第4話 拠点確保
その後、これといって魔獣の戦闘も無く。
空き家となった建物や飲食店を抜けて。
今も時折使用される鉄道の踏切を渡ってしばらく行くと、いよいよそこが探索地。
東西に長い楕円形の廃村。主要道路に面した南を除く3方を木々に囲まれたそこは、北に高速道路、西に畑、東に行くと駅がある。
道路を歩いてきたため、優たちが今いるのはもちろん南の端。背後には鉄道のレールが敷かれている。
今から約半日かけて、魔獣の襲撃を受けた半径200mほどの範囲を捜索する。
「ひとまず中央にある会館? を目指すんだったか?」
「そう。そこを中心に、午前中に西側。午後に東側を2手に分かれて調べよう」
春樹と優が計画を再確認。それを全員で共有する。次いで
「天、〈探査〉を頼む」
「了解!」
広がって行く黄金色のマナ。最初は出し惜しみなく全力で。平屋建てが多い地域。
扇状に半径300mほどで、建物の2階までをカバーできる高さの〈探査〉を天が使用する。
さながらそれは、町を包む金色のカーテン。
「魔獣は……いない。でも、空き家を住処にして、雨風を凌いでるのかも」
入り組んだ住宅街での〈探査〉。地形や崩れた建物群、そこに潜む魔獣はある程度調べられる。
しかし、マナを波として広げるその性質上、得られる情報には限界はある。
隙間のある単純な造りの小屋や物置などは調べられるが、建物の内部を外部からの〈探査〉で詳細に調べることはできない。
よって、その内部調査が今回の任務の主となる。
「拠点候補地の会館は?」
「少なくとも崩れては無さそう」
もし中央会館が甚大な被害を被っていた場合、東側にある駅を利用する予定になっていた。
「今のところの、拠点までの道に魔獣はいないよ」
「了解。魔獣が移動する前に、まずは会館に行こうと思う」
「いいと思う。道順は覚えてるから、僕が先導するね」
地図を丸っと暗記しているという西方の案内のもと、車2台がすれ違える道幅の上り坂を歩く一行。
「静か、ですね」
「はい。外地はどこも似たようなものです」
シアと常坂が、左右にある住宅を見て呟く。
常坂以外、優たち5人は内地で生まれ、育ってきた。
ゆえに、自身の想像の甘さを知らしめられる。
魔獣の襲撃で、全半壊した建物。
砕けた地面、抉られた畑。時折、民家の壁や軒先に広がる黒いしみは一体何だろうか。想像に難くない。
「どうして、長嶋さんはここに住んでいたのでしょうか……?」
「確かにな。高速の向こうに、大きい町がある。そこで生活必需品を買ってたらしいが、そこに引っ越さなかったのには何か理由があるのかもな」
常坂の疑問に春樹が同意する。
「ジョンさんたちの話では、ここ10年ほど、この辺りは魔獣がほとんどいなかったそうですよ?」
それを聞いていたシアが補足する。
演習の折、この辺りを地元とするジョンと下野が言っていたこと。
魔法が未熟なジョンの弟たちでも第三校のそばにあった「秘密基地」に来ることが出来ていた。
魔獣がいなかったことが伺える。
「……先ほど戦った魔獣も、弱い個体でした」
「なるほどな。つまり、最近……ここ1、2か月で魔獣が増えたと考えるべきか」
魔獣3体を討伐した常坂が言いたかったことを、春樹がくみ取る。
「はい。だからこそ、どうして最初、魔獣の襲撃に遭って生き延びた時点で、逃げなかったのでしょうか……?」
「妥当な線だと、ケガをした……か? 連絡手段もその時失って、っていう感じか」
安全ではなくなった場所にとどまり続けた理由。
あるいは、逃げ延びたとして、どこに行ってしまったのか。
「今回の探索で明らかにしましょう!」
そこにあるはずの物語を解明し、伝えるために。
シアは小さく決意を固めた。
そんなシアたちの前方。
「神代さんって、魔力持ちなんですよね?」
先頭を代わった西方が天に話しかける。
「そうだけど、どうしたの?」
「さっきの〈探査〉、凄かったなって。僕には天人の義姉がいるんですけど、あの人も規格外ですから」
「まあ、天だからな」
「いやいや神代君、多分シフレ義姉さんの方がすごいよ?」
妹と義姉。どちらがすごいかを言い合う優と西方。
その様子を呆れた目で見ながら、天は2人が似ていると感じていた。
憧れの存在が身近にいて、それを原動力に動いている。
違いと言えば、優が慎重――臆病で西方が大胆に一歩を踏み出せるところか。
対人実技試験。
西方は憧れの存在である姉の戦い方を真似て、魔力切れの末、負けたと聞いている。
一方、兄はどこまでも地道に、慎重に試合を運び、辛くも勝利した。
『無色のマナだからこそ、人に魔法を使いたくない』
優のその戦い方は天のものではなく、ましてや春樹、シアとも異なる一切の攻撃をしない戦い方だった。
己の長所と短所を理解し、できる限りの作戦を取る。あくまで“普段”は。
“誰かのために”、が絡むと途端に無茶しがちなのが、天にとっての悩みの種になっている。
しかも、今はその考え込みやすい性格が災いして、迷走している様子。
そんな兄が、前進するためには――。
「西方君には、期待してるね! 頼りない兄さんの事、お願い!」
「なっ、天――」
兄と似ている西方から、何かを学び取ってほしい。
幸いにも、2組に分かれるスリーマンセルで優と西方は同じセルの予定だ。
きっと兄にとって良い刺激になるに違いない。
「はいっ! あ、それと、着きました!」
西方がうなずいたところで、優たちは頑丈そうな鉄筋コンクリートの建物――中央会館にたどり着く。
出入り口になっているガラス張りの自動ドアは破壊され、中は荒らされた跡があった。
優が新しい足跡が無いかを探る。
「〈探査〉」
使用したのは西方。ミントグリーンのマナが館内を駆け巡り、内部を走査していく。
「少なくともエントランスや廊下は大丈夫そう。内部は結構、壊れちゃってるけど」
「一応、新し目の人の足跡みたいなものがある。各部屋、目視でも確認しながらここに荷物をまとめよう」
「ん、了解っと。おーい、春樹くんたちー」
西方、優がそれぞれ情報を共有し、天が集合を促す。
トイレや事務室、大小それぞれのホール、調理場やその裏口などを丁寧に確認して回り、安全を確認して。
優たちはひとまず拠点を確保した。




