第2話 昼休みの食堂で
昼休み。優と春樹、そして編入生の西方。3人の姿は食堂にあった。
「へぇ。西方、ここにお姉さんがいるのか」
「そうなんです。まあ天人だから義理の、ですけど。シフレさんって言います」
西方が昼食を一緒に食べようと優と春樹を誘った形だ。先約があったわけでもなく、特に断る理由もないため優、春樹、西方の3人は出来合いの小鉢をとる定食屋方式の1階の食堂――通称『1食』に来ていた。
先の発言は西方に天人の姉がいるという話を聞いた春樹の相づちだ。
「それがめちゃくちゃ可愛くて、綺麗で、かっこいい人なんですよ! やっぱり人間とは違うなぁって」
四角い眼鏡の奥にある瞳を輝かせながら、姉について語る西方。
「分かる。格好良い人に憧れるその感じ、本当によく分かるぞ、西方」
「えっ、神代くんにもそういう人いるんですか?」
「ああ。そこにいる春樹もそうだし、シアさんっていう天人とか、何より――」
「天、とかな」
最後、言いたいことを春樹に取られた優。抗議しようとするも、春樹と西方が話し始めたためタイミングを逸してしまう。
「西方、こいつにその話はNGだ。長くなる」
「天……神代天さんですね。9期生で2人いる、魔力持ちの。外地演習でも魔獣の討伐実績を上げてるんですよね?」
「……西方。お前、天についてやけに詳しいな。まさか」
強くて可愛い妹を狙う不届き者ではないだろうか。その場合は兄としてきちんと見極めさせてもらおうと机に肘をついた優だったが。
「そりゃあ、これから一緒に特派員を目指す仲間ですから。少なくとも9期生全員の顔と名前くらいは覚えてますよ」
特に他意もなく照れるように言っておかっぱ頭をかく西方。これは、と。優も春樹もアイコンタクトだけで意思疎通する。
当然のように西方は言っているが、会ったこともない人の顔と名前を一致させるのは並大抵のことではない。しかも西方は自分を除いた99人をすでに覚えているという。他の編入生のことも知っているのかは不明だが、ひとまず優には言えることがあった。
「……西方、お前すごいな。合格だ」
「急に!? って言うか、僕いま、なにに合格したの!?」
「気にするな西方。優がシスコンなだけだ」
そんなやり取りはともかく、西方が編入生たる片鱗を見た気がして、優と春樹は目を見合わせて苦笑することしかできない。
特派員の訓練学校に入学するには4月入学と編入とがある。落ちても最悪、欠員補充の公募に立候補すればいいと思っていた2人。一方で優たちは、魔力持ちでも、天人でもなく、これといった特別な才能もない。
「なぁ、春樹。もし俺たちが西方並みの“才能”を求められるのだとするなら」
「そうだな。絶対に、無理だ」
ただの一般人の自分達は4月入学以外あり得なかったことを痛感するのだった。
と、優たちがそうして一食で話をしていると、噂をすればというやつだろうか。
「あれ、兄さんだ」
「優さん、春樹さんも。こんにちは」
先ほど話題に上がっていた天とシアが話しかけてきた。
今日の天は白いショートパンツに黒いカットソー、ジャケットを羽織ったスタイル。その足元はこの時期らしく撥水加工がされたストラップシューズが合わせられている。
他方シアはと言えば、黒いTシャツにタイトなロングスカートという出で立ち。くるぶしから膝あたりまでスリットが入ったスカートの足元からは、動きやすさを考えたスニーカーがのぞいていた。
(さすが美少女2人。なに着ても似合うんだな)
天たちにとっては普段着なのだが、優からしてみれば十分にオシャレに見える。しかも合同授業などでしか会うことが無いため、よく見るジャージ姿と比較すると、より一層、普段着の2人は華やいで見えた。
「よう、天。それにこんにちは、シアさん」
「兄さん。楽なのは分かるけど、パーカーにスウェットはやめて。だらしない」
「……誰のせいで服買えないか分かってるのか?」
ジトリとした優の目線を受けて、天が気まずそうに目を逸らす。
第三校は基本的に私服での通学だ。外地演習や体育の無い日であれば、男女関わらずコーディネートに気を配る人も多い。寮のクローゼットは大きくないため、限られた服を季節に合わせ、どう着こなすかが彼ら彼女らの楽しみと言えるだろう。
ただ、優は服装にあまり頓着しない。実家から持ってきた服の量が少なかった優のクローゼットには空きがあった。しかし、それはあえてのこと。成長期の自分は毎年のように服のサイズが変わる。第三校に入ってから新しいものを買って詰め込む予定だった。しかし、
『えっ、兄さんのクローゼット、スカスカじゃん! それじゃあ――』
と、天が自分の服を詰め込んでいったために、クローゼットは一杯いっぱい。しかも、今も空の服は増えつつある。優は新しい服を買おうにも買えない状態になっていたのだった。
「おい、天。目を逸らすな」
「まぁまぁ、そう言ってやるな、優。女子は何かと入用って言うからな。それより、2人がここに居るなんて珍しいな。3カフェ派だった気がするが」
意外そうな顔をした春樹の目線の先には、天たちが手に持っているお盆がある。そこには、空になったコップや食器が置かれていた。もうすでに食べ終わり、食器を返却口に返しに行くところらしいかった。
「そうなんだけど、この娘、週明けに来た編入生だから。ちょっとした学校紹介も兼ねて、みたいな感じかな。ね、常坂さん?」
兄のジト目から逃げるようにして言った天が、背後にいた女子学生をちらりと見遣る。そこには、猫背で内気さを感じさせる女子学生の姿があった。
「そういう春樹くんたちこそ。いつの間に仲良し3人組になったの?」
天にとっての3人目――西方をちらりと見て言う。
「こいつも、編入生だ。な、西方。……西方?」
春樹が西方に話を振ったところで、優も西方のその様子の変化に気が付いた。彼は一点を見つめたまま、口を開けて呆けている。その視線を追うとシアがいた。
「きれいな人だなぁ……」
「西方。シアさんに見惚れるのは分かるが、自己紹介、自己紹介」
春樹に完全で手を振られ、ようやく我を思い出した様子の西方。見惚れていたことを自覚し、顔を赤く染める。それをごまかすように四角い眼鏡の位置を何度も直しながら、
「あの、えっと。西方春陽です! よろしく、お願いします……」
主にシアに向けて、挨拶をしたのだった。
「シアです。一応、天人です。よろしくお願いしますね」
「私は神代天。聞いてるかもだけど、そこの神代優の妹。それで、この娘が」
そう言って天に促される形で前に歩み出てきたのは、なんとなく暗い雰囲気を見せる女子学生だ。外にはねるようにクセのついた髪は、鎖骨ぐらいの長さのミディアム。少し長い前髪の下には垂れた目元が見える。猫背なせいで少し背が低く見えるが、背筋を伸ばせばシアと同じぐらいの身長だろう。
彼女は手にしているお盆を見つけるようにうつむいたまま、藍色の瞳だけを優たちに向けた。
「と、常坂久遠です。……ご、ごめんね、2人とも! 先に教室に戻ってるねっ」
そう天たちに言った常坂はそのまま、どこかに駆けて行く。
「え、常坂さん!? 返却口の場所、知りませんよね!? ――優さん、春樹さん、それに西方さんも! 失礼します!」
「シアさんー。走ったらぶつかっちゃうよー。じゃね、兄さん、春樹くん」
そうしてあわただしく去って行った女子たち。残された男子3人も、食後の談笑へと移る。
「シアさんって人、天人なだけあって、めちゃくちゃきれいでしたね!」
「そうだな。もし演習で初めて会って無かったら、多分、俺たちに接点なんて無かったはずだ」
「まあ、優とシアさんは今や、9期生公認のセルみたいなもんだからな」
体育館の前で公開告白のようなものをしてしまった優。その甲斐あってか、今や優とシアがセルを組んでもおかしくない。そんな雰囲気が9期生の中で出来ていた。まさしく、天の狙い通りと言っても良いだろう。
それでも、ハエの魔獣との一件以来、優とシアはセルを組んでいない。天人であるシアは学生たちに大人気で、一度セルを組んでみたいと申し出る人は今でも多い。加えて、優にも一緒に組んでみて欲しいと言ってくれる、主に男子学生が増えた。
なるべく多くの人と連携できるようにしておく。それが1年生である9期生たちにとって大切なことだった。
「っと。もうそろそろだな。それじゃあ、西方。俺と春樹は図書館に寄って、現代文の課題を仕上げてくる」
「了解です。次は外国語コミュニケーション、A棟ですよね?」
「おう! 場所分かるか? 必要ならオレがこいつを手伝う合間に案内するぞ?」
「大丈夫です。校内図と、一応、避難経路も覚えておきました」
避難経路など、優たちですら覚えていない。
「お、おう。そうか……。じゃあまた、授業で。あと、同級生なわけだし敬語はいいぞ」
春樹に言われて、眼鏡の奥にある垂れ目を見開いた西方だったが、
「――えへへ。うん! 瀬戸くんも神代くんも。今日はありがとう! また後で!」
笑顔を見せながら、口調を親しみあるものへと変えるのだった。