第151話、魔王、後方司令官面で極ダンジョンNo.1に進撃す
そこは、どこか懐かしさを感じるような。
だけど、よくよく考えてみるとマイダンジョンのレイアウトにもない、新鮮さすら感じるダンジョン。
とはいえそれも感覚だけで。
フロア自体は大人数の収容できそうな、かなり年季の入った白い石造りの壁に囲まれていた。
―――極ダンジョンナンバー1、『嗜虐のカタコンベ』。
その一階層へ乗り込んでいって。
運がいいのか悪いのか、開幕で出現したのは四体のまだ見ぬ魔物たちであった。
紫色の舌を垂らし、腐臭漂う唾液を撒き散らす三匹の人面犬。
マイダンジョンであるのならば【エクゼ・ドッグ】種に近いようにも思えるが。
その瞳は白く死んでいて、さあテイムをしよう、といった空気にもならないのは確かで。
もう一体は、接敵してほとんど無意識にユウキが一撃を加えたのにも関わらず(マイダンジョンで、階段降りたらいきなりモンスターパレードであるという状況に結構鍛えられていたようだ)、何事もなかったかのように立ち上がってきたから。
少なくとも低層階にありがちな易しい魔物ではなかったのだろう。
見た目だけならデュラハンのごとき野武士。
あからさまに良くないものが刃に染みているだろう、刃こぼれの目立つ鉈のような武器を持っている。
続き追随していったディーの剣と触れ合う事で、ギギチィと軋む嫌な音を立てている。
『虚栄のフィルマウンテン』がダンジョンやフィールドの魔物を生み出す生産場であったのならば。
ここ、『嗜虐のカタコンベ』は、傷つき倒れていった魔物たちに限らずこの天上世界、二階層に住まう生き物たちの再生、修理場、とのことらしい。
ノ・ノアの補足説明によると。
ここへ運ばれてくる魔物や人族は、キヌガイアの王、ドローグにより捕らえられしものが運ばれてくる、とのことで。
そう言う意味では、ラマヤンさんのふりというか結果的に成り代わってしまって。
俺たちがこの『嗜虐のカタコンベ』へ攻略侵攻にやってきてしまったのは。
キヌガイアにとっても予想外の埒外と言ってもよかったのかもしれない。
「……げはっ!」
「おお、顔がないってのにどこから出てるんだろう」
ユウキ曰く首なし落ち武者っぽくあるらしい、一階層に出てくるモンスターにしてはディーの一撃を受けられるだけでも大したものだと思わずにはいられない魔物。
リビングアーマーのごとくで無駄なく言葉なく鍔迫り合いをするディーに対して吐き出されるは。
少しイメージと異なるそんな叫び声。
剥き出しになっている、首の所の骨や脊髄から空気でも出ているのだろうか。
俺は、そんな極ダンジョン的スプラッタな益体もないことを考えていると。
「……しぃっ!」
思った以上に重かったらしい一撃を、ディーは流し払うようにして、そのまま地面に叩きつける。
極ダンジョンの常套のごとく、薄黒桃色の屍の如き地面に沈み込み嵌るのをいいことに、ほとんど無意識なまま、俺は指示を出した。
「ディー! 交代だ! 彼は俺っていうかチューさん(ふところからでて他所様のダンジョンバトル初デビュー)でやる。みんなはあっちの人面犬にあたってくれ。必ず複数対一を心がけるんだ!」
「了解いたしましたっ」
「りょ」
「ぼくはみんなにすぐ回復できるところにいるよ」
「ようっし、ぶっちぬくよ~!」
「うへえ。なんかあっちの犬モンスターの方が怖いんだけど」
「が、がんばりますっ」
結局のところ。
ノ・ノアが選んだのは。
ダンジョンコアとしての学び舎へ通う前からの幼馴染であるらしい『セイカ』さんがダンジョンコアをやっているという『嗜虐のカタコンベ』であった。
本人が聞けば大丈夫だと強がるかもしれないが。
同期のメンバーの中でノ・ノアにとってみれば一番に心配になるから、とのことらしい。
そんなわけで俺たちがここへ来ている間に元『虚栄のフィルマウンテン』に異変どころではない変化が起きていることを。
他の極ダンジョン陣営に気取られるかもしれないとのことで。
人型になったばかりの『ジ・エンド・レギオン』の軍勢とその長の半数ほどはお留守番をお願いしていて。
今回『嗜虐のカタコンベ』攻略に望む面子は、チューさんにノ・ノア、ユウキにフェアリとヴェノン。
そしてディーとピプルといった、勢ぞろいして俺の周りを囲んでくれるのならばマイダンジョンの攻略すら可能であるだろうメンツが揃っていた。
ただし、何もかも台無しにしかねない『ブレスネス(祝福息吹)』をはじめとする俺のダンジョンマスター兼魔王な権能を扱う事は禁じられている。
俺ができることは、基本的に通常攻撃または罠発見の素振り、後方司令官面をするのみで。
「ほほほ。いよいよ実戦か。腕が鳴るのう。ほれ、【ピアド・ウィップ】っ!』
「……げげっ!?」
俺の言葉に最初に反応したのは、当然のごとく一番近いチューさんであった。
いつぞや俺が使って見せた、名前も見た目も似ているという、所謂つるのムチを飛び出させる魔法を使い、鉈を地面にめり込ませてもがいている和風の襤褸を着たデュラハンを足止めする。
「ひひひひぃっ!」
「だんざッ……だんざをぉぉ」
「カまねばないぃぃ!」
その間、示し合わせたわけでもないのだろうが。
壊死した紫色の舌をそれぞれの個性持ってまちまちな方向に垂らした3匹の腐乱した人面犬は、それぞれが別方向に獲物めがけて飛びかからんと迫ってくる。
細く尖った舌をまっすぐに伸ばした腐乱人面犬Aは、与しやすい獲物だと判断したのか。
近くにいたノ・ノアへと飛びかかっていく。
「わっとと?!」
元より二階層のダンジョンコアであった彼女にとってみれば他の極ダンジョンと言えどもある程度勝手知ったるようで。
緊張は少なかったのだが、鬼人族な見た目に反して魔法を扱うことを好む彼女は。
詠唱を長くして複数魔法を扱うスタイルであった事が仇となったのか。
そのスキを突かれるように懐に入り込まれようとしていた。
「ノノア! 彼はぼくと倒すよ! とりあえずぼくの後ろにさがって!」
「ひひぃっ!?」
どうやら人面犬Aは、『ひ』ばかり口にするらしい。
だが、その声色には多分に驚きが含まれていた。
なにせ、その瞬間までフェアリを認識していなかったからだ。
それは、フェアリが俺が指示を出すのとほぼ同時に動き出していたのもあるだろうけれど。
そののんびりとしているようにも見える火の星の人(あくまで今では俺のイメージ)でありながら、最早そのレベルも80オーバーの、我が軍いちの実力者であるからだろう。
マイダンジョンの踏破で言えば、俺についで多いのがフェアリだ。
もはやその動きは、みんなを守り生きて戻るために自然と身に付いたものだと言えた。
人面犬Aは、飛び上がってあざとをありえないくらい大きく開いた事で、止まる事も出来ずにフェアリが繰り出した、見た目とは裏腹の剛重鈍鉄な触手(通常攻撃)へと突っ込んでいく。
「はあぁぁっ!」
「ヒヒヒギィヤァっ!?」
フェアリ自身狙っていたのか。
それは見事カウンター……ジョルトとなって。
触手が人面犬Aのあざとごと頭部を吹き飛ばし、腐乱した肉礫を撒き散らした。
「凄い、一撃でっ。……あ、ありがとうございますっ」
ノ・ノアは、儚くも勇ましき火の星の人……フェアリの背中に、感嘆の声を上げたが。
当のフェアリは油断なく振り向く事もせずに、意外とむちむちしている手のひらを下ろすようにして注意喚起する。
「まだだよ。極ダンジョンのボスならこの程度じゃないはず。ノノアのとっておきな魔法の詠唱をお願いっ」
「はいっ!」
ダンジョン攻略を始めて開幕での接敵であったけれど。
どうやらモンスターパレードとまではいかずとも、彼らはあまりマイダンジョンではお目にかかれないボスモンスターの類だったようだ。
そんなフェアリの言葉にノ・ノアも素直に頷き、アンデッド系に効く魔術の詠唱を始める。
ふところマスコットなチューさんや最初のひとりであるアオイを除いて。
マイダンジョンを攻略するのならば絶対連れて行きたい人ナンバーワンなフェアリの背中は。
もはやその名……【火】の『神型』の魔精霊にも勝っている。
余りにも頼もしき雄姿となっているのかもしれなくて……。
(第152話につづく)
次回は、2月23日更新予定です。




