第12話 年季の違い
〈爆砕〉の余波で舞い上がった砂ぼこり。それが晴れた時、頭上に赤黒い盾を掲げた状態で膝をつく、ザスタの姿があった。
パリンと軽い音を立て、赤黒い盾が砕ける。それでも彼は、シアの放った全力の〈爆砕〉を彼は受け止め切ったのだ。
「――良い一撃だった」
「そんな……」
想定以上のマナを込めてしまって、危うく魔法が暴走するところだったシア。そういう意味では、全力以上を出してしまったことになる。それを真正面から受け止められたことに、ショックを隠せないでいた。
今の攻防。ザスタがシアの攻撃を受け止められた理由に、マナを扱ってきた年季の違いがある。
自身の手足と同じく、マナは扱えば扱うほど、流ちょうに扱える。また、筋肉と同じように、魔力も少しずつ上がっていく。
神として生まれたばかりで、その役目を全く果たせなかったシア。対するザスタは神として、役目を50年以上果たしていた。
数値上の魔力はもちろんとして、マナ操作の“慣れ”も違う。同じ天人でも、ことマナの扱いに関しては、シアとザスタでは子供と大人ほどの差があると言ってよかった。
「もっとだ」
と、ザスタが立ち上がった。シアも呆けている場合ではないとすぐに気持ちを切り替える。
彼女がいるのは、白線で描かれた円のギリギリの位置。自身が使用した〈爆砕〉に巻き込まれないようこの位置に移動したのだが、それがあだとなり逃げ場がない状況になっていた。
近づかれるのはまずい。
そう判断したシアは〈創造〉を使用して銃を手元に創る。そのまま引き金を引いて、ザスタに〈魔弾〉の雨を降らせた。
「――動揺しているな。威力が落ちているぞ!」
会場の中心付近で手元に創った大剣の腹を使い、それらを丁寧にさばくザスタ。シアとの戦闘を楽しむように、口元にはうっすらと笑みが漏れている。
「もっと見せてみろ」
「――ならっ!」
最初の試験。優の知り合いだという男子生徒が行なっていた〈魔弾〉の軌道調節をぶっつけ本番でやってみることにするシア。
イメージするのは曲線。しかし、銃弾の軌道は曲線を描けない。そう思ってしまう自分の理性が、ただでさえ落ちている〈魔弾〉のさらに威力を落としてしまうことになる。〈魔弾〉の強弱は、イメージの強弱にも強く結びついている。ならば、と手元の〈創造〉を解除して、
「〈流星〉!」
想像したのは夜空を駆ける流れ星。弾丸よりもはるかに大きいマナの塊。
4つの白い線が上下左右、様々な角度でザスタに迫る。
「悪くない。が……」
ザスタは歩みを止め、一歩退いた。それだけで、シアが放った曲線の〈魔弾〉――〈流星〉と名付けた魔法は全て、地面に炸裂する。
――次はどうすれば?
シアは考える。
接近され、もう一度あの斬撃をもらうようなことがあれば、今度こそは防ぎきれない。加えて、シアが全力で放った攻撃が防がれ、現状、これ以上の決め手がない。
それらを理解しているからこそ、シアは焦っていた。
「もう終わりか?」
拍子抜けしたという様子で、ザスタはシアに問う。
「まだっ! まだです……!」
考えるための時間を稼ぐためにも、1発ずつ、狙いをつけて懸命に〈流星〉を放つ。
しかし、そのことごとくが地面を抉るだけ。今やザスタは武器すら使わず、回避行動だけでそれらに対処していた。
実のところ、銃弾を模した〈魔弾〉の方がザスタにとっては脅威だった。実際、〈爆砕〉を使う前の〈魔弾〉はザスタの想定以上で、危機感を覚えさせるほどの威力と速さだった。
もちろん、そんなことはシアが知る由もない。
「なら、こちらからも行くぞ」
ザスタは一気にシアをめがけて走る。近づかせまいと弾幕で応戦するシアだが、まだまだ研鑽の足りない〈流星〉ではザスタを足止めできない。
目前までザスタが迫ったところで意を決し、白い薙刀を手元に創るシア。少し前までの彼女なら諦めていただろう状況。
しかし、今。シアは、たとえ無理かもしれなくても、諦めるにはまだ早いと思えるようになっていた。
諦めない姿勢は焦りで沸騰しそうな思考をすんでのところで落ち着かせる。真正面から受けるわけにはいかない。ならば。
「ふっ!」
短い息とともに振るわれる大剣。シアから見て左下から右上への切り上げ。それに対し、シアは薙刀の下部を当てて大剣の軌道を上方向に少し変えつつ背を逸らし、回避する。ペイントボールを狙っていない、殺意ある攻撃にシアの背筋が凍る。
今度は唐竹割りでもするように、頭上からの切り下ろしがシアに迫る。それをこれまたすんでのところで右にステップしてさらに避ける。
そのまま距離をとろうと、さらにバックステップ。ザスタと位置を入れ替えるように、円の中心に背を向ける形になる。都合、シアの背後に空間が出来た。
諦めなくて良かった!
このまま距離をとって遠距離から攻撃を行ない、次の手を考えよう。そう思っていたシアの耳に、
「お返しだ」
届いたザスタの声。次いで、迫る濃密なマナを秘めた赤黒い塊を視界にとらえる。まるで昔話に出てくる鬼火のように見えなくもない、一見すると弱々しい魔法。それでも、シアの天人としての勘が全身全霊で危機を伝えていた。
「――?! 〈創造!〉」
すぐさま身を低くし、分厚い壁のような盾を創り出すシア。
直後。直上から降りかかる、マナの衝撃。
「ぅっ……!」
シアの肺から空気が漏れる。地面に押さえつけようとする力に対し、盾を構えながら全力で〈身体強化〉を使用して抗う。
負けられない!
みんなが安心して自分の後をついて来られるような、信頼されるような人になりたい。
そんな強い意志が込められたシアの魔法の盾。
しかし、無情にも。黒いマナの衝撃は、白い盾にヒビを入れ、やがては粉砕するのだった。




