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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【断罪】第一幕・前編……「森に響く悲鳴」

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第7話 無色

 上から降ってきた魔人の勢いと重さそのままに押し倒された優。

 咄嗟に創った透明の携帯も、もう消失している。


 「お前、無色のマナなのか」


 携帯を挟んで首に叩きつけられた曲刀の衝撃にむせる優の、腹の上。

 今も曲刀を油断なく手にしたまま、理性を持った声音と目で問いかけてくる魔人。


 「しかも、その服……。特派員か? いや、候補生だな」


 彼が見ているのは、優が着ている特派員の制服。

 季節問わずどこでも動きやすいよう、生地と造りが工夫された学ラン。

 優がこれを着ているのは、自戒の念を込めてだった。


 人を助け、守るために魔獣を討伐する特派員であれ。


 「……悪いか?」


 言いながら、優も人型魔獣を改めて観察する。

 白髪の多く混じる伸びた黒髪を後ろでまとめた、目つきも顔色も悪い男。着ているのは黄ばんでボロボロになったTシャツと、泥に汚れた灰色のスウェット。

 酸っぱさと、生臭さが相まった異臭を放っている。


 睨みつけるように答えた優に対し、


 「ハッ! そうだな。俺たち魔人と一緒で、人を殺してる方が、殺人色のお前には似合ってるからな」

 「魔人……?」


 嘲りを含んだ顔と声で魔人は笑う。


 人にはそれぞれマナの色があり、魔法を使うと励起したマナがその色に輝く。

 光の三原色と明暗で表されるマナは、生まれ持ったその人の性格や嗜好を表しているとされている。

 それが魔法の効果を想起する際のイメージの強さに影響し、結果として、特定の系統の魔法が強力になる。


 そして、優のマナの色は無色。

 魔力が低い代わりに魔法の使用が目に見えないそのマナは、唯一の使い道として対人戦に向いているとされる色。だが、そもそも対人戦など、今の世の中そうそう無い。

 さらに、かつて無色のマナの男が大量殺人を引き起こした。

 そのせいで、いつしか付けられた蔑称が「殺人色」。


 先日行われた、仮免許取得をかけた対人実技試験。

 対戦相手に魔力で劣る優が勝つことが出来たのも、彼が無色のマナであったことが大きかった。


 しかし、人と違って魔獣・魔人は常に放出するマナで魔法の使用を察知する。

 男が言った「魔獣よりも人を殺す方が向いている」という言葉は、ある意味で正しかった。


 「ま、食えばマナの色なんか関係ねぇからな。なるべく生きたまま食わないといけないのが面倒なんだが――」


 そう言って頭を掻いた魔人だったが、


 「女と違って、男はいたぶっても楽しくねぇからな」


 言いながら、改めて曲刀を構える。


 (あと1、2回なら、まだ――)


 先ほど同様、タイミングを見計らって〈創造〉すれば、防ぐことが出来る。

 魔力切れを起こし、気を失うその時まで、優は諦めるつもりなどなかった。


 「殺して食うか」


 魔人が刃を振り下ろす、その寸前で。


 手を止め、何かを察知したように横を向いた彼は、自らの眼前に曲刀を構え直した。


 直後。

 夜を切り裂く朝日を溶かしたような黄金の光が、魔人を見上げる優の右方から飛んでくる。

 それは一見すると、小さな、小さな黄金色のビー玉。

 しかし、その弾丸が魔人の構える黒い武器を捉えた時。


 ガィィィン!


 重量のある金属が床に落ちたような音が森に響いた。

 同時に、蝉や鳥が一斉に飛び立ち、押し寄せる衝撃。


 思わず目をつぶる優。

 衝撃が止み、隙になっていることを察してすぐに目を開けた彼だったが、気づけば、腹の上にあった重みが消え去っていた。


 そして、


 「――兄さん、こんなとこで、何してるの?」


 何事も無かったように平凡な声で言って。

 姿を見せたのは、優が尊敬してやまない妹――神代天。

 優が聞いた地面を蹴る音は、駆けつけようとする彼女のものだった。


 「……天」


 情けない姿を見せまいとすぐに身を起こす優。

 ここで、何を今更、と思わないのが彼だった。

 また、天もそのことに特段、触れることはない。

 努力する誰かを笑うほど彼女は歪んでいないし、失敗を見て見ぬふりする器量も持っていた。


 「どうしてここに?」

 「電話しても、出なかったから。で、寮の部屋に行っても返事なかったし、前に食堂で春樹くんと『頑張らないと』みたいな話、してたから」


 兄の性格を考えて特訓しているだろうとは予想していた天。

 しかし、“筋トレ”中とはいえ、大好きな自分からの電話に、兄が出なかった。

 もちろん携帯を置いている可能性も十分にあったが、彼女の“直感”が、ここまで足を運ばせた。


 「ちょっとだけ、寄り道もしたけどね」

 「〈探査〉も無しで……。さすがだな」

 「でしょ?」

 「この美味そうな感じ……。お前、天人あまひとか?」


 優と天が揃って声がした方を見ると、無傷の魔人がいる。

 衝撃で吹き飛ばされはしたものの、彼は天が放った〈魔弾〉を武器で完全に防いでいた。


 「何、アレ。魔獣かなと思ったけど、話してるし……。ま、いいや」


 魔人の問いかけを完全に無視して言った天が〈探査〉を使う。


 瞬く間に森を駆け抜けていく黄金色のマナ。

 優がせいぜい半径80mなのに対して、天が使用した〈探査〉は半径300mにまで広がる。

 その差は想像力、魔法――マナの扱いの巧拙、何よりも魔力の影響が大きい。

 優たち一般人が使う魔法と、天やシアをはじめとする魔力持ち・天人が使う魔法は一線を画すものだった。


 そうして広範囲にわたって周囲の状況を探った天。

 すぐ近くに人が居るらしいのでチラと見れば、腹部から大量の血を流した30代後半くらいの女性が倒れている。

 そして、目の前の男から感じる魔獣の気配。


 それだけで、普段は理屈っぽく、慎重な優がここ――外地の深くにいたのか、という疑問が天の中で解消する。

 恐らく、魔獣から、あの女性を助けようと無茶をしたのだろう。

 兄がたまに見せる大胆さ、あるいは蛮勇。それは決まって、誰かのためだった。


 「また、兄さんは……」


 呆れと誇らしさが同居した天の呟きは、


 「おいおい、無視かよ?」


 そんな、魔人の問いかけによってかき消される。

 それでも、天が彼に構うことは無い。


 「周囲に他の魔獣なし。それと、兄さん。もうあの人は諦めた方が良いよ?」


 魔法で得た情報を手早く優に伝える。何より、天にとって。


 「どうしてだ?」 


 言いながらも魔人と女性とで視線を行き来させ、今なお理想を追う優に現状を、現実を伝える方が重要だった。


 「――だってあの人、もう死んでるから」

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