第14話、魔王、火の星のひとを加えて、勇者のホームへ
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここまで来ておいてボクは結局お留守番かい? それにチュートが外に出るのは危険だろう。チュートが留守番でボクがついていったっていいんだよ?」
しかしそこで、予期せず上がったフェアリの反対の声。
フェアリとしては、ダンジョンの命であり、要であるチューさんが外に出るなんて、とんでもないって事なんだろう。
でも、実際一度外に出ちゃってるしな。
懐マスコットのチューさんと離れるなんて、そう言うイベントかトイレくらいしかないし。
多分、フェアリの言葉には、チューさんに対しての、チューさんばっかりズルいっていう、嫉妬的なものがあったらいいなぁ、なんて思わなくもないけれど。
「い、いやじゃ。留守番は嫌じゃぞ。わしはあるじどのと常に一緒なのじゃ」
対するチューさんは分かりやすくだだをこねている。
フェアリは、そんなチューさんにしょうがないなぁ、なんて顔で苦笑していて。
「う~ん。これで、代わりに誰か呼びにいっても、同じ事の繰り返しになるかもしれないね。
……よし、こうなったらここにいるみんなで行こう」
「え? でも、オレは……いや、確かに留守番ってのも微妙だけどさぁ」
ろくな思い出がないと言っていたし、立場からすれば一応魔王の討伐にも失敗しているわけだから、帰りにくいんだろう。
かと言って居残っていたら、音沙汰がないぞって事になって、それこそ新たな勇者か何かがやってくるかもしれない。
どっちに転んでもユウキの言葉通り、微妙な状態なわけだ。
「そこで取り出したるは『ランシオン(幻影変化)』のカード。これを使えば、別人に化ける事ができる。持続時間はそんなに長くないはずだけど、普段はほとんど使わないカードだから、使ってもらえると助かるね」
この『ランシオン』のカード、ダンジョンで言うなら、その階層に出るモンスターのどれかにランダムで変化するものだ。
特定のモンスターをテイムしたい時や、旨みのあるモンスターに変えたい時に使うものだけど。
結構簡単に手に入って、しかもたくさん余ってるので、もったいないなぁ、なんて思っていた所だったのだ。
「変化だって!? そ、それってもしかしてオレ、元の姿に戻れたりするのか?」
「あ、いや。ごめん。ある一定の範囲にいる他の誰かに変化するものだから、それはちょっと無理かな」
「そっかぁ。そんなうまい話はないよなぁ」
がっくりと肩を落とすユウキ。
TSしたことがないから、何もかも分かってやれるわけじゃないけど、
最初の印象とは異なり、戻りたい気持ちが強いんだなぁ、なんて事が伝わって来る。
ぱっと思いつく限り、俺の今持ってる力でユウキの願いを叶えてやれる方法はなさそうだった。
魔王討伐云々での願いを含めて、どうにかしてあげたいなぁとちょっと思う。
「まぁ、ただ単純に男になりたいって事なら、ここでカードを使えば俺になる可能性はあるだろうし、街まで行けば誰彼にはなれると思うよ。どうする?」
双子的な感じで誤魔化せるだろうか。
街で知らない人に化けた場合、その当人とばったり出くわす事や、知り合いに会ってしまう可能性も出てくるため、あまりおすすめできないけど、現実的なのはここにいるメンバー以外、モンスターバッグの中にいる他の子達に化けるのが理想かな、なんて思う。
『ランシオン』のカードは、十全ではないにしろ、変化したものの能力が使えるようになるし、チューさんやここにいるフェアリを含めた、スタメンとも言える仲間モンスター達は、俺のアイテムやスキルを使った強制レベリングを施してあるので、正直今のユウキよりも不測の事態に対応できるといったメリットもある。
ああ、それで思い出したけどユウキのレベリングもそのうちやらなくちゃな。
本来のものとは反するからなのか、仲間たちはそれをやるとへそを曲げて、嫌がって俺を避け、バッグの中に引きこもって口を聞いてくれなくなったりするので最近は自重していたけど、背に腹は変えられまい。
落ち着いたら、そのためのアイテムを集め直す事にしよう。
「……分かった。ここで使わせてもらうよ。いやだけど、街の様子が知りたいのも正直なところだし」
相も変わらず迷っていたユウキだったけど、俺を見て、チューさんやフェアリを見据え、何やらアイコンタクトをした後、頷いてくれたから。
「ではさっそく、『ランシオン』のカード、発動!」
二本の指で、シュッと。
突然の俺の行動に、目をしばたかせているユウキに向かって、一枚の透明なカードが飛んでゆく。
それがくるくると回転し、ユウキの額に突き刺さる……事はなく、触れる瞬間にぴたりと静止したカードは、そのままユウキに張り付くようにして消えていって。
「わわっ」
ぴかりと、変わってゆく姿を隠すエフェクト。
変身シーンよろしく、服まで脱げてしまっている可能性もなきにしもあらずだが、どうせ見えないので考えても空しいだけではあるが、そんな益体もない事を考えているうちに、変化は終わっていた。
青とも黒ともつかない羽毛に包まれたまん丸の身体。
大きさはフェアリと同じくらいで、なごんでほっこりするフェアリと比べると、キリっとしてカッコ可愛い顔立ちをしている。
血のような赤い目と、吸血の牙、まりのような顔の三倍はあるだろう皮膜付きの大きな翼。
『ナクデスヴェイト』と呼ばれる、空飛ぶコウモリのモンスター。
レベルを上げると、ソナーの力で索敵を、相手のHPを自分のものにする吸血を、あるいは麻痺させる麻痺牙を使いこなす。
後、風の魔法も覚えるな。
フェアリと並んで下層でテイムできる、成長の早い有能なモンスターだ。
名前はヴェノン。
もちろん本人じゃなくて、ユウキが変化したものだが、その見た目以上に性格にギャップのある可愛いやつだ。
フェアリとは、姉妹のように仲がよく、愛称で『のん』などと呼ばれていたり、自身でそう名乗っていて。
「ふむ。ヴェノに化けたか。人の街では少しばかり目立つかもしれんの」
「え? そうなんです? あ、鏡、すいません」
「ふふ。やっぱり中身が違うと変わるものなんだね、勉強になるよ」
俺がそんな事を考察していると、チューさんが頭の上からぼやき、翼をぱたぱたさせて狼狽するユウキに、差し出される小さな手鏡。
フェアリ、今どこから取り出したんだ?
全く見えなかったし、そもそもしまっておくスペースないはずなのに。
「おぉぅ。こりゃまたかわいーな。自分じゃなきゃ結構タイプなのに」
テーブルの上にぺたりと降り立ち、器用に翼の先についていたカギ爪で鏡を持つと、何やらぶつぶつ呟いている。
「でしょう? ぼくの自慢の妹なんだ」
何故か胸をはっている(ように見える)フェアリに、何とも言えず苦笑しているユウキ。
何でだろう。
サッカーボール大の可愛らしいマスコット同士の会話のはずなのに、どこか違和感があるのはやっぱりお互いの声のせいなのかな。
可愛い女の子達が見えるんだけど。
最近気づいたんだけど、俺、幻覚系の能力きかないからなぁ。
『デ・イフラ(幻惑混乱)カード』の時もそうだったけど、『ランシオン』がおかしな風に発動しちゃってるのかもしれない。
まぁ、別に悪いものじゃないからいいんだけどさ。
そんな事を思いつつ目をこすっていると。
気づけばそこにチューさんも加わってこちらを三者三様に見上げてくるではないか。
「とりあえず準備は整ったようだの」
「留守番は本物ののんに頼んでおくよ。おそらく帰ってきたらのんもつれってよ~ってごねるだろうけれど」
「お、おう。今度はみんなで来れるといいな。……んじゃ、行きますか。ユウキ、悪いけど案内頼むよ」
「うん。わかった」
果たして、テイムモンスターみんなが一堂に会する事があるのだろうか。
って言っても、ユウキを含めたレベル上げの時にはみんな集まってもらう必要があるんだけどさ。
それ自体が嫌われ、避けられてる理由なわけで。
あまり実行したくないんだけど……まぁそれはともかくとして、俺の存在スルーで本物のヴェノムと連絡できるっぽいし、これで心おきなく街へと繰り出せるわけだ。
でもこれって、傍から見ると勇者を取り込んだ魔王が、仲間を引き連れて街へと侵攻を開始する図だったりしちゃうのだろうか。
ユウキの元お仲間さんたちも、それを助長する形で突き返しちゃったし、想像するとちょっと面倒くさいんだけど。
チューさんがいつもの定位置に入ろうとして、たまにはぼくがともふもふぺとぺとじゃれあっているのを見ていると。
まぁ大丈夫かな、なんてお気楽な俺がそこにいて……。
(第15話につづく)
次回は1月27日更新予定です。




