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第3話 仮免許対人実技試験

 1食(いっしょく)での語らいからおおよそ1週間が経ち、梅雨も明けた7月も半ば。


 優は、特派員免許を交付してもらううえで、最難関だと思っているテスト――魔法実技Ⅰの実技試験の日を迎えていた。


 空には太陽がさんさんと輝き、運動場で待機する優たち学生の肌を焼く。周囲を400mトラックに囲まれたグラウンドに座りながら、優と春樹は溶けていた。


「いや、暑すぎ……」

「言うな。オレも汗、止まんねー」


 今日は夏を先取りしたような暑さ。8月にはこれ以上の気温になるのかと、出不精の優は戦々恐々としている。


「いや、春樹は部活で慣れてるだろ」

「関係ねーって。暑いもんは、暑いんだ……」


 春樹は中学同様、第三校でもサッカー部に入っていた。魔獣のせいで人口は大きく減っているとはいえ、部活動が青少年の健全な心身の発育に欠かせないことは変わらない。全国大会のようなものは無いものの、趣味の延長戦として、部活動は推奨されていた。


 優が読書や映画・アニメ鑑賞と言ったインドアな趣味であるのに対し、春樹は筋トレやランニングと言った体を動かすことを趣味としている。中学でもやっていたということもあって、春樹は5月半ばあたりから本格的に部活動に取り組んでいた。


 そんな彼ですら音を上げる暑さ。優が苦しめられた古文で言うなら、いわんや俺をや、と言いたいとこだった。


「それで? 優は実技、どんな感じだ?」

「どんな感じって……?」

「いや、今回は対人方式だろ? オレは結構、緊張してる」


 晴れ渡る空を見上げながら、汗をぬぐった春樹。彼の表情に確かな緊張の色を見てとった優も、同じく青天を見上げて思いを吐露する。


「俺もだ。いろんな意味で緊張してる」


 今日の魔法実技は“対人実技”だった。


 誰もが強力な魔法を使える時代。敵は魔獣だけでは無いということだ。


 普段は特派員が主に魔獣を、『特殊警察』と呼ばれる警察組織が主に人を相手にしている。しかし、必要であれば互いに協力することも少なくない。その際に必要な最低限の対人技能を、仮とはいえ特派員免許を取得する者は身に着けて置かなければならなかった。


 ただ、優にはどうしても気がかりなことがある。それは――。


「無色だからこそ、人じゃなくて、魔獣に魔法を使いたい……。だったよな?」

「ああ」


 優の不安などお見通しだと言うように言った春樹の言葉に苦笑を返した優が、1つ頷いてみせる。


 優にはもちろん、特殊警察になる道もあった。人々を守るヒーローという点では特派員と特殊警察変わらない。マナの色も対人特化の無色。適性は間違いなく、特殊警察に向いていた。


 それでも優は、特派員を目指す道を選んだ。それは、特派員の方が自由度が高く、より多くの人を守ることが出来ると判断したからだ。


 加えて、優は心の奥底で「殺人色・犯罪色」と恐れられてきた自身のマナの色に対する、反骨精神のようなものを持っている。人殺しに向いているマナの色だからこそ、自身の魔法を絶対に人に使うものかと、半ば意地になっているのだった。


「今回の合格条件はペイント弾の破壊か、相手の続行不能だよな?」

「ああ。寸止めだと俺みたいな無色のやつの勝敗がわかりにくいからな」

「確かに。まあオレが知る限り優以外、9期生に無色はいないけどな」


 今回の試験は首の左右、内腿、手首、アキレス腱と言った人体の急所に直径2㎝のペイントボールを装着する。相手が身に着けるそのペイントボールを破壊すれば合格、破壊されれば不合格となる、シンプルなルールだった。


 怪我は避けるように言われているが、故意ではない限り、ある程度の怪我は仕方ないというのも第三校らしさかもしれない。ただし、故意であるないに関わらず相手を殺害するようなことがあれば、法に則って罪に問われることになっていた。


「不合格なら格好悪く、補習行きだな。ついでに仮免取得も先延ばしか……」

「……それ、天にゴミを見る目でみられるやつだ。絶対に嫌だな」


 春樹の言葉に、苦笑する優。2人して玉の汗をかきながら、試験の準備が進む運動場を見遣る。


「――それでも俺は、出来れば魔力切れを狙いたい」

「優……」


 なるべく人に対して魔法を使いたくない。もっと言えば、人に魔法を向けるのが怖い。それが優の本音だった。


『9期生の学生の皆さん。運動場中央に集合してください』


 やがて聞こえてくる、テスト開始の合図。教員による事前の説明が終わり、いよいよテスト開始の運びとなる。


 運動場の南西・南東・北西・北東に作られた4つの会場で、対人技能試験は行なわれるらしい。


 有事の際の証拠映像をとっておくために複数台のカメラが置かれ、観客が証人にもなる。第三校にもあったらしい生徒会を中心とした上級生と教員が、それぞれの会場の監視をしていた。


「神代くん、瀬戸くん!」


 ストレッチをしていた2人に声をかけてきたのは、編入生の西方だ。動きやすいようにと、いつもの眼鏡姿ではなくコンタクトをしてきている。童顔とおかっぱ頭のせいで、普段よりもさらに幼く見えた。


 笑顔で駆けてきた西方に、春樹が応じる。


「おう、西方。合格できそうか?」

「どうだろう……。抽選の結果次第、だと思ってる。神代くんは?」

「俺か? できれば対戦相手が知り合いじゃないことを祈ってるな」

「やりにくいもんね……。でも無色って意味では、みんなも神代くんが相手は嫌なんじゃ?」


 西方の何気ない言葉に、優は微かに息を飲む。自覚しているのと他人から指摘されるのとでは、事情が異なる。もちろん西方に悪気が無いことは優にも分かるが、


「そうだな」


 淡々と答える優の態度は、どうしてもそっけなくなってしまうのだった。


 そんな優の内情を知る春樹が、やんわりと2人をフォローする。


「――そういう意味なら、天とかシアさんの相手はもっと嫌だけどな」


 今回の対人技能試験は9期生全員からランダムに対戦相手が決まる。そして、魔力が高い人が有利であることは対人戦でも変わらない。


「それもそうだな。特に天。勝てる勝てない以前に、戦いたくない」

「僕もさすがに、魔力持ちとか天人の人たちとは戦いたくないかも」

「多分力押しされるだけで、そこら辺の人たちは負けそうだな。……お、抽選始まったみたいだ」


 各会場2人ずつ、計8名の名前が呼ばれる。


 特派員を夢見る学生たちが、互いに互いを蹴落とし合う。そんな残酷な試験が、始まろうとしていた。

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