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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【断罪】第二幕・前編……「陰謀の地へ」

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第12話 猫

 駆け出そうとした天の小さく軽い身体を、誰か――遅れてやってきた春樹が彼女の細い腰に手を回し、後ろから持ち上げた。


 「待て、天!」

 「何っ?! 誰?! 邪魔するな!」


 後ろにいる春樹をキッと睨みつける天の全身は黄金色に覆われている。よく見れば、その瞳にすらも金色が浮かんでいた。明らかに余剰なマナの放出。

 その瞳をまっすぐに受け止める春樹の身体も、黄緑色のマナに覆われている。


 「落ち着け! 深追いするのは危険だろ!」

 「放して春樹くんっ! 今あれを殺さないとみんなが……兄さんがっ!」


 腹部に回される太い腕を叩いたり、押したりして抗議する天。


 そんな彼女を必死で抑え続ける春樹。

 自分が犠牲になることを少しもいとわない。周囲が作り上げた天の悪癖が出てしまっている。

 しかも、本人は自己犠牲の意識が無いため、自己満足すら生まれない。

 もし今、冷静さを欠いた彼女を行かせたとしても、誰も、本人すらも救われない。


 「冷静になれ。今行っても、もう遅いだろ?」

 「それは春樹くんが止めたからでしょ?!」


 冷静でない誰かを見たとき、案外、自分は返って冷静になったりするから不思議だ。

 腕の中で暴れる天が、フーッ、フーッと威嚇する猫のようだと、春樹は場違いな感想を抱く。


 「そうだ、俺が悪い。だから、落ち着け。な?」


 それでも少しの間だけ暴れていた天だったが、やがて、


 「……意味、分かんない」


 抵抗を諦め、身体からマナの光が消えて行く。

 このまま春樹が〈身体強化〉をした状態で抱きしめると、骨が折れてしまう。

 春樹もゆっくりと、マナを拡散させていく。


 「落ち着いたか?」

 「……今ほど、身長欲しいって思ったことない」


 春樹からうつむいた天の顔は見えないが、どうやら落ち着いた様子。


 「ごめん、春樹くんは悪くない。それと、止めてくれてありがとう」

 「そりゃ、良かった」


 脱力し、動かなくなった天は借りてきた猫のよう。自信家な彼女のしおらしい態度に、春樹が得も言われぬ感情を抱いていると、


 「……だから、下ろして? 私、子供じゃない」


 困惑とも抗議とも取れる天の目が向けられた。


 「――悪い!」


 慌てたようにすぐに天を下ろした春樹。

 彼にかまわず乱れた髪、服を整えた天は改めて状況を俯瞰する。


 「そう言えば、常坂さんは? いないみたいだけど」

 「待ってもらってる。とりあえず、さっきの家に戻ろう」


 後ろ髪を引かれる思いで雑木林を一瞥した天だったが、今回ばかりは素直に、幼馴染の背中についていった。




 「申し訳ございませんでした。目測を誤りました」


 正座で三つ指をついた常坂が、出会いがしら天と春樹に土下座した。

 やけに堂に入っていて、2人は一瞬固まってしまう。


 「こっちこそごめん。ちょっと独りよがりだった」

 「それを言うなら、オレなんか何もできなかったぞ?」

 「常坂さん、立って? 服、汚れちゃうし、連係ミスは私たちのミス。でしょ?」


 膝に右手をつき、差し出された天の左手をまじまじと見つめる常坂。

 しかし、なかなか手を取らない。


 「……私たちも、土下座しよっか、春樹くん?」

 「ん? そうだな。常坂さんだけってのも変か」


 そう言って膝を折ろうとした天と春樹を、


 「あ、す、すぐに立つから、やめて……!」


 常坂が慌てて止め、すぐに立ちあがるのだった。


 「んで、さっきのが魔人か」

 「とても、元は人間だったとは思えませんよね」

 「でも人間()()()()のは間違いない」


 実家で優がやっていたホラーゲームのラスボスのようだと、天は思った。


 「逃がしてしまいましたね」

 「そうだな。ひとまずは中央会館に戻って、昼飯がてら優たちに報告しよう」

 「賛成。でも、次会った時は絶対に殺してやる」


 血の気の多い天の発言に、まだ冷静では無かったかと春樹がたしなめようとするが。


 「だから、もう少しお話しよっか、常坂さん?」

 「う、うん! お手柔らかにお願い……ね?」


 続いた天の言葉は、連係ミスがコミュニケーション不足によるものだと理解したもの。

 言い方が少しだけ物騒なために常坂は若干怯えているが、対話の姿勢はみせている。


 特定の誰かに興味を示さない天と、口下手な常坂。

 2人が変わろうとしている。

 なぜだかほほえましい気持ちになり、見守るような春樹を見とがめた天が


 「もちろん、春樹くんも、ね? 何もできてないんだから」


 作り物めいた笑顔で言う。

 言葉にとげはあるが、そこには親しみがきちんと込められている……と信じている春樹。


 「お、おう。早速、手厳しいな」

 「他人事みたいな顔してたから。さっきもそうだけど――」


 表情を真面目なそれに戻して天が言う。


 「春樹くんは保護者じゃないでしょ? 私たちの仲間。同じ目線でいて」


 最後に、「調子に乗るな!」と指を立てたのは、天なりの親しみの証。


 「悪かった。じゃあ戻りがてら、改めて自己紹介でもしておくか」

 「わ、私も。頑張って話します」


 午前の探索を無事(?)に終え、探索拠点の中央会館に戻る3人。

 帰り道は、行きに比べるとほんの少しだけ、騒がしい。

 その小さな変化は全員に波及し、予想以上に大きな変化となって現れることになる。




 そうして談笑しながら帰って行く若者たちを屋根の上から見つめる影が2つ。


 「おいおい、またあの化け物かよ」


 面倒くさそうに発された声は男性のもの。


 「でも、ご馳走であることには変わりないじゃない?」


 今度は女の声。短い付き合いだが、女の言いたいことを察する男。


 「え、俺、アイツと戦いたくないんですけど?」

 「そう。じゃあ、今ここであなたを食べることにするわ。せめて食料として、私の役に立って?」

 「勘弁してくれ。……へいへい、分かった、やるよ」


 3人の特派員見習いが見えなくなったところで、準備があると言った女がその場をあとにしようとする。

 その背中に、男が問いかける。


 「で? 天人の方は?」

 「あの魔力持ちのおチビの後。デザートで食べたいわね」

 「さいですか」

 「あの感じなら用意した“足枷”もうまく働きそうね」


 傲慢に笑った女は雑木林に消えて行った。

 残された男も化け物同士が勝手につぶし合い、自分がおいしいところだけを頂く算段を立てておく。


 「理想はやっぱり、美人の方を甚振いたぶり喰うことなんだけどな。いや、あの生意気な化け物を鳴《泣》かせても……」


 明らかに未熟な天人の少女か、食えない魔力持ちの少女。

 ご馳走を思い浮かべながら下品な顔で嗤い、男も屋根の上から姿を消した。

※誤字脱字や改善点、感想等、皆さまの気付きがありましたら、教えて頂けると幸いです。

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