第1話 見えてきた真実
探索任務を折り返し、長嶋宅で優、シア、西方の3人が見つけたもの。
それは、外山果歩という6歳の女の子だった。
長嶋宅の探索を終えた優たちは当初の予定通り、しばし休憩することにした。
まず探索で分かったこととして、ここに住んでいたのは、長嶋文雄・月子夫妻。高齢のおしどり夫婦だったらしい。
電気・水道が使えることが確認できたため、つい最近まで暮らしていたようだ。もし、生活インフラが無くなっていれば、果歩は危なかっただろうというのが優の見解。
また、果歩の姓・外山は向かいの列にある家の名前だと西方が記憶していた。
残る様々な疑問は、果歩自身から語られる。
「それでは果歩ちゃん、どうしてここに?」
「えっとね……」
リビングのソファにシアと果歩が座り、話し始める。
途中、シアが相槌を返しながら、彼女から聞くべきことを明確にする。
まずことが起こったのは先々月。複数体の魔獣の襲撃を受け、この辺りの家々が被害に遭った。
優の記憶ではこの時被害者は6人とされていたはずだが、それはあくまで遺体が見つかった数らしい。
実際の被害というのは予想以上に大きいものだったようだ。
「そのとき、お父さんとお母さんがいなくなったの」
「いなく、なった……ですか?」
「うん。おばあちゃんたちは、もう会えないんだって言ってた」
果歩の言ったおばあちゃんたち、とは長嶋夫妻の事。
その様子から、死そのものは深く理解していないものの、会えないという現実は分かっているように優には見えた。
それからご近所付き合いがあった夫妻が果歩を引き取り、面倒を見ていたらしい。
「学校はどうしたんですか? 果歩ちゃん、小学生ですよね?」
「魔人がいるからって、おばあちゃんたちが……」
この時彼女は魔人について知ったようだった。
代わりに残っていた教科書などを参考に、夫妻が彼女の勉強を見ていたらしい。
魔法についても、〈身体強化〉〈探査〉については知っているようだった。
とは言え、知っていることとできることは別。
パニックになったり緊張したりと、魔法を阻害する心的要因は数多い。
優たちが入ってきた時、6歳の女の子に冷静に魔法を使えと言うのも酷だろう。
「では、おばあちゃんたちはどこに行ったんでしょうか? お買い物とか?」
「うんとね……」
養父母がいなくなったのは先々週の事らしい。
『ちょっとおばあちゃんたち、果歩ちゃんを学校に行けるようにするわね』
『ついでに携帯も買って来る。何色が良い?』
『黄色!』
『わかったわ。そうだ! 誰が来ても絶対に開けちゃだめよ? 入ってきたら押し入れに隠れてね』
そう言って出て行ったきり帰って来ていないという。
「2週間もずっと、1人で……。寂しかったですね」
「うん」
シアが果歩を横から抱き締める。
待って、待って、待ち続けて。
ようやく今日、鍵が開いた音がしたと思ったら、知らない声。
最初は戦おうと包丁を持ったが、おばあちゃんたちの言葉を思い出し、押し入れに隠れた。
それが事の顛末。
食料はかなり減っていた。
水もいつ止まってもおかしくなかったし、魔人や魔獣がまた襲ってくる可能性もあった。
野盗に襲われた可能性もある。もう少し遅れていれば、彼女の身は危なかっただろう。
この任務を受けて良かったと実感する優。同時に1つ確認することがあった。
「俺たちより先に、誰か来てないか?」
恐らく自分たちより先に、一夜がこの家を訪ねているはず。
そう思っての質問に果歩は首を振る。つまり一夜がこの家を訪れたことは無いということか。
「……どういうことだ?」
「多分だけど。果歩ちゃんは、寝てたんじゃないかな? 神代さんから聞いた話だと、一夜さんは朝早くに見に行ったって言ってた」
天から聞いた話をもとに、西方が推測を口にする。
果歩に聞いてみれば、彼女の寝室は最も安全な3階にあると言う。
長嶋一夜も、まさか子供がいるとは思っておらず、果歩の存在に気付かなかった。
「それなら筋が通る、か」
これまでのことは分かった優。次は、これからのことを考える。
差し当たって確認するべきは彼女の意思だった。
「果歩ちゃんはこれから、どうしたい?」
長嶋夫妻を待つのか、移動するのか。
それぞれで対応が異なってくる。
「……かほ、どうしたらいいの?」
「そうですよね。分からないですよね」
果歩の苦悩を、シアはよく理解できる。何をしたいか。突然聞かれても、答えられる人はそう多くない。
ましてや果歩は6歳の子供だ。
「優さん、西方さん」
決然としたシアの顔は、彼女を第三校まで連れ帰り、保護するべきだと言っている。
外地で孤児となった子供のために、内地には国立訓練学校附属の養護施設がある。
優たちが助けたジョンの弟たち――マイク、マット、ケリーもそこに入所し、中学卒業までは面倒を見てもらえることになっていた。
「さっきの話だと、文雄さんと月子さんも多分、そのあたりの申請をしに行ったんだと思う。このままだと世間体も、果歩ちゃんの学校生活にも良くないと思ったんじゃないかな?」
長嶋夫妻が区役所に行くと言っていたことを指しながら言った西方。
「そうだな。長嶋さんたちが帰ってくるまで、第三校で保護してもらおう。果歩ちゃん、一緒に来てくれるか?」
「……うん」
話の内容全ては分かっていないが、とりあえずといった様子で頷く果歩。
「ひとまず天たちに連絡だ。方針も変える必要がある」
「――書置きもしておきましょう。おばあちゃんたちが帰って来た時のために」
「それは僕に任せて! 神代君は連絡、シアさんは果歩ちゃんと一緒にいてあげて」
家族を失った果歩がいる場で、特派員である3人は決してそれを口にしない。
北にある隣町までは車で行けば20分ほど。用事を済ませて往復するにしても、半日で片が付く。
そんな近場に出かけて、一週間以上帰って来ない老夫婦。
携帯を買いに行ったはずなのに、娘の一夜と連絡が取れていない。
そして、近くには魔獣と、頭の回る魔人もいる。
老夫婦が果歩を見捨てた可能性も含めて、酷な現実しかそこには無いだろう。
玄関のカギをしっかりと施錠し、果歩を含めた4人は夏空の下に出る。
「それじゃあ、行きましょうか、果歩ちゃん!」
「うん。……行ってきます、おばあちゃん、おじいちゃん」
果歩がシアの手をぎゅっと握る。
彼女も薄々、長嶋夫妻には『もう会えない』ということを理解しているのかもしれない。
ジッと家を見つめる果歩の小さな手を、強く握り返してあげるシアだった。




