第12話、魔王、勘違いしたまま右腕ともいうべき配下の右腕をとって
しゅたっと降り立ったのは、どこまでも続きそうな青空と大森林の真っ只中だった。
チューさんが会えるといいの、なんてつれない感じだったのは、この『モンスターバッグ』の中の世界の、広大さにある。
レベル上げができていない子達も含めて数百ほどのテイムモンスター達が、それぞれに合った住処を作り暮らしている。
自然がそのままあることから、食料に困る事はないそう(一応、俺の魔力も糧にしているらしい)だけど、それぞれが自らの意思で『異世界への寂蒔』に遊びに行く事もできるらしい。
結局、呼び出すためには召喚が一番手っ取り早いわけだが、お察しの通りあまり好かれていない俺からのぶしつけで急な呼び出しなんて嫌に決まってるだろう。
だからせめてこうして足を運び、お伺いを立てるのだ。
「ここから近いのはどこかな……滝壺かな」
それこそ、ドーピングレベリング事件の前なら、ここに来るだけで何匹か寄ってきてくれたりしてたのに、今やそれすらない。
切なさを噛み締めつつも敢えてそんな独り言を漏らし、歩き出す。
……と、数歩進んだ所で。
俺の中の気配察知的な力が暖かい【火】の魔力を感じ取った。
「……ご主人、きたね。久しぶり」
ゆっくりしたテンポだけど確かにあま高い少女の声が耳朶を打つ。
振り向くと、そこにはリカバースライムと呼ばれる、赤橙……暖色を身に纏い、黄金の触手を持つ魔物がいた。
一緒にドーピングレベリングをする機会も多く、仲間モンスターの中ではその有用な能力……【治癒】を持っている事もあって、『異世界への寂蒔』以外のダンジョンに挑むのなら、ぜひ連れていきたかった子の一人である。
独特の空気感があると言うか、一緒にいるとほっとする所があって、『WIND OF TRIAL』のユーザーにも人気だったのを覚えている。
声質からしてきっと彼女……『フェアリ』と名付けたのはいいが、思えばしっかり自意識を持って露骨に避けられるようになったのは、その辺りが原因だったのかもしれない。
だって、他の所からスカウトしただなんて、聞いてなかったもんよ。
初めから名前があって居場所があって、家族がいたかもしれないのだ。
ここに縛っている俺を、嫌っていても仕方ないと言える。
「ひ、久しぶり。呼ぶ機会もなくて、ほんとすまん。……えっと、連絡事項と言うか、伝えておきたい事があるんだけどいいかな」
フェアリは、特に自分をしっかり持っている気がして、雰囲気にのまれるというか、どっちが主かわかりゃしないんだよな。
本当は街に出ている間にユウキのことを気にしてもらいたいと伝えるだけのつもりだったけど。
こうやって面と向かうだけで早くも方向転換が余儀なくなってきそうで。
「うん。元々今日はボクの日だったからね。いいよ、なんでも聞いて」
ボクっ子……いや、ボクっ娘だ!
初めて会話した時の感動は今も薄れる事はない。
だが、ボクの番だなんて事を聞くに、やはり俺はあまり好かれていないのだと予想できる。
きっと、面倒な仕事として、交代制になっているに違いない。
これは、早々に用事を済ませなくては。
「ええと。これからの話なんだけどさ、そろそろ外に、ほかのダンジョンとかに足を運んで見ようと思うんだ。きっと、フェアリやほかのみんなの力を借りる事になると思う。だからもしよかったら……」
「お供すればいいんだね。ボクでいいならもちろん構わないよ」
いきなり召喚するものなんだし、付いてきて欲しい。
俺がそう言い終えるよりも早く、食い気味に了承の言葉を口にするフェアリ。
「ふふ。ボクの番にそんな話が聞けるとは、ついてるね」
リカバースライムの顔だから、はっきりとは分からないけど、どうやら喜んでくれているみたいだ。
嬉しそうにくるくる回っているのを見ると、前言撤回で俺って言うほど嫌われてるわけじゃないのでは、なんて思うわけだが。
「それで、一応連絡ついたら他のみんなにもそう伝えて欲しいんだけど」
「ああ。伝えておくよ。でも、みんなで話し合ったのだけど、今のところは全員が揃う事はないと思って欲しい。ご主人には済まないと思っているけど」
「そ、そうか」
帰ってきたのは空気を読めよ、といった雰囲気漂う憮然としたフェアリの呟き。
ううむ。全員呼び出して俺の周りを囲んでもらってハーレ……じゃなかった、行軍だぁーってやりたかったんだけどなぁ。
そんな制限があるなら仕方がないか。
システム上の制限だよな?
やっぱり俺が嫌だからじゃないよな?
考えるとどんどん落ちていってしまいそうなので、その事はとりあえず脇に置いておいて、俺はもう一つの本題を口にした。
「それでさ、他のダンジョンに挑む前に、近くに街によってみようと思うんだけど、フェアリ達からすれば、勇者って言えば分かるのかな? 勇者の肩書きを持つ娘を預かっていると言うか、かくまっているというか、ぶっちゃけ仲間になったんだ。実は故郷が同じみたいでね。彼女、街に帰るかどうかまだ、はっきりしていないし、俺達がいない間、仲良くしてくれると助かるんだけど……」
伺うように、反応されるよりも早く言いたい事を口にしてしまう俺。
一応、『魔王』としてどうなのかなと、仲間モンスターの中でもリーダー的存在でもある彼女に聞いてみたかったのでちょうどよかった。
普通じゃないというか、『魔王』と『勇者』が戦わずして一緒にいることは、この世界では珍しいのかもしれない。
こっちの世界でのお話(創作物)だと、結構見るんだけどなぁと言いわけしていると、深く考え込んでいた風のフェアリが、ばっと顔を上げた。
「……彼女? その同郷の子っていうのは、女の子なのかい?」
「え? そこに注目しちゃうの? あー、ええと、信じられないかもしれないんだけど、こっちに来る前は男だったみたいだな。こっちに来てから女の子になったみたいでさ、俺らの世界では珍しい事でもないんだけどね」
まぁ、あくまで物語の話ではありが。
フェアリにとってみれば勇者云々よりそっちの方が気になるらしい。
何やらぶつぶつと考え込んでいるような仕草をしてみせた後、こっちが申し訳なくなるくらい澄んだ琥珀の瞳で見上げてくる。
「可愛い子だったかい? ご主人の印象を聞きたいな」
「……え? あーうん。桜色の髪の可愛い娘だよ。あ、でも本人は男だって思ってるし、実際中身はそうだって言うから、あんまり可愛いとか言わない方がいいかも」
真面目な顔して何でそんな事を、なんて思ったが。
俺はユウキについての、取り扱い的な重要な部分を口にする。
すると、フェアリは火星人な見た目でも確かに分かる納得顔をしてみせて。
「なるほど。……そんな抜け道があったとはね」
「抜け道?」
「ああ、いや。こっちの話さ。うん。状況は理解した。ボクもその勇者の女の子に会ってみたくなったよ。ついていってもいいかい?」
「おお。そうか。よろしく頼む」
俺の気づかぬうちに、なんていうかこう、俺には分からないやりとりってのがあるんだよね。
抜け道、なんて聞くとダンジョンチャレンジャーな俺としては気になる所だけれども。
せっかく付いてきてくれるっていうのに、しつこくして嫌われてもなんだしな。
俺は一つ頷くと、それじゃあ行こうとばかりにフェアリが手を……触手を差し出してきたではないか。
「ふふ。エスコート、よろしくね」
「お、おおう」
俺が、『モンスターバッグ』の中に直接趣いた場合、仲間モンスターを連れて行くには、俺の許可プラス、対象に触れなくちゃならないから、とりあえず握手的なものを求めているだけであって、深い意味はないはずなのだが。
嬉しそうと言うか、からかいようないたずらっぽい笑みをこぼすのは、なんなんでしょうかね?
一瞬、いいとこのお嬢さんを幻視してしまったじゃないの。
実際、触れた生成り色の触手の感触は。
俺の想像をしているようなぷにぷにしたものとは違っていたのをここに記しておく。
(第13話に続く)
13話はまたあした、更新いたします。




