第10話 魔人
魔人。
詳しいメカニズムについては鋭意研究中として、精神が衰弱した人間が生物を生きたまま食べ、魔獣化した存在だということは分かっている。
外見はおおよそヒト型。
魔獣同様、保有するマナが魔獣化する前と後で大きく異なり、大抵は多くなる。
人を食べた魔獣が確率で魔法を発現するようになるのに対し、魔人は必ず魔法を使えた。
通常、人は日々の食事によって十分なマナを補給している。
しかし、魔獣同様、魔人は常にマナを放出しているため常に補給が必要な状態、つまりは極度の空腹状態であることが多い。
人の形をしている彼ら。捕食してきた生物の外見的特徴を持つこともあるが、形がヒトから離れるほどに知性を失い、魔力が高くなる。
それに伴って戦い方も異なり、形が人に近い程狡猾で利口な作戦立った行動を。人から離れるほど魔力の高さを利用した単調で強力な魔法と、身体能力で力押ししようとすることが目立つ。
「こんな感じかな。後半はあくまで私が戦ったことのある魔人たちだけど」
聞き心地の良い声で、先達としての経験を語って聞かせてくれる先輩・モノの言葉を聞いていた優と天。
「俺たちが会った男はマナ以外、どこからどう見ても人でした」
「じゃあきっと、魔獣化してすぐの魔人だったんだろうね」
つまり、どちらかと言えば、知性ある行動をしてくるタイプということになる。
実際、男は〈探査〉の網をかいくぐり奇襲するなどの行動を見せた。
「例えどれだけ小さな生き物でも、今ではしっかり処理して食べるのもそれが理由かな。魔人にならないように、ってね」
今の日本、少なくとも優と天が育ってきた内地・大阪では生きた食材を食べることは条例で禁じられていた。
「とまあ、こんなところ。理性があるって言えば強そうに聞こえるけど、結局、人間らしい愚かさもあるから。魔獣が持つ野生の勘の方が、私としては厄介かもね」
言いながらモノは、かけていた黒ぶち眼鏡を外して伸びをする。
真面目な話は終わりと言わんばかりの彼女に、天がジトっとした目を向けて、
「やっぱりその眼鏡、伊達だったんですね……」
「この方が頭良さそうに見えるでしょ?」
後輩の信頼を得られると思って、と、茶目っ気を込めて笑うモノ。その言こそ頭が悪そうだと天が思ったことは言うまでもない。
その反対側では、優がゾクゾクと身を震わせる。
「人間らしい愚かさ、ですか……。天人っぽくて、なんか格好良いです」
「ありがとう。優クンは無表情だけど素直で、可愛いなぁ」
「……俺もいい年なので止めてください」
抵抗する兄が年上の天人に頭を撫でられる様を横目に、天もモノと同じ結論に至っていた。
つまり、人に近い魔人の方が楽だろうと。
彼女の脳内に時折走る“直感”。物事を見た時、あるいは何かをしたいと思った時、彼女には本質や正解が見えてしまう。
出会ったその人の本質を知る。いわば、底が知れるというやつだ。彼女にとって会話を含めた人とのやり取り、戦闘は先の見えた未来をなぞるようなもの。
退屈な作業でしかなく、それは魔獣との戦闘でも変わらなかった。
しかし、例外もあった。それが、兄である優と天人たち。彼、あるいは彼女に対しては対面時の“直感”が働いたことが無く、底が見えない。
彼らとの関わり合いでのみ、天は未知を楽しむことが出来た。
閑話休題。
1つ間違えれば死に直結する魔獣との戦闘。彼らと魔人がそう変わらないのであれば、“直感”が働くということでもある。
それは大切な友人を、家族を、兄を守ることが容易だということ。
よくわからない野生の勘よりも、簡単に分かる人間らしさの方が天にとっては相対していて楽に違いなかった。
(まあ、よくわからないって意味では、私の“直感”も大概だけど――)
天は自身の曖昧な“直感”に頼るつもりは毛頭ない。
むしろ、そんなものが無くとも大切なものを守ることが出来るよう、魔法に勉学にと努力を重ねて来た。
そして、いつか、自身の直感の謎も――。
「そういえば、先輩にもう1つ相談があるんです」
思考に耽っていた天の意識は、兄の声によって現実に引き戻される。
優は孫をかわいがる祖母のようなモノの手をどけて、カエルの魔獣との戦闘で感じた違和感について話した。
魔獣の手応えの無さ、川から離れた場所にいたカエル、内地との近さ等々。
それを黙って聞いていたモノは先輩としての所見を述べる。
「うーん……、もしかすると、“何か”に追われてきたのかもね。それこそ、君たちが会った魔人とか」
「つまり、先輩は魔人が魔獣を使役していると?」
優が言ったそれは、彼が1つの可能性として考えていたこと。魔人が魔獣を利用する。
もしそれが叶うなら、理性の無い魔獣が厄介な私兵に成り代わる。
そんな優の考えに、しかし、モノは首を振った。
「利用することはあっても、使役って言えるほど統制は取れないはずだよ? 君たちも見たことない? 魔獣の共食い」
「あります。……なるほど」
魔獣は枯渇するマナを補おうと捕食する。そして豊富なマナを持っているのは魔獣も魔人も同じ。
理性が無ければ彼らを動かすのは己の本能のみ。飼い主が番犬に手を噛まれる結果となるわけだ。
「兄さん。ということは、理性のある魔獣とか魔人は手を組むことが出来るってことでもあるよ?」
「そうか、それもそうだな」
優たちがまだ知らない外地の奥深くでは、人間と同じかそれ以上の知略が蠢いているのだろうか。
彼らと相対した時、今の自分に何が出来るのか。
考えるほど、優の中に不安が溜まっていく。
そんな彼をどこか愉しそうに眺めるモノ。
魔人という新たな脅威の知識と、それに伴う新たな不安を残して。
銀髪の天人との図書館での語らいは幕を閉じた。
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