第145話、魔王、思うがままに動いてねと指令をくだしたからこそ
基本的に後衛で立ち回ることの多いピプルが。
ディーやヴェノンに混じって前線に出るといって飛び出していったように。
新たに現れた大きめの赤黒い円のいくつかは、十中八九ボスクラスのモンスターなのだろう。
言われてよくよく見ると、血肉の塊のようであったモンスターたちが次々倒されていく中。
その体がお約束でダンジョンに吸収されていったかと思ったら。
ドロップアイテムを落とすよりも早く新たな大物が現れたので、きっとそういう仕様だったのだろう。
それすなわち第三ホームの周りを囲んでいた夥しいモンスターたちは。
『ブレスネス(祝福息吹)』によって強化されすぎてしまった『ヴァルーノ(万能得)』のキラキラに押し出されてしまった……ラマヤンさんのお仲間さんたちだった、ということでもあって。
初めに予想していた通り、ダンジョンが変わっていく中で。
そのついでにそこに住んでいたモンスターさんたちをそのまま雇う、という流れにはならなかったようで。
赤色より黒色の強い光沢を放つ肉体持ちしミノタウロスが。
常に血に濡れたような……どうやらシラユキのお友達ではなかったらしいマーマンが。
腐肉を僅かばかり身に纏ったドラゴンゾンビ等を中心に、常に補充されている形とはいえ、大分押し込んでいた戦線を押し返さんとする勢いだったが。
「いくよぉ! ……【サンセッバード】あーんど、【カムラファイア】!!」
「今こそ全てを以て、【ナイツ・ワルツ・オーバードライブ】」
「……またつまらぬものを見てしまった。【キーウォ(呪札咲先)】の瞳、いきます」
ヴェノンの柔軟で強かな全身を使っての、弾幕ばら撒きながらの急降下爆撃が。
ディーの早きに過ぎて三刃どころか千刃にも見える、死を齎す演舞が。
ピプルの、マイカードの中でも必殺……とっておきな魔眼による、破壊不可であるはずの地面すらめくり上がるほどの光線が。
そんなラマヤンさんのお仲間モンスターたちをもっと良く見て見るよりも早く。
文字通り容赦も慈悲もなく蹂躙していって……。
―――『ディセメ(識別解析)』、報告ログ。
『第三ホーム』の被支配地域……前線が押し上げられました。
他の支配地域への侵攻を開始致しますか?
……YESorNO
「うおっ、ここに来てログラッシュだな。ストップ、じゃなくてノーだ!」
「さいごのひとつも風穴のとこに置いてきたよー。って、マスター、どうかしたの?」
「ああ、やっぱり『ブレスネス』付与済みのアイテムスキルはすごいな。『ヴァルーノ』も『ディセメ』も未だ休む事なく働いてくれていたみたいだ」
「んー? それって……あ、みんなおっきいのやっつけちゃったんだねー」
恐らく、ラマヤンさんの仲間モンスターたちは、誰も陣地でもない場所、所謂ところのフィールド地帯に追いやられていたのだろう。
ラマヤンさんがいなくなった、倒してしまったことで、新たな敵性モンスターが現れるか。
はたまた他の場所に遠征などしていた者達が、帰ってくる可能性もあるだろうが。
とりあえずのところは一階層付近、その周りには敵性を示す赤色円がほとんどなくなっているのもあって。
一旦ここで様子を見ようということにして。
はりきって頑張ってくれた三人に声かけることにする。
「おーい! とりあえずは目につくところは一掃できたようだし、ノ・ノアさんの事も気になるから一旦ホームに帰還するぞー!!」
そんな声が届かずに久方ぶりの戦いに入り込んでいるのならば。
全員集合なカードブックを使うことも吝かではないと思っていたけれど。
そんな俺の言葉よりも先に、『ディセメ』のログメッセージに対してのものであったストップが、しっかり三人に届いていたようで。
遠目から聞こえてきた返事が、言葉を終えるよりも早い勢いで、あっという間に近づいてくる。
そんな勢いのままに、ジェットを効かせたディーと。
ナイトウォーカーを体現するような、大仰な皮膜の翼をはためかせたヴェノンの二人の手に繋がれてぶら下がるようにしてピプルが帰還してくるのが分かって。
「おおおぉぉう! これはたのしー」
「うえぇっ!? ちょ、まっ」
っていうか、早っ! 避け……無理っ!!
それでも声上げる前に第三ホーム入口の扉を再度開けていた俺グッジョブ、などと自分で自分を褒めてあげる暇もなく。
『第三ホーム』入口、その少しばかり上空からものすごい勢いでヴェノンとディーの手を離したピプルが、そのままの勢いをもって突っ込んでくる。
と言うかきっと、ピプルは初めからそのように俺に向かってダイブする腹積もりであったのだろう。
タイミングよくスイングして手を離してもらったことでいっそう加速をつけたピプルは。
そんな言葉通り、普段あまり見せることのない。
心底楽しげでわくわくした表情をしていたから。
俺にとってみれば。
ただただ粛々とそんな彼女を受け入れることしか術は残されてはいないのであった……。
(第146話につづく)




