第11話 連係
『助けて』
そんな声を春樹が聞いたのは、天、常坂とともに全ての家の探索を終え、中央会館に戻ろうかという時だった。
南側――一番低い場所から坂を上る形で調べて行った3人。
当然、最後の民家は最も高台にある、豪邸と呼ぶべき大きさのものだった。
ここは近代的な造りの2階建て。白い外壁と全面ガラス張りのリビング、ドッグランとしても利用できそうな大きさの庭には、背の高い雑草が生えていた。
立地上、風雨にさらされやすかったのだろう。ガラス張りの壁は全て割れており、長い間風雨にさらされていたことがわかる。
天候か、あるいは自然災害、もちろん動物や魔獣の仕業かもしれない。
警戒しながら、長い時間をかけて探索を終えた時だった。
アイランドキッチンを抱えるリビングダイニング。ひとまず拠点に戻ろう。そう話し合っていた時。
『助けて』
と、鼻声のような声が聞こえた。
「なあ、何か聞こえなかったか?」
「……? 風じゃない? どう、常坂さん?」
「う、ううん。確かに何か聞こえたよ……?」
常坂が南向きの庭を見て言う。
本来であれば、下にある家々、その向こうにある線路や山を一望できたであろう場所。
しかし、2.5mはあろうかという高い雑草が生い茂り、壁になっていて、がさがさと雑草が揺れていた。
「ここで生き残った人かもって考えるのは、兄さんだけだよね?」
万が一の理想を考え、口にするのは兄の役割だろうと、天が言う。
「さすがに今このタイミングで、って言うのは違和感があるよな。……おーい」
念のために呼びかけてみる春樹。もしこれで潜んでいる何者かが人で、それを殺した場合、春樹たちは改訂された法の下に裁かれることになる。
魔法による殺人罪。最低でも禁固10年は固いだろう。
「〈探査〉も、あの草の密度だとさすがに通らないだろうし。でも、近づくのもなぁ……」
『お腹空いたよう』
そうこうしているうちに、ソレが草むらから出てきた。
だるま、あるいは水風船というのが、初見の印象。丸いフォルムをした肌は青紫色に変色している。
表面に腕や足のような肉の垂れさがりが見られ、ところどころ血管が浮いている。
幼児のようにドタドタと歩いてくるのだが、その体高は2mほど。
顔らしき頭頂部のふくらみには人間の顔のパーツが、福笑いよろしくちぐはぐについている。
触手にも見える無数の手の先に、牙が円形に並んだ口。
そのいくつかには小さなネズミのような動物、あるいは魔獣が握られていた。
「なんだよアレ?!」
「多分、魔人だと思う」
「アレが人間だったってことか?!」
家の中を後退し、魔人と距離を天と春樹。
魔人はそのまま巨体を揺らし、庭から家の中に入ってこようとしている。
天の中に、いつもの直感は無い。よって、考える。
「ひとまず、ここで確実に」「――フッ!」
命中と威力を考え、ボーリング大の〈魔弾〉を放った天。その一撃で仕留めるつもりだった。
しかし、隣で、お面を被った常坂が腕を一閃。
結果、魔人を捉えようとしていた天の〈魔弾〉ごと、常坂の刀が魔人の身体を切り裂いた。
魔力持ちによる強力な〈魔弾〉が破裂し、衝撃が3人と魔人を平等に襲う。
春樹たちは家の壁に叩きつけられ、魔人は高台の下へと吹き飛ばされたのだった。
すぐに体勢を整え、走り出したのは天。
(連係ミス、計算が狂った!)
庭先に躍り出て、下にある道路を睥睨。落ちた魔人を探す。が、見当たらない。
いや、道には血の跡があり、西側の雑木林に続いている。
モノの話によれば、魔人には多少なりとも知性がある。触手らしき手には動物たちが握られていた。
恐らくあれは非常食。
傷ついたときに食べて、変態することで傷を癒そうという算段のはず。
ゆえに一撃必殺の量のマナを込めて魔法を放ったが、それがあだになってしまった。
正しい在り方を規定できなくなったマナは暴走、爆発する。
それを利用した攻撃が〈魔弾〉。塊としてイメージされ射出されたマナは、その形が一定以上崩れた時、あるいは指定された運動を行なえなくなったとき、爆発する。
魔獣・魔人の変態も、仕組みとしてはそれと同じ。
摂取したマナがその魔獣・魔人が内包していたマナに影響。結果“在り方”を変容させ、その情報をもとに体が再構築される。
変態の間、彼らは無防備になる。
しかし、変態途中に衝撃を受けた場合、“在り方”を規定できなくなったマナが暴走、大爆発する。
先ほど天の〈魔弾〉が切られて爆発したのと同じ現象が、より強力になって人々を襲うのだった。
でも、と、天は考える。
今、ここには捜索を終えた家と自分以外いないはず。
変態している途中が隙であることには変わりない。自分が衝撃に耐えられれば、あの魔人を倒すことが出来る。
逃がした場合、午後の探索にも影響するだろう。最悪、友人たち、そして兄に牙をむいてしまう。
多くの命、兄の命を危険にさらす可能性と、自分の身。天の中で、天秤にかけるまでも無かった。
(私が、仕留めないと! 私が――)
沸騰した血が天の脳を駆け巡り、体とマナを動かす。
〈探査〉を使用し、雑木林に逃げ込んだ魔人の位置を特定。他にも小さな魔獣の反応があったが、今は魔人を優先。
いざ駆け出そうとしたその足は、しかし、宙をかくことになった。