガイア』のダンジョンのみなさんには何かしらこちらの居場所を看破する能力を持っているらしい。
そんな訳でこのままだと引くにしろ様子を見るにしろ埒があかなそうであるということで。
知らない人たちであるとはいえ、探索者たちが蹂躙されていく様をいよいよ持って見ていられなくなったらしい。
ここ最近『人型』を取り続ける事に慣れてきて、更にこの『キヌガイア』へやってくる前に。
ついにはマイダンジョンの攻略にも成功していたエルヴァは。
スーイとシラユキにそんな頼もしい言葉を残しつつ。
未だ『キヌガイア』の極ダンジョン、その外門入ってすぐのところに座す筋肉ダルマな大男へと。
正に正面から気高く堂々と。
それに『ルジドレオ』も空気を読んだのか。
あろうことがそのお姫様然とした立ち振る舞いでその姿表し向かっていくではないか。
思わずちょ、待ってってリアクションしそうになったけれど。
エルヴァが自分に、あるいは俺に対して恥ずかしくない自分であれるように、と言うことであるのならば。
当然止めることなどできようもなく、とりあえずのところはそのまま見守ることにして。
そんなエルヴァに続くようにして後ろからいつでもサポートできるようにとスーイとシラユキも続く。
その際、ずっと姿を消したままであったのは性に合わないと言うか、マイダンジョンではあまり戦うことはせず。
ダンジョンの攻略、お宝取得ばかりに注力していた俺の居ぬ間にというか、正々堂々と、明らかに剛の者と対したかったようで。
遠巻き……三人の背中の見える視点で覗き見していた俺ですら驚くというか。
解除の方法を俺の方が聞きたいよと思うくらいにあっさりと、『ルシドレオ』の透明化を解除したではないか。
すぐさま視界に飛び込んできた三人の可愛らしくも頼もしい背中の合間から。
刹那の一瞬で一変した凄惨なる戦場を目の当たりにし、気持ちが引き締まる。
それまでは、『キヌガイア』のダンジョン陣営な魔物たちも、その敷地周りに屯していつでも探索できるように待機していた者たちのことを、それほど気にはしていなかったのかもしれない。
しかし、予想するに定期的に魔物が補充されていたという『フィルマウンテン』と呼ばれるダンジョンからの音沙汰がなくなったことで。
流石に様子を見に力あるものを派遣するつもりだったのだろう。
『キヌガイア』の外門周りにいた探索者たちは、そんな流れで筋肉ダルマな大男、エリザベートが率いるトロールの軍団と鉢合わせになってしまった。
その時点で、『キヌガイア』陣営としては、『虚栄のフィルマウンテン』が人間側に、探索者に(本当は魔王だけれど)乗っ取られた事、ある程度情報にあったのかもしれない。
幸か不幸かその結果、敵性と判断された探索者たちは、一瞬にして瓦解してしまった。
筋肉ダルマな大男、エリザベート。
そのはち切れんばかりの筋肉を過剰に貼り付けたような腕は。
コントロールがイマイチだったのか、直撃を受けて大地のシミと化したものはそれほど多くないようだったが。
彼が出てきたのが、俺たちが原因であったとすると、申し訳ない……身につまされる犠牲である。
加えて外門や探索者たちの基地となっていたテントなどもそのほとんどが吹き飛ばされてしまっていて。
そこにいた探索者のほとんどが逃げ出し、あるいはものすごい勢いで飛ばされた者達の救助を行っていて。
それを考えると、せめて筋肉ダルマの規格外の一撃に耐えうる、あるいは対処ができ抑えられる者が前行しこれ以上の被害を抑えるのは。
理にかなっているというか、エルヴァらしいと言えばらしいのだろう。
「……女神様……っ」
「急に姿がっ……!」
「美しいっ……!!」
そして、そこまでの意図があって姿を見せた訳でもなかったのだろうが。
その場に残って、あるいは動けないでいた探索者たちにとってみれば。
そんな彼女たちの後ろ姿は、正しく救いの手になっていたようで。
いくつかのあつぼったい声が上がる中、自然と対する形になるエルヴァとエリザベートさん。
「あらぁん。かわゆいポニーちゃん、アナタが相手してくれるのう? エリザベート的にはぁ。もふもふのかわゆい子を痛めつけたくはないんだけど~」
「これ以上、罪のない人々を傷つける、というのならばこのエルヴァが相手となりましょう」
改めてそんな三人、特にエルヴァをしかと認識したらしいエリザベートさんは。
引き続き振り下ろさんとした拳を止めて、とても嬉しそうな声を上げる。
対するエルヴァはそんなエリザベートさんの威容に全く臆することなく微笑み名乗り返して、彼女としては強めの言葉を返した。
「……わたくしたちの故郷でトロール族はあなた様の美しさが表すように、暖かくやさしい方たちでしたが。わたくしがそうであるように、環境があなた様を変えてしまったのでしょうか」
「フフゥーン。褒めてくれてどうもありがと。どうやらかわゆいのは見た目だけじゃないみたいね。でも、余計なお世話よん。エリーは、もともと『こう』だったんダカラ。このグログロスプラッタなの大好物だ、か、ら、ん」
今まではその名前すら呼んでくれなかったから。
常に名を出し愛称を口にするほどであったのに。
まっすぐにエルヴァがそんな言葉を口にするものだから。
エリザベートさんとしても虚をつかれたところもあったのかもしれない。
一瞬だけ、そのまま戦いが始まることなく場が収まるのでは、なんて思ったけれど。
「かわゆいアナタが血肉で塗れるところ、見せてちょうだい! 聞きたいことはその後でもいいでしょう!!」
「……仕方がありません、か」
そんな弛緩した空気を破るようにと。
咆哮を上げ、拳を振り上げ、前傾姿勢で突っ込んでくるエリザベートさん。
対するエルヴァは、聖女然としていても拳で語るタイプでもあったのか、実に手馴れた様子でそんな拳を受けて立っていて。
「……っ、流石にトロール族の方と正面から見えるのは初めてですっ」
「はっはぁ! 中々、イイ拳じゃなぁい! これはちょっとたのしめそうねっ!!」
ごうぅんっ! と。
見た目とは違って巨大で重い大きな大きなものががっぷり四つでぶつかりあう轟音。
それを合図に、敵味方関係なく停滞していた戦場が動き出す。
「シラユキ! わたしたちは取り巻き、周りを片付けるわよ!」
「一対一の横槍は野暮ですからね~。お掃除しますよ~」
そんな二人のやり取りがしっかり届いていたのか。
同じ事を考えていたのか。
エリザベートさんの取り巻きな魔物たち……その多くはトロール族であったが。
ふごおおぉと声を上げて、一騎打ちの邪魔をせぬようにと展開していくのが見えて。
そうであるのならば。
やっぱり俺としてもこのまま大人しく戦況を続き見守ることにしていて……。
(第157話につづく)
次回は、3月30日更新予定です。




