第4話 提案
総合棟2階、バイキング形式の食堂「二食」で昼食をとることにした優たち。
各々がトレーに好きな料理を取り、その重さで会計を済ませるシステム。
もちろん水は、セルフサービス。
「「いただきます」」
4人そろったタイミングで、各々が料理に口を付け始めた。
「そうそう。仮免許と言えば」
そう切り出したのは春樹。トレーに乗った皿にはミートスパゲティやから揚げを中心に、味の濃いメニューが並ぶ。
それらを150円でお替り自由の炊き立てご飯で頂く。
「優も天も。任務は受けるのか? 一応、卒業単位にも含まれてたと思うが」
第三校は卒業とともに高卒認定証と特派員免許がもらえる。
その2つのうち、特派員免許を貰うには仮免許を貰ってからある程度の“実績”――つまりは魔獣討伐をはじめとする任務をこなす必要があった。
「いや。少なくとも俺は春樹が仮免取るまでは任務を受けるつもりはないな。折角の春樹とのツーマンセルだし」
春樹の問いに、かけうどんを食べる手を止めて答えた優。
追試を待つと言っても1週間程度。わざわざ急ぐ必要はないと、彼は考えていた。
なお、「セル」とは特派員の間で使われる行動単位の事。大体2~4人を1つのセルとして行動することが多い。
他方、天も、
「どうだろ。他の子に誘われたら行くかも。でも兄さんと同じで、急ぐ必要はないとも思ってるけど」
兄の考えを見抜き、それに倣うと言う。コーンポタージュの入ったカップ。皿の上には適当な量のサラダと、好物のミートボールが積まれていた。
特派員として、魔力持ちである天を求める学生は多い。魔力持ちがいるだけで戦術の幅が広がり、セル全体の生存率もぐっと高くなる。
しかも、彼女は“魔法の申し子”と呼ばれるほど魔法を上手く扱い、上級生たちからも一目置かれる存在だった。
「そうなのか? だったら、俺たちも頑張らないとだな、シアさん?」
兄妹の回答に一層気を引き締めた春樹。ついでにシアの考えも聞いておこうと話を振る。
焼き魚を丁寧にほぐして食べていたシア。皿には他に、卵焼き、ほうれん草とお揚げさんのお浸し、ヒジキ。お椀には味噌汁と白ご飯。まさしく、和の様相だ。
そんな彼女はどこか上の空。春樹の問いかけにもこれといって反応を示さない。
優が聞き直す。
「……シアさん?」
「あ、はい! そうですねっ」
「どうかしたの? 考え事?」
試しに天が聞いてみれば。
トレーに箸を静かに置いたシアがおずおずといった様子で切り出す。
「……あの、皆さんにご相談、というか、ご提案がありまして」
「ん、何?」
「その……次の任務の時、この4人で正式なフォーマンセルを組んでみませんか?」
シアのその提案に、一同は食事の手を止めて考える。
今まで何度も授業で行なわれてきた外地演習。
その際は必ず誰かとセルを組んできた3人。
例えば優と春樹、天とシアのように。
特派員になれば見知らぬ誰かと臨時のセルを組むことも多いため、クラスメイトや同級生と組むことも間々あった。
しかし、3人が、というより優と天がセルを組んだことは一度もない。
というのも、優にはそうしない、したくない理由があったからだ。
魔力が低い優は特派員になるために、恥とプライドを捨て、できる限りのことを死に物狂いでしてきた。
それでも彼に残る、数少ない、“格好良い兄”であるための意地。
最も尊敬し、憧れているからこそ、天にみっともない姿を見せたくない。
そして、
『いつか憧れの天に追いつくことが出来るように。誰かに誇ってもらえる存在であるために』
そんな強い憧憬を胸に、彼はここまで走ってきたし、天もまた、そう語る兄を尊重してきた。
幼馴染として、そんな2人の関係をよく知る春樹。
彼が、まだ早いのでは、と、言おうとしたところで、
「「いいんじゃない(か)?」」
意外にも、兄妹が声をそろえた。
「えぇっ?! いいんですか?!」
「なんでシアさんが一番驚いてるの……」
なぜか一番驚いて見せた提案者のシアに天があきれる。
その2人の様子に少し表情を崩しながら優が言う。
「むしろ提案してくれて、ありがとうございます、シアさん」
「そ、そんな……」
言って、シアが恐縮する横で。
「良いのか?」
目標が無くなってしまうのでは? という春樹の問いかけ。
「良いと思う。俺が特派員になりたいって言う気持ちは変わらないし、それに――」
そう言って彼が見つめるのは、照れくさそうに魚の骨と箸を使った格闘を再開したシア。
2か月前の外地演習。マナの管理を怠って、瀕死となった優を、たった1人の啓示の対象――“主人公”とする〈物語〉を使うことで救って見せた彼女。
優が生きている限り、もうシアは〈物語〉の権能を自由に使えなくなっている。
だからこそ、優は思う。
「命の恩人のシアさんに、俺を助けて良かったって思ってもらえるようにもならないとだからな」
強い意志が込められた瞳で言い切った優をどこか眩しそうに見た春樹。
「そうか。頑張らないとだな、優」
「ああ。春樹も追試落ちて退学の心配は……無いな」
「やめろ、プレッシャーがすごいだろ……」
幼馴染との心地よいやり取りもそこそこに、優が少し伸びたうどんに口を付ける。
彼の中で、特派員になりたいという目標は変わらない。
その過程には目標として、例えば、天が、春樹が、シアがいる。
いつか彼らに、頼ってもらえるような、誇ってもらえるような。
そんな格好良い人になるために。
(……早速、明日から学校近くで魔法の練習しておこう)
翌朝から学校の東に広がる森――外地で特訓することを決める。
そして、数日後。優は例の、カエルの魔獣と出会う。それを無事討伐し、一度、学校へ戻ろうとしたその刹那。
森に誰かの悲鳴が響いた。
天とセルを組むという目標を達成した矢先、優は新たな課題を見つけることになる。




