第15話 底辺なりの戦い方
やがて試験開始の合図が教員によってなされた。
しかし、優はあえて魔法を一切使わない。右手を外町に向ける。
無色が対人戦で圧倒的有利と言われる理由。それはハッタリ、奇襲を容易に仕掛けられる点にある。
魔獣は自身の周囲に放出しているマナで魔法を感知できるが、人間は基本的に視覚でしか魔法の使用を確認できない。
つまり今、優が魔法、例えば〈魔弾〉をしようとしているのか、そうでないのかを知るためには〈探査〉などの魔法的な知覚に頼らざるを得ないのだ。
「早速か？ まあ、対策済みだけどな！ とっておきを見せてやる。――〈感知〉！」
外町の黄蘗色のマナがうっすらと彼の身体から放出される。
使用された魔法は〈探査〉と〈領域〉の間に近い魔法。ゆっくりとマナを自身の身体から放出し続け、魔獣のように、魔法的感覚を得る魔法だ。
〈領域〉のように魔法を阻害する役割はほとんど果たせず、〈探査〉のように広範囲に、ともいかない。
それでも、無色で見えない優の魔法を見るためには必要な手段だった。
〈感知〉を使用したまま、外町は優に接近する。優が仕掛けることのできるブラフの数を減らすことが出来るためだった。
対する優も、〈魔弾〉を撃ったりはしない。ただでさえ低い魔力。彼にとって魔力消費の調整が難しい〈魔弾〉をうかつに使用すれば、魔力切れのリスクが出てくる。
実際、外地演習の時はそのせいで魔力切れを起こし、シアに助けられる羽目になったわけで。
「無色対策は当然、か」
愚痴りながら武器を創って、優は迎え撃つ体勢をとる。
本来、無色だと知られていないことが最大リターンを取ることが出来る状態と言える。何も知らずに油断している相手の不意・裏を突いた一撃に全てを賭けるだけでいい。
しかし、良くも悪くも優はシアや天のせいで有名になってしまい、無色であることが露見している。〈感知〉等で対策されれば、無色の優位性はおよそ失われていると言って良かった。
袈裟懸けに振り下ろされる、黄蘗色をした鍔の無い直剣。
その攻撃に対して、右の準手に持った武器に左手を添え、優も上段に構えて迎え撃つ。お互い、〈身体強化〉も忘れていない。
カンッという、軽い金属同士がぶつかる音がして、2つの武器は拮抗した。
「おお、これが無色の武器か！ ちゃんと見えてるぞ！」
靄のように広がる外町のマナが、その部分だけ色が無くなり、優の透明な武器を浮かび上がらせた。
「はんっ、ちっせえ武器だな。りんごでも切る気か？」
そうして見えるようになった優の武器は刃渡り30㎝ほどのナイフ。片刃でつばも浅い、サバイバルナイフと呼ばれるものだった。
「あいにく、お前みたいに無駄にするマナが無くてな」
挑発に挑発で返し、優は外町から距離をとろうと武器をはじいてバックステップ。
その過程で試しに刃渡り15㎝ほどで両刃の小さなスローイングダガーを投げてみる。何もしなければ、相手は訳も分からず急所――今回であればペイントボールを切られているはず。
が、優が見せたその動作で警戒した外町は、
「おっと」
〈感知〉の範囲内――2mほど手前でその存在に気付き、軽く直剣を振って弾く。そのまま再度駆け出し、魔法の範囲内に優を捉えようとする。
優と同じで外町も小さな頃から特派員を目指していた。
近所にあった空手の道場に通い、中学では剣道部に入って、そのどちらでも負け無し。第三校に入ってからは水泳部入ってまんべんなく身体を鍛え、運動神経・反射神経にも自信があった。
また、そうした努力・経験を生かすことのできる魔法戦の方法も独自に編み出していた。
剣を体の正面下段に構えながら走ってくる外町の一挙手一投足に優は意識を向ける。剣による攻撃だけに気を配るのではない。遠距離攻撃、からめ手、罠……その全てを全力で警戒しておく。
優と切り結ぶその直前。外町は手元の武器を手放して、優に飛びかかろうとする。
まるで、ラグビーやアメフトで行なわれるタックル。そのまま不意を突かれた優を押し倒し、ペイントボールを破壊しようという作戦だった。
その行動に対して、優は〈創造〉で対処する。
創り出すのは高さの違う見えない足場。参考にしたのは音楽で使う譜面台。その台を地面と平行にしたような足場だった。俗に〈足場〉や〈スタンド〉と呼ばれる魔法。
イメージ通りに創れているはず。
見えないからこそ、そう信じて。
まずは低い方、地上1mのものに後退と同時に飛び乗る。次いで2mの高さにあるものに飛び移って、外町のタックルから逃れることに成功した。
不意を突こうとした自身の作戦が失敗した外町だったが、冷静さは失わない。すぐに体勢を立て直し、空中にとどまって見える優を見上げる。
「結構いい作戦だと思ったんだがな。対処できたのは偶然か？」
「……そうだ、運が良かった」
半分は嘘をつきながら、優は足場の〈創造〉を維持しつつ、外町を見下ろす。
犬の魔獣に出会えていたこと。それについて、運が良かったと優は思っている。あの魔獣が、攻撃以外にも気を配る重要性を学ばせてくれた。
だから今の外町の行動にも、ヒヤッとはしたが、落ち着いて対処することが出来た。
「まあ、どうでもいいんだけどなぁ！」
外町は優が足場にしていた譜面台――スタンドに近づき、〈探知〉によって浮かび上がったそれを力任せに蹴り飛ばす。
直前で優は外町からできるだけ距離をとれる位置に飛び降りていたが、強化された蹴りによってその足場の細い軸が折られ、やがて霧散した。
距離を保ったまま、最初と同じように外町に腕を掲げる優。もちろんこれもブラフ。
だが、距離をとられた外町にはそれが分からない。すぐにもう1度〈創造〉を使用し、〈感知〉の範囲を広げて、優のブラフを見破る。
「くそっ。またハッタリかよ。陰険な野郎だな！」
言いながら、距離を詰める。
優もきちんと迎え撃ち、今度はペイントボールめがけて小さな透明の10㎝ほどの針を投げながら距離をとって、〈魔弾〉を撃つふりをする。
ただ愚直に、それを繰り返す。たまに武器を投げるふりだけをして外町を警戒させるアクセントも加えた。
優は思う。
決して、格好良くは無いだろう。何なら少し、格好悪いかもしれない。可能なら、真正面から、それこそザスタやシアのように勝負したい。
が、それをすると負けてしまう可能性が大いに高まる。
もしそれで負けてしまっても、別に、格好悪いことではない。実際、全力を賭した勝負をして負けた春樹やシアはむしろ、格好良かった。
が、今回は少し話が違う。
負ければクズのままの外町が天と会って、1日を過ごすことになる。
口約束のことを知った天に約束を破るのかと言われてしまえば、シアも紹介することになるだろう。
シアが自分の誘いに乗るという前提も、間違っていないと優は思っている。恐らく、負い目を感じてしまっている今のシアであれば、ついて来てくれる――今回の場合はついて来てしまうだろう。
それに何より、これに負けると、特派員になる夢が遠ざかる。
負けたくない。
負けられない。
たとえ今は格好悪く泥にまみれようと。姑息な戦法だと罵られようと。誰かに誇ってもらえるような、格好良い特派員になる。
その目標に向けてなら手段を選んでなどいられない。
「魔力が底辺の俺が取れる、数少ない戦い方だからな」
優は性懲りもなく、外町にブラフを張り続けた。
