第8話 オーバーキル
シアが見つけた手がかりによって、ベッドの上にある骨がここに住んでいた夫婦の旦那だと分かった優。
跳び取った血は、何か、あるいは誰かに襲われた可能性を示していた。
しかし、優たちが入るまでこの家は密室に近かった。
唯一の出入り口である寝室のドアも閉まっている。
注意深く部屋を見渡せば、室外機用の換気口のフタが外れて、落ちている。
考える優。
(通気口を通れるぐらい、小さな魔獣だったのか……? そこから入って、出て行った……? でも人を食べたなら変態して、体が大きくなった可能性も――)
「あれ? ドア、開いてます」
家全体の〈探査〉をすると言ったシアが寝室の出入り口のドアノブに手をかけて言った。
よく見ると、点々と、赤黒い血の跡がシアの足元まで続いている。
まるでそれは、犯人の足跡のようで――。
「っ?! シアさん、ドアから離れろ!」
「――ぇ?」
優が叫んだのとほぼ同時。
バンッ、と音を立ててドアが押し開かれる。
「きゃっ!」
都合、ドアの前に立っていたシアが勢いで押し倒された彼女めがけて。
体長30㎝ほどの茶色い、ネズミのような魔獣が飛びかかった。
優の手元にはシアから手渡された、大切な遺品となる写真と日記が握られている。
〈身体強化〉を使えば、握り潰したり、写真が折れたりと、遺品を痛めてしまう可能性がある。
故人の思い出か、知人の窮地か。
一瞬の逡巡の末、優が選び取ったのは後者。すぐさま魔法を使うが――
(やばい、間に合わない――!)
「僕が!」
反応が遅れた優に代わって飛び出したのは西方。その全身にはミントグリーンのマナ。
フローリングを蹴って、倒れたシアと魔獣の間に割って入る。
先の尖った齧歯がのぞく口に、マナで強化した右腕を差し入れる。
ネズミの魔獣がその腕に噛みつき、浅く肉を貫く。
飛び散る鮮血。
「ぅく……」
痛みをこらえ、利き腕ではない右腕に力を込める西方。魔獣が歯を引き抜こうとあがくも、腕部のプロテクターも貫通していて、なかなか抜けない。
そうして西方が作り上げた時間は、優が駆けつけるのに十分。
噛みついた状態で無防備となったその魔獣の身体に、透明な刃が突き立てられる。
「キュ……」
絶命の声を上げて、その魔獣は動かなくなった。
――が。
「「キュルルルッ」」
開かれたドア――廊下側から計5体の、同じ姿をした魔獣が現れる。
(分裂するタイプか!)
魔獣が生物を捕食した際。食べた生物のマナの影響を受けて、その姿を変えることがある。
俗に『変態』と呼ばれる魔獣特有の生態。
捕食した生物が持つ身体的機構が、いびつな形で表出することが多い。そのため、通常、似たような魔獣はいても、全く同じ魔獣がいないとされている。
しかし、時折、分裂・増殖して群れとしての力をつけるものもいる。その場合、ある程度身体が肥大化したところで、全く同じ見た目をした別の個体を生み出すことがあった。
今回、ネズミの魔獣は成人男性1人を捕食してある程度の大きさを迎えたところで、分裂し、数を増やしたようだった。
厄介なことは、飢餓状態になれば共食いをするということ。できると言い換えてもいい。
エサが無くても長期的に、生き残ることが出来るのだ。
今回、閉め切られた家で魔獣が生き残ることが出来た理由だった。
「来い、西方! 急いで止血する!」
黒い砂になっていく魔獣をぶら下げる西方を連れ、優はすぐさま飛び退いて射線を作る。
背後で立て直したはずの彼女が本領を発揮できるように。
「でも魔獣が――」
「大丈夫です!」
聞こえた声に西方が振り向くと、尻もちをついた状態で白い拳銃を構えるシアがいた。
イメージを強化するために創られた、形だけの自動小銃。
弾速と命中に集中するためにシアが見つけ出した、〈創造〉と〈魔弾〉の合わせ技。
数が多くなる代わりに、分裂した魔獣1体1体の魔力は低い。
(落ち着いて、マナも絞って、弾速早く……撃つ!)
引き金を引くと同時に、銃弾の形をした〈魔弾〉を放つシア。銃声はない。代わりに響くのは魔獣たちの臨終の鳴き声。
濃密なマナが込められた純白の弾丸が次々と魔獣を撃ち抜き、風穴を空けていく。
が、同時に貫通した魔力塊が魔獣の向こう側、廊下の手すりをすり抜け、階段上の壁も抉ってしまっている。
飛び散る壁の破片を目にして、
「シアさん、もうちょっとマナを抑えて――」
忠告する優の声も、魔獣迎撃に集中するシアには届かない。
「これで、最後っ!」
気合が込められた、ひときわ早く、大きい〈魔弾〉が最後の魔獣を捉え、その身を破裂させる。
叫び声すら上げさせない、オーバーキル。
貫通した弾丸はそのまま直進し、壁にぶつかって破裂。
空気が外側に流れ出し、煙が晴れたそこには大穴が空いていた。
「……ひ、ひとまず〈探査〉します!」
外が見えるようになった壁を眺めていたシアが我に返り、当初の予定通り、家の中を〈探査〉で調べる。
「1階に、魔獣はいません。つ、ついでにお庭にも……」
「……了解です。今は、西方の止血を優先しましょう」
「は、はい……」
優とシアが持ってきていたハンカチを使って、西方の傷を直接圧迫して止血する。
幸い、傷はそれほど深く無かった。
「助けて頂いて、ありがとうございました。西方さん」
「い、いえ! むしろ、シアさんにケガが無くて良かったです!」
ケガをしていない方の手を取って感謝するシアに、顔を染める西方が早口でまくし立てた。
「魔獣を倒してくれて、ありがとうございました」
「いえ、戦闘でしかお役に立てませんし、その戦闘も……」
言って彼女が見つめる先には穴の開いた壁がある。
「……咄嗟のことで魔獣の魔力もわかりませんでしたし、仕方ありません。倒し損ねる方が危険です。マナの抑制は今後の課題ということにしましょう」
「はい……」
「僕はもう大丈夫だから、探索を再開しましょう」
立ち上がった西方とともに、探索作業を再開した3人。
その間優は、シアの〈魔弾〉が貫通してしまうほどの魔力だった魔獣の弱さと、森で会ったカエルの魔獣とを重ねていた。
(今は探索に集中だな……)
昼に近づくにつれ、気温が上昇していく。
午前の探索を終えて中央会館に戻る頃には、3人は汗だくになっていた。
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