第5話 魔法の申し子
結論から言うと、編入生の西方春陽と三船美鈴の試合は三船の勝利で終わった。
時間にして2分ほど。勝負を分けたのは魔力配分だった。
魔力が高かった西方が最初にミントグリーンの〈魔弾〉で押し切ろうとしたのだが、三船が丁寧に少量のマナで対処してみせた。そして、息切れした西方の首元にあったペイントボールを、背後から露草色の細い剣で破壊して、試験終了。
終始、魔力を使い過ぎないように配慮・計算した三船が主導の試合展開だと言えた。
試合後、三船はセルのメンバーである首里朱音の所に向かったので、優たちは西方にねぎらいの言葉を変えに行くことにした。
「お疲れ、西方」
「神代君、瀬戸君も。あはは、負けちゃった……」
恥ずかしそうに頬をかく西方。そんな彼に、この場にいる紅一点──シアが声を掛ける。
「三船さんも、もちろん西方さんも。格好良かったです!」
「し、シアさん?」
シアが声をかけたところで、西方は彼女に気付いた様子だ。驚きで声を上ずらせたかと思えば、羞恥に頬を染めた。
「お、お恥ずかしいところを……」
「そんなことないです。〈魔弾〉の軌道を工夫されていましたよね?」
シアが指摘したように、西方もただ〈魔弾〉を無作為に撃っていたわけでは無い。大きさ、軌道、マナの量、それらを工夫しながら三船を追い込んでいた。
そんなシアの指摘から早速 反省会が始まってしまうのは、優たちが特派員を目指す三校生だからかもしれない。
「男だし近接戦の方が魔力も高い西方がかなりアドバンテージをとれたと俺は思ったけどな」
優は真っ当に近接戦でも良かったと思っている。しかし、優の指摘に春樹が待ったをかける。
「待て、優。むしろ〈魔弾〉で押し切れる算段があったから西方はあの作戦を取ったんだろ?」
西方にも考えがあったんだろうと、春樹は彼に聞いてみた。むしろ、考えもなしに魔力持ちでもない一般人が物量で押し切ろうとするのは、あまりにも無謀に思えたからだ。
当然そこには、西方なりの作戦があったはず。そんな春樹の問いかけに、当の西方は苦笑してみせた。
「考えというか、お義姉ちゃ……義姉の戦い方を真似てみました」
「は……? 西方のお姉さんって、天人だろ? さすがにその戦い方を真似るのは……」
一般人と天人の戦い方は魔力も魔法の質も、根本的なところが違う。一般人が真似をするのは無理があるだろうと、春樹は言葉を詰まらせる。
そんな春樹と西方の会話を聞いていた優も、おおかた春樹の意見に賛成だ。一方で、憧れの対象を真似ようとするその姿には共感し、理解することはできる。
(俺だって、できることなら天やシアさんみたいに。マナの温存を考えない、物量作戦でいきたい。華があって、格好良いもんな。……だが)
と、優は内心で首を横に振る。優は自分の身の丈を十分に理解しているつもりだ。人としての格が違うシアや天の戦い方を真似ようとは思わない。いや、真似しようとも思えない。
そして、魔法はイメージの世界だ。無理だと思っていることを再現することなど、できるはずもなかった。
しかし、西方は違う。
「こういう時だからこそ、1回やってみたくて」
照れくさそうに、けれども堂々と笑って“憧れ”を追ってみたいと口にしたのだ。
届かないと分かっていてもなお、挑戦してみる。西方のその勇気と度胸に感心する一方で、少しだけ羨ましく思う優だった。
その後、西方が姉に報告に行くと言ってどこかへ消えていった頃。2回目の試験の組み合わせが発表された。
「お、今度は天だ。相手は……」
「小田? 他クラスのやつだな」
「見に行きましょう。第1会場ですね。ついでに、小田さんは、私たちと同じクラスの男の子です」
天の試験が行なわれる会場に向かう道すがら、どこかほっとした様子の優を見とがめた春樹が肩を組む。
「天と当たらなくて良かったな、優」
「春樹もだろ。てか暑いから離れてくれ」
長い付き合いから生まれる優と春樹の気の置けないやり取りを羨望の目で眺めつつ、
「私もできれば、お友達の天さんとは戦いたくなかったです。なので、安心しました」
シアも2人に同意した。
そうして天が友達であると公言できるようになったシアの成長に、またしても親心のようなものを感じてしまう優。しかしそれを言葉にすると、またしても何様だ案件になってしまうため、口をつぐむ。優もきちんと学ぶ男だった。
その代わりと言うように、改めて安堵の言葉を口にする。
「……まぁ、これについては本気で。天と当たらなくてホッとしてます」
優からしてみれば、もし天と当たったなら、やりづらいことの上なかっただろう。大切な家族を傷つけるかもしれないのだ。
とはいえ、優が手加減してもただただ格好悪く敗北するだけだ。もし天と当たっていたなら、優は胸を借りるつもりで、全力で戦うつもりでいた。
「ふふっ! やっぱり優さんは天さん想いなんですね! それだけ想ってもらえるなんて、天さんが少しだけ羨ましいです」
「……え? それってどういう──」
「おっ、優! シアさんも! 見えてきたぞ!」
シアの言葉の意味を尋ねようとした優の声は、春樹の声によって遮られてしまう。機を逸してしまった優は結局、春樹が指し示した方へと意識を向けることにしたのだった。
運動場の南西、体育館に近い場所にある第1会場にはすでに多くの人がいた。同級生もいるが、高い場に比べて圧倒的に上級生たちの割合が高い。9期生の魔力持ちに興味津々といった様子だった。
「どっちが魔力持ち?」
「女子の方。見た目で分かれ、あほ」
「あれが1年の魔力持ちか。噂の魔法の申し子!」
「小っちゃくてかわいいー! あの髪、地毛かな?」
偵察に来ている上級生たちが、主に天を見ながら話している。その中に気になる単語を見つけて、優は春樹に聞いてみた。
「あの人たちが言ってる、魔法の申し子って?」
「ああ、演習の時、魔獣を単独で倒したり、難しい〈誘導〉を使ったり。それをジョンとか下野とかがスゲーって噂を広めたみたいだ。それでいつからか、魔法の申し子って二つ名? がついたみたいだ」
「ふ、二つ名……!?」
厨二心くすぐる単語に、優は思わず顔を驚愕に染めてしまう。
「ジョンさんも下野さんも、悪気は無かったみたいですけど、天さんは迷惑がっていました……」
二つ名が広がり始めていると知った時の何とも言えない天の表情を思い浮かべたシア。苦笑いを浮かべながら、友人である天の方を見る。
厚着のシアと違い、天は紺色のハーフパンツに、ほとんど無地の白い体操着を着ている。動きやすい王道の体育スタイルだ。明るい色がメッシュのように入る特徴的な黒髪は、動きやすいように1つにまとめられていた。
誰もが魔力持ちである天に注目している、そんな時。
「神代天さん! いや、天ちゃん!」
対戦相手の小田という男子生徒が声を張り上げた。
頭は綺麗に整えられた5分刈り。身長は高く、ガタイもいい。175㎝はあると思われた。余計な肉の無い、程よく日に焼けた端正な顔立ちは、春樹とはまた系統の異なるスポーツ青年といった感じをしている。坊主頭にかいている大粒の汗も、不思議と印象を良くするものだった。
優の偏見だけで言うなら、小田は恐らく野球部だろう。「頑張れー、小田!」「行け!」と野次を飛ばしている学生たちも同じく坊主頭であることから勝手に確信する。
(そして、野球部と言えばチャラい。あと、エロい。なのにモテる)
知識がやや二次元に寄っているため、優の野球部に対する印象は良くない。自然、天に何かを言おうとしている小田へと向けられる目は、厳しいものになっていた。
そうして冗談半分で偏見に偏見を塗り重ねて敵意を向ける優を置いて、状況は進んでいく。
「どうしたの? これから試験だけど」
天が履いている運動靴の調子を確かめながら、顔も向けずに小田に聞く。
興味ないと言った様子の天に、それでも動じることもなく。目を閉じ、晴天を仰いだ小田は大きく息を吸い込んで、叫んだ。
「もし俺がこの試合に勝ったら、付き合ってください!」
日焼けした顔を、暑さのせいか、それとも恥ずかしさからか。赤くしながら、告白した。
「「おー」」と野次馬たちが声を上げる。シアも1人「わー!」と小さく拍手して喜ぶ。ただし、この場でただ2人──優と春樹だけが顔を青ざめさせていた。
「お、おい、春樹。俺にデコピンしてくれ」
「お、おう……」
「痛っ……。悪い夢じゃ、無いみたいだな」
「いや、まだ諦めるな、優。ドッキリの可能性もある。カメラを探せ」
小声でそんな寒いコントを繰り広げて現実逃避をする男子の姿を、シアが不思議そうに見ている。
一方で、一大決心のもと行なわれただろう告白だ。天もきちんと答えるべきだろうと、小田の目を見上げる。
「えぇっと……小田君、だっけ? 同じクラスの。本気?」
「は、はい!」
少し悩む素振りを見せた天。優も春樹も断るものと祈っていたが、
「いいよ!」
自由奔放な妹に、男子たちの願いは届かず。
あえてその場にいる全員に聞こえるような大きな声で、天は告白への返事をしたのだった。




