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第7話 〈領域〉――王者の戦い方

 優が見つめる先。天に負けた小田が仲間らしき坊主の学生たちのところで「惜しかったって」「次だ、次」と慰められている。


 他方、試験を無事に終えた天も、伸びをしながら応援してくれていた優たちのもとへと向かった。


「お疲れ、天」

「うん、お疲れ。次は兄さんたちの番だね」


 優のねぎらいに、軽く手を上げて答える天。余裕そうに見える彼女を、それでもシアは友人として心配してしまう。


「ケガとかしていませんか? 小田さんの攻撃、真正面から受けていたようにも見えましたが……」


 言いながら、天の身体を隅々まで確認する。そんな心配性な友人に、クスリと笑みをこぼした天だったが、


「そっちも防いだから大丈夫。心配してくれてありがとね、シアさん」


 改めて、心配してくれたことにお礼の言葉を返すのだった。


 そんな優たち──というよりも天とシア──には、四方八方から視線が集まっている。その視線の主はもちろん、偵察に来ていた上級生たちだ。


「今の……なんで〈領域〉、使わないんだ?」

「わからんけど、使えないんじゃね? 〈魔弾〉も小さかったし……」

「確かに。魔力持ちにしては、地味……だったよな?」

「噂ほどじゃないのかもな」


 ヒソヒソと話しながら、値踏みするような視線を天へと送る。それは次第に天から、見た目で天人だと分かるシアへと移っていく。


「それよりも、あの子が……」

「そうらしいわ。何十匹もの魔獣を一掃したとか、どうとか」

「隣にいるやつらも、ひょっとして有望株なのか?」


 最後に、注目の2人と行動を共にしている優と春樹たちにも、好奇の目が向けられるのだった。


 不特定多数の人々が向けてくる不躾な視線に、眉をひそめる優。


「なんと言うか、変な感じだな……」


 まさに全身をなぶられているような、それでいて肺が重くなるような、そんな居心地の悪さを感じる。そんな優の感想に春樹も同意した。


「確かにな。シアさんも、天も。毎日こんな感じなのか?」


 天人として、魔力持ちとして。常に注目されてきただろう女子2人。彼女たちは毎日のようにこうした視線にさらされているのではないか。心配も込めて尋ねた春樹に、シアはフルフルと首を振る。


「さすがに毎日というわけではありません。ただ、こういった多くの人が集まる場所だと……」


 形の良い眉をハの字にして苦笑するシアは、春樹の問いを半分肯定した形だ。シアが長袖を着ているのも、そうした好奇の目から自分を守ろうとする心の表れでもあった。


 そうして視線を気にするシアとは対照的に、あっけらかんとした様子なのは天だ。


「私は第三校に来てから、かな。まあ、気にしなくていいと思うけど」


 そう言って、普段と何ら変わらず自由気ままに振る舞う。このあたりもまた、妹の持つ強さなのだろうと得意顔をする優だが、一方で。


 見られているというのはかなり精神的にきついものがあることが分かった。


 こうした人々からの目線こそ、シアが責任という見えないものを背負い込む要因になったのかもしれない。1人そんなことを考えるのだった。




 着替えてくると言ってその場を後にした天。シアも友人の応援に行くと言って、どこかの会場に行ってしまった。


 優と春樹。残された男子2人で3回目、4回目と発表されていく組み合わせを聞き、同級生たちの試験を見守る。それが5回目になりそろそろ折り返しという時だ。


 春樹の苗字である瀬戸(せと)の名前が呼ばれる。


「春樹だ。相手は……」


 緊張しながら対戦相手の名前に耳を澄ませる優たち。やがて発表された対人戦の相手は──。


 首里(しゅり)朱音あかね


 天と並ぶ魔力の持ち主で、優や春樹と同じクラス。意外にも1浪組だと最近知った、魔力至上主義者の女子学生だった。


「首里さんか……。最悪だ」


 魔力持ちを相手にしなければならないその絶望感に、つい項垂れてしまう春樹。勝率は、1割にも満たないだろう。それでも、


「──ま、やれるだけやってみるか!」


 そう言って、すぐに気持ちを切り替える春樹。特派員になれば大抵、相手にするのは自分よりも魔力の高い相手だ。そのたびに絶望などしていられないと、己を奮い立たせる。


(それに、優に格好悪いところを見せるわけにもいかないもんな)


 こんな自分を格好いいと言って、憧れてくれる。そんな幼馴染とともに、春樹は第3会場――北西の会場に向かった。


 春樹たちが会場についた時、すでにそこには多くの上級生が集まっていた。目当てはもちろん春樹ではなく、魔力持ちである首里の方だ。


 どことなくアウェー感を感じてしまい、弱気が春樹の中で顔をのぞかせる。しかし、やはり怖気付いてなどいられない。


「じゃ、ちょっと行ってくるわ」


 事態を重く捉えすぎないよう努めて明るく言って、優に背を向けるのだった。


「おう、頑張れ」


 緊張した様子で去って行く幼馴染を見送った優。試験が始まるまでは手持ち無沙汰なため、結果を予想することにする。


 普通に考えて、魔力持ち相手に一般人が勝つのは難しい。先ほど小田が見せたような、一点突破な試合運びをする必要があるのだが、もちろん、そう上手くいかないだろう。


 その最たる理由は、魔力が高い人がよく使う〈領域〉と呼ばれる魔法にある。


 〈領域〉。それは、簡単に言えば周囲を自身の高密度マナで覆う魔法だ。


 もし、その魔法を使用されると〈創造〉や〈魔弾〉など、体外でのマナの操作を大きく阻害される。先ほど小田が惜しいと言えそうなところまで行けたのは、天が〈領域〉を使わなかったからだった。


 一般人が魔獣と戦うためには〈創造〉した武器を使ってマナの消費を抑えつつ戦うのがセオリーとなる。当然、第三校に通う学生のほとんどが、〈創造〉で創った武器を使って戦う訓練をしている。


 しかし、〈領域〉を使用された場合、その慣れ親しんだ戦い方ができないのだ。


 したがって、春樹は〈身体強化〉のみで戦うことを余儀なくされることになる。


(何が厄介って、使用者……首里さんの方は自由に魔法を使えることなんだよな……)


 優は、試験監督の話を聞く赤みがかった長髪の同級生──首里を見遣る。


 〈領域〉内であれば、首里は自由な場所に武器を形成し、〈魔弾〉の要領で射出できる。加えて、内部にいる敵味方の動きもマナを通じて把握することができる。


 相手の死角を容易に突くことができて、自身は死角をすべてカバーできる。まさしく、自分のための世界を創り出す魔法。それが〈領域〉だ。


 優のような一般人でも使えないことは無いが、範囲が小さくなる。せいぜい半径2m程度だろう。そんな小さな〈領域〉であれば、相手に範囲外で待たれてしまい、じきに魔力切れしておしまい。とても実践レベルではないだろう。


 数十メートルの範囲を、長時間にわたって支配する。限られたものにしか許されていない、まさに王者の戦い方だった。


(春樹……。どうやって攻略するつもりなんだ?)


 優が期待半分、不安半分の面持ちで幼馴染を見ていると、不意に声をかけられた。


「こんにちは、神代優」

「やっ! 神代くん!」


 その声に振り向いてみれば、そこには首里のセルメンバーである三船美鈴と木野みどりが居た。


「――三船さん、木野さんも。首里さんの応援ですか?」

「はい。朱音さまの雄姿を見届けたくて」


 優の問いに肯定の言葉を返した三船。そう言えば彼女にはまだ西方との試験の労いと感想の言葉を伝えていなかったことを優は思い出した。


「三船さんの試合、見ました。綺麗でしたね」

「き、きれいですか……? ありがとうございます」


 眼鏡のブリッジをクイッと押し上げながら、優の賛辞に応える三船。そのまま彼女が黙り込んでしまったため、沈黙という気まずさの回避も兼ねて、優は木野へと話を振った。


「木野さんももう、試験は終わったんですか?」

「ん? 私はまだなんだー。神代くんも朱音ちゃんを見に来たの?」

「首里さんというよりは、対戦相手の親友を、ですね」


 優が見つめる先で準備を終えた2人が向かい合っている。


「そんなんだー。……でも、残念! 朱音ちゃんは負けないよー! ね、美鈴ちゃん!」

「そうですね。木野さんの言う通り、朱音さまは負けません」

「もう、みどりでいいのにー」


 聞けば、首里を含めた3人は器械体操部だという。さらに言うと、木野と三船は同じ中学だったとか。ただ、当時は2人とも顔見知り程度だったらしい。第三校に来て、首里朱音という共通の友人を持ったことで、初めて関わったようだった。


 彼女たちにとって首里は、優にとっての天ぐらいの信頼があるのだろう。


 優としても春樹の勝利を疑いたくないが、盲目的な信頼はかえって友人を危機にさらす。冷静に戦力を分析し、そして、最後に信頼という値を乗せて、なお。


 残念ながら今回は、天の時のように「勝つ」とは言い切れない。


 ただし、


「俺も、春樹が勝つって信じています」


 少なくとも、春樹が勝つことを信じることはできる。


「おっ、良いねー! じゃあ朱音ちゃんと瀬戸くん。どっちが勝つか、勝負だ!」


 楽しそうな木野の言葉に頷きを返して、親友の勝利への道筋をしっかり見ておくことにした。

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