第9話 天才の短所
時間と場所を移して、集落の南西部を探索する天、春樹、常坂の3人。
彼らが担当する住宅街から少し離れたその場所は、周囲を木々に囲まれたこの集落の中でも、雑木林に囲まれた部分。飛び地のようになっている場所だった。
中央会館から雑木林を突っ切るような無茶はしていない。
一度南下して、線路沿いの道に出た後、この飛び地に続く細道へと迂回してきたのだった。
「会館があった方に比べると、1軒1軒、大きいな」
「ほんとだ。それに、ちょっと古い家が多いかも?」
「向こうが新しく来た人が住む場所、ここが昔から住んでた人が多いのかもな」
周囲の建物、軽トラックがどうにか通り抜けられるかどうかの道幅を見ながら、春樹と天が話す。
と、遠方から真っ白いマナがやってくる。シアの〈探査〉だ。
「シアさん、張り切ってるね」
「西方もいるから大丈夫だと思うが」
言いながら、春樹は少し後ろをとぼとぼ歩く常坂を見やる。
と、上目でこちらを見ていた彼女と目が合い、逸らされた。
人見知りらしい彼女とどう接していこうか。考える春樹の横で。
「塀とか小道が多くて、高低差もある。しかも、逃げ道も細くて、ほぼ一本道。魔獣が隠れるにも襲ってくるにも、理想的な地形だよねー」
自分たちの置かれている場所の危険性を口にしつつも、言った天に焦りの色は見えない。
「天、〈探査〉はしないのか?」
「うーん……。こうやって障害物が多すぎると何回もやる意味、あんまり無いんだよね」
高台に建つ家々を眺めつつ、天は消極的な意見。
優たちがいた北西部に比べ、ここは高低差が一層激しく、家の損傷も少ない。
加えて障害物が多く、音波のように広がるマナを利用する〈探査〉の効果が薄いと彼女は判断していた。
それに最初、この集落を訪れた時に広範囲の〈探査〉をしている。
その際、今いるこの場所も大まかに調べてあるし、雑木林に魔獣がいないことは確認済み。
もし魔獣が潜んでいるとすれば、それはつまり、民家の中ということになる。
「兄さんたちが調べてる場所より家の数は少ないし、どちらかと言えば家の中に〈探査〉をかける方がマナの消費量的には、効率良いかも」
「まあ、一理あるか。常坂さんはそれでいいか?」
「……わかりました。私の方でも気配を探っておきます」
気配という言葉にどことなく武人感を覚える春樹が先頭に立って、3人は民家の捜索を始めた。
「家が壊れてない時点で予想はできてたけど……」
何軒かの家を見て回った天のつぶやき。
「ここはずっと前に放棄された場所っぽいね」
「だな。でも、ここは庭先のガラスも割れてるし。中も荒らされてる。もしかすると――」
「〈探査〉っと。……ううん、ここにも魔獣はいないみたい」
ほこりが積もる家々。ほんの少し行けば人が住んでいたということもあって、野生動物に荒らされた形跡もほとんどない。
そうでなくても、高台に建つ家々は動物の進入を拒む造りになっている。
元からイノシシが多く出る周辺地域。雑木林に囲まれていたために工夫されていたのだろう。
安全を確認して庭先から家に上がる3人。
「人が居ないから、魔獣が襲う必要もない。だから、家も壊されていないってわけか」
「そ。しかも、ほとんどの家にカギがかかってる。だから――」
そう言った天のすぐ近く。突き当りの廊下の曲がり角から飛び出してきたのは大きなイノシシ。
逃げ道のない細い廊下。
しかし、〈探査〉でその存在を知っていた彼女は床を蹴って跳躍。イノシシの頭上で膝を折って宙返り。
突進を華麗に避け、道を譲る。
「おわっ!」
「っ!」
そのまま、背後のリビングにいた春樹と常坂の横を通り抜けて行ったイノシシは軒先に出て姿をくらませた。
「この家みたく、中が荒らされた家には動物がいるかも」
「先に言え! 魔獣だったらどうする!」
春樹が抗議の声を上げた。魔獣では無くても、大人のイノシシの突進をもろに食らえば、骨折していたかもしれない。
彼の言葉に常坂もコクコクと小さく頷く。
「魔獣はいないって最初に言ったよ? それに、結局、みんな大丈夫だった。違う?」
「あのな……」
答えを知っている。こうなることは当然のことだと天は言って、1人探索を再開する。
そんな幼馴染の悪癖に頭を抱える春樹。ここぞという時の説明不足。
その根底には、やはり、彼女の他者への興味の薄さが影響していると春樹は睨んでいる。
が、ここで追及できないところが、惚れた弱みということだろう。しつこく小言を言って嫌われることを、どうしても春樹は恐れてしまう。
「常坂さんは大丈夫だったか?」
「は、はい。びっくりはしましたけど……」
外地育ちというだけあって、肝は座っている様子。
なぜかその手は腰――古臭い狐のお面にかけられていた。
「この家の探索は天1人に任せる。いいな?」
「ん? 了解、2人は休んでてー」
「……はあ」
春樹としては罰のつもりなのだが、天はそれすらも平然とした様子で、笑って了承する。
「じゃあ、まあ、庭を警戒しながら休もうか、常坂さん」
ソファのほこりを払って、彼女が座る場所を確保する春樹。
自身はリビングにあった木の椅子を持ってきて、出入り口である庭を見渡せる場所に座った。
「良いんですか? 神代さんの負担が……」
「良いんだ。あの感じだと多分、すぐに終わると思うし」
そう言って庭を哨戒しながら、春樹は天について考える。
自分が頼られる、任されることが当然。そう考えているところが天の長所であり短所だった。
求められれば必ず応える彼女。幼少の頃から何度も、何度も繰り返されてきただろう事柄。
いつしかそれは彼女の中で当然のことになり、物事を放任、転嫁、依存されることに何も感じないようになっていた。
そんな性格を作り上げたのは周囲の人間たち。小中学校では困ったら彼女を頼ればいい、そんな雰囲気が醸成され、事あるごとに頼られていた。
その姿が輝いて見えて、春樹はいつしか彼女に好意を寄せたわけだが……。
自分自身もたまに彼女に全てを任せてしまおうと思ってしまうことに、春樹は内心、辟易する。
神代天という少女は周囲にとって、劇薬なのだ。
(その点、優は――)
「あ、あの……」
意外なことに、そこで春樹の思考を遮ったのは常坂だった。