第1話 国道を行く
※いつもご覧いただいて、ありがとうございます。いよいよ本格的な任務を描いた2幕の開始です。内地で生まれ育ってきた優たちが初めて見る本物の外地とは……? 任務を終えた時、彼らはどんな変化を見せてくれるのでしょう?
運命の8月11日。
この日、優は初めて生まれ育った内地・大阪を離れ、本格的に外地を訪れることになっていた。
長嶋一夜の意向をくんで、第三校から出された探索任務。
彼女の両親の痕跡を探すとともに、周辺地区の遺品回収、現状視察を兼ねた任務でもあった。
朝7時。曲がりくねった山間の国道を歩く学生6人。
優、天、春樹、シア。そこに西方春陽と常坂久遠。
服は夏用の特派員制服。風通しのいい薄くて丈夫な生地は、炎天下でも熱がこもりにくいような作り。
そして、外見では分かりにくいものの、服の中には肘あて、脛当て、胸当てなどのプロテクターを身に着けていた。
動きを阻害しないことを優先しているため、その強度は魔獣相手には申し訳程度だが、ないよりはマシと言うもの。
日帰りであるため、着替え含めたもちものは最小限。それを、制服と同じく支給された特別製の大きなバックパックに入れ、空いているスペースに回収した物品を入れることになっていた。
今回は、携帯電話を持って来た優。
分担作業を行う予定のため、離れた場所でも細かな状況を連絡し合う必要があった。
最悪、壊れても任務を達成すれば給料は上がり、長期的な収支はプラスになる。そうでなくても、任務の成功率を上げるためには節約などと言っていられなかった。
車通りがほとんどない国道。右手にはガードレール。左手には落石防止の柵がある。
「こうしてみると、平和なんだけどな」
ガードレールの向こうに広がる静かな草むらを眺めながら言ったのは春樹。
木々の合間から聞こえる蝉の声、鳥のさえずりだけを聞いていれば、のどかな山間部と言ってもいい。
「本当に〈探査〉はしなくてもいいんですか?」
そう言って不安をのぞかせるのはシア。
魔獣や魔人がいるかもしれない探索地での魔法使用を優先するため、マナはできるだけ温存したいという判断だ。
落ち着いて、目や耳を活用していればある程度、魔獣の接近に気付くこともできる。
「大丈夫だよシアさん。むしろそうやって、ずっと気を張りっぱなしだと、疲れちゃうよ?」
列の先頭で振り返ったのは天。
魔力が高く、作戦の要所を担うことになるだろう自分とシア。その2人が有事の際に十分に動けない方が良くないと、シアを落ち着かせる。
そうして前を行く春樹、シア、天の3人を後ろから眺めるのは優、西方、常坂の3人。
今日はコンタクトの西方が外地の風景に目を輝かせる一方で、常坂はうつむいたままとぼとぼと歩くだけ。
そして優は、
「……緊張、しますね」
ほとんど話したことのない常坂に声をかける。
優はガチガチに緊張していた。
西方のように自然を楽しむ余裕も、常坂のように下を向くこともない。
ただ前を見ながら、その実、ほとんど何も見ていなかった。
そんな自分を自覚し、連携のためにもせめて会話だけでもしておこう。春樹から人間関係の大切さを良く説かれている優の、そんな努力だった。
「はい、そうですね……」
俯いたまま横目で優を見る常坂。彼女の腰には白と赤を基調としたお面が、朱色の紐で下げられている。
「……それは、狐ですか?」
「はい、お守り、みたいなものです。魔獣に襲われないための……」
そっと触れながら言った常坂を見る優。
天とシアの友人だという女子学生。話によれば、学年で言うと1つ上、いわゆる浪人組らしい。
「出身は?」
「京都です」
「外地ですね」
「はい」
そして、だんまり。
優も決して人付き合いが得意というわけでもない。何なら少し人見知りですらある。
よって、この居心地悪い沈黙の破り方が分からない。
(確かシアさんと話した時も、初めはこんな感じだった気がするな……)
その時は「お見合いか!」となった春樹と天が助け舟を出してくれたが、少し先を行く彼らには、この会話が聞こえていないだろう。
だから、
「常坂さんはどんな魔法使うんですか?」
会話を聞いていた西方が好奇心に満ちた目で言ってくれたことに優は内心、安堵することになった。
「私のマナは青系統なので、探索系が得意です」
「そうなんですね。神代君は?」
「ああ、俺は……」
殺人色とも言われる無色のマナ。それを伝えるべきか迷った優だったが、
「無色なんだ」
行動を同じくする者として、明かすことにする。
が、その後に続くだろう沈黙を避けたくて、すかさず優は続ける。
「というより、西方。西方は確か記憶力がヤバかったはずだ。第三校に来た日には、全員の名前と顔とか、それこそマナの色も全部覚えていただろ?」
彼の編入生たるゆえんを優と春樹は少しだけ目の当たりにしている。優が言ったこと以外にも、各人の魔力、学校の施設の配置、4月からいる優すら知らない避難経路すらも覚えていた。
「そうだけど、情報が違うこともあるから」
「そういうものか?」
自分が知っていることも、実は知っているつもりになっているだけかもしれない。
そう語る西方の言葉を、優は反芻していた。
この先、道が大きくカーブしながら下る。
視界が悪くなり、周囲の物音に一層気を配る必要がありそうだと、各々が少し緊張感を高めたその時。
「――来ます……っ」
突如、うつむいていた常坂が顔を上げ、静かに言う。
その意味を隣にいた優が知るより早く。
「優、魔獣だ!」
前方から春樹の声が聞こえる。
見れば正面のひび割れたアスファルトの上。また、左方、落石防止柵の向こうにある山の斜面をそれぞれ駆けてくる計2匹の魔獣が見える。
唐突に死が迫る。
自分が足を引っ張れば、この中の誰かが死ぬ。
優の中で、何かのスイッチが入ったような気がした。
「――了解。天は〈探査〉で周囲の警戒、シアさんが斜面の魔獣を。春樹が前の敵を頼む」
「神代君! 後ろにも……」
西方の言葉に振り返って見てみれば、後方にも魔獣が1体。
「それは、西方が。俺と常坂さんでフォローを――」
事前に教えてもらった魔力からの判断。
幸い、敵は全て小型。
それぞれがきちんと対処すれば、どうにかなる。そう判断した優の言葉を遮って――
「いえ」
そう言ったのは常坂。いつの間にかその顔に、腰から下げられていたはずの狐の面を被っており、朱色の紐が後頭部で結ばれている。
そして、
「私1人で、十分です」
その言葉を表すように。
10秒も経たず、3体の魔獣は彼女の手によって黒い砂に変えられることになる。