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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【断罪】第一幕・前編……「森に響く悲鳴」
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第1話 異変

 8月のはじめ。夏の朝。青々と茂る木々に囲まれて。

 黒髪黒目の少年――神代優かみしろゆうは50㎝ほどの茶色い大きなカエルと相対していた。


 足を延ばせば軽く1mを超えるだろうその大きさもさることながら、奇妙なのは背中に生えているはねらしきもの。

 葉脈のように太い血管が走り、肉感を持って脈打つ、そんな分厚い翅では空を飛ぶことなど到底できそうにない。

 奇異な点としては他にも、目に入るものを丸飲みにするカエル本来の大きな口が癒着し、ひらかないようになっている。

 代わりにその先端からは、本来あるはずのない鋭い針のようなものが生えていた。


 魔獣。複数の生物を無理やりつなぎ合わせたような、異形の生物。

 およそ13年前、突如世界に現れた彼らは、目に付く人々を襲い、食べる習性を持っていた。

 兵器がこれといって通用しない彼らに人々は数をその減らしていく。ある程度時間が経てば、彼らはひとりでに黒い砂となって死亡、消滅したが、それでも。

 人類は緩やかに衰退し、気づけば世界人口は3分の2までに減少していた。




 (魔獣……。学校に近いこの場所に、また? 近くの川から逃げて来たのか……?)


 突如現れた死の可能性を前に。

 ゆうは努めて冷静に状況を整理する。


 彼が今いるのは、人よりも魔獣の方が多い「外地」と呼ばれる場所。

 護身のために魔法の使用が許されているその場所で魔法の練習をしていれば、近くで葉擦れの音がした。

 逃走も視野に警戒しつつ見てみると、現れたのがその魔獣だった。


 パッと見、カエルの魔獣。季節からして、セミを食べた茶色いカエル――ウシガエルあたりが魔獣となったのだろう。

 跳躍からの捕食を警戒すべきだった。

 問題は、魔獣が必ず持っている口が見当たらないこと。


 (一体、どこに……?)


 そうして考える優などお構いなしに、魔獣が跳躍する。

 人という名の獲物に飛びつく魔獣の跳躍は、山なりではなく直線的。

 腹を見せて跳んできたかと思えば、瞬く間に真っ白な腹に十字の切れ込みが入り、4つの花弁を持つ赤い花が咲く。

 その花びらの先端には鋭い()が生えていた――。




 人を食べる魔獣たちに人々が苦しめられること3年。

 日本も含め、極度の不安から各地で暴動が起き始めたそんなある日。


 「改編の日」を迎えた人類は、神をその目で目撃した。


 想像上の存在だった神々が受肉し、世界各地に出現したのだった。

 神々は自分たちの“人権”を求める代わりに、人類を脅かしていた魔獣を討つための力を授ける。


 その力こそ、魔法。あらゆる存在の“在り方”を定義し、心の正体とも言われるようになる「マナ」を操作する技術。魔法を手にした人類は、この時ようやく、魔獣を討つすべを手に入れたのだった。




 腹部に隠していた大きな口を開き、迫りくる魔獣に対し。


 (大丈夫だ、落ち着いて、冷静に)


 恐怖で震えないよう自分に言い聞かせた優は〈身体強化〉と〈創造〉、2つの魔法を使用する。

 マナは自身のものに限り、およそイメージ通りに扱うことが出来る。

 それこそ、自分の手足のように。また、他者の手足を、自分が扱うことが出来ないように。人は皆、生まれながらにしてその扱い方を知っている。あるいは、改編の日に思い出したのだった。


 〈身体強化〉は体内にあるマナをイメージ通りに操作し、そうあろうとする身体が引っ張られることを利用して、身体機能を向上させる魔法。

 もちろん個人差はあるが、一流アスリート並みの五感・身体能力を一時的に得ることが出来る。


 他方、〈創造〉は体外に放出したマナをイメージ通りに凝集させ、マナの塊を創り出す魔法。魔獣を倒す際はこの魔法で創られた武器を使用することになる。


 優が〈創造〉で創り出したのは、刃渡り30㎝ほどで、柄のあるサバイバルナイフ。それを右の準手に持つ。

 けれども傍から見れば、その手には何も握られていないように見えるだろう。

 そこには、彼のマナの色が関係しているのだが――。


 優は落ち着いて魔獣の直線的な跳躍軌道から逸れ、目の前を通過していくその背中めがけ、


 「……フッ!」


 気迫を込めて透明のナイフを振り下ろす。

 隙だらけの背中に吸い込まれる斬撃が、その身を深々と切り裂いた。


 グァッ、と叫び声のような音を短く漏らす魔獣。

 赤黒い液体をまき散らしながら、跳躍の勢いそのままに地面に激突し、地を滑る。

 注意深くその後の動きを観察する優の視線の先。

 カエルの魔獣は手足や翅の先端から、黒い砂になり始めた。


 (飢餓状態……消滅寸前だったのか?)


 傷のわりにすぐに消滅した魔獣に違和感を覚えつつも、やがて魔獣の全身が黒い砂となり、消滅したことをきちんと確認して。

 優は魔法の練習を切り上げ、一度、学校へと戻る――寸前。


 「キャァァァー!」


 彼は、蝉の声に紛れるようにして微かに響く悲鳴を、確かに耳にする。

 己の実力不足を誰よりもよく知っている優。

 マナの色の特性も相まって、魔力は同級生たちの中でも最底辺。


 手遅れかもしれない。無駄かもしれないし、自分の身を危険にさらす行為だ。

 それでも。


 迷ったのは一瞬。彼は声のした方へ駆け出す。


 なぜなら自分は『特派員』だから。

 人の身でありながら魔獣――強大な“敵”と戦う、そんなヒーローに憧れたのだから。

幼い頃、自分と大切な妹を魔獣から守ってくれた、あの特派員たちのように。


 自分もいつか、誰かに誇ってもらえる特派員になりたい。


 想いを胸に、優は助けを求める声を目指した。

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