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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【物語】第三幕……「物語の始まり」

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第4話 3カフェ

 時刻はたそがれ時。


 シアとの待ち合わせ時間より少し早く3カフェに着いた優は、カウンターでコーヒーを注文していた。


 第三校には3カフェを入れて、4つの食堂がある。その全てが敷地中央にある3階建ての教務棟にあって、1階には小鉢や出来合いの料理が乗った皿を自由に取って勘定する定食屋方式。2階にグラム売りのバイキング方式とレストラン方式のもの。3階にテイクアウト方式の食堂がある。学生それぞれが好みに合わせて、利用する場所を選ぶことが出来るようになっていた。


 弁当やサンドイッチといった軽食のテイクアウトをメインにする3カフェだが、店内飲食も可能だ。特にテラス席は人気で、天候が良ければ多くの学生や教職員、研究者たちが利用している。昼食時などは、それこそ席の争奪戦になる。


 しかし、今日は魔獣が校内まで侵入したこともあってか、店内にいる人はまばらだ。


(いや、むしろ店が開いてることに驚くべきなんだろうな……)


 学生たちの胃袋を支える食堂が閉まることは滅多にないが、ひょっとすると開いてないかもという優の懸念は良くも悪くも杞憂だったようだ。


(魔獣が入ってきてもなお営業するとか。さすが、第三校)


 第三校の図太さに苦笑しながら、カウンターで淹れたてのコーヒーを受け取る優だった。


 シアが来るまで折角なら人気のテラス席でも利用してみようかと、店内奥へ向か優。スマホ片手にコーヒーを飲んでいる学生たちを見ると、どうしても気後れしそうになる。彼ら彼女らも同級生か、良くて1つ上の学年でしかない可能性が高いのだが、なんとなく、はるかに年上に見えるから不思議だ。


(きっと、大学生なんかはあんな感じなんだろうな……)


 自分のことを棚に上げ、他人事のように客たちを眺めながら店内を行く優。数秒とかからず、一面だけガラス張りになっている場所が見えて来た。そのガラスの向こうが、普段は大人気のテラス席となる。


 と、店内からテラスとその先の景色が見える位置に来た時、優はテラスに先客がいることを確認した。


 人気の高い席だ。そこに人がいることは不思議ではない。しかし、夕日を見ながら1人頬杖を突き、まさしくたそがれているように見えるその女性の後ろ姿がやけに絵になっていたため、優は思わず足を止めてしまった。


 その女性は、冬用のセーラー服のような、黒い服を着ていた。首元のセーラーカラーも深い紺色で、全体的に黒っぽい服装をしている。だからこそ、それを着ている女性の美しい銀色の髪が、妙に映えている印象だった。


 そんな、どこか浮世離れした光景に、優はしばし時を忘れることになる。が、少しして、コーヒーの香りが鼻をつき、我に返る。


(……どう、しようか)


 たそがれているらしい彼女の邪魔をしないよう、店内で待とうかと少し迷った優。しかし、ここで引き下がるのは、なんとなく格好悪く思えた。ちょっとした意地と、どんな人物だろうという好奇心もあって、結局、優はテラス席を目指すことにする。


 そうして、やや緊張気味の優がテラス席へと続くガラス戸を開けると、案の定、雨上がりの湿った生暖かい空気が頬を撫でた。


 テラスにいくつかある席のうち、銀髪の先客は出入り口から一番遠い場所にいる。優が開いたガラス戸が閉まったその音で、ようやく彼女は優の存在に気付いたらしい。


「……おや」


 吐息にも似た小さな言葉を発して、青色の瞳を優に向けてくる。そんな彼女の姿に、またしても、優は時を忘れて見惚れてしまう。


 肩のあたりで短く切りそろえられた銀髪は雨上がりの夕焼けに照らされ、オレンジ色に染まっている。邪魔だったのか前髪は細いピンでとめられ、その下にある整った目鼻立ちがよくわかる。


 大人っぽい雰囲気をしているが、よく見れば体躯は小さい。ひょっとすると、天と同じか低いかもしれない。一方で、出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいるその体型は、同性ならば憧れ、異性ならば魅力的に映るだろうシルエットをしていた。


 髪と同じ色をした長いまつげの下にある紺碧の瞳が、優の黒い瞳と交錯する。時間にして数秒。先に視線を切ったのは、女性だ。しかし、そうして視線が着れる直前、彼女の瞳の奥できらりと好奇心が揺れたように、優には見えたのだった。


 天人だ。優は、そう直感する。こんなきれいな“人間”がそうそういても困る。ただし、9期生ではない。9期生にいる天人は、シアとザスタだからだ。


(いま学校にいるってことは、2、3年生。一応、研究員や教職員の可能性もあるのか)


 そんなことを考えながら手近な席に着き、コーヒーに口を付けたところで、ようやく優は一息つくことができたのだった。


 背もたれに身を預け、視線を上げた優。テラスからは遠く沈みゆく西日と、それに照らされる山の稜線が見える。このオレンジ色の自然豊かな景色が“3(sun)カフェ”の由来にもなっている。


 少し下を見下ろせばもうそこは学校の敷地で、駐車場と、慰霊碑の立つ小高い丘――通称、『緑の丘』が見えた。


 在学中、授業や任務で殉職した学生たちを偲ぶために建てられた慰霊碑。今日死んでいった北村や相原たちの名前も、じきに刻まれることになるだろう。優はそっとコーヒーを置いて目を閉じ、彼らの安眠を願って黙とうすることにする。


 静けさと湿った土のにおいを感じながら祈ること1分ほど。黙とうを終え、眼を開いた優に、


「キミは、優しいんだね」


 声が聞こえた。このテラスにいたのは、先ほど見惚れてしまった銀髪の天人だけだ。


 話しかけられた。そう思って彼女がいた方を見る優だが、もうそこには誰もいない。


「それに、“良い子”なんだ?」


 今度は耳元で声が聞こえた。ささやくような甘い声色と、その声色に負けないくらい甘い匂いが優の五感を刺激してくる。何事かと振り返っても、そこには誰もいない。いよいよもって椅子から立ち上った優がテラス全体を見渡してみても、先ほどの天人はもう、どこにも居なかった。


 ここは3階で、魔法無しで飛び降りるには無謀な高さだ。それに、魔法を使ったなら少なからず発光現象があるはずだが、それも見られなかった。となると、残す可能性は――、


(あの人、店の中に行ったのか!)


 そう思って店内方向を振り返ったそこには、


「お待たせしてすみません、優さん。……どうかしましたか?」


 優を見つけてテラス席に来たシアが、飲み物が乗ったトレーを手に驚いている姿しかなかった。


「……シアさん、銀色の髪をした女の人、見ませんでしたか? 多分シアさんと同じで、天人だと思うんですが」

「いえ、見ませんでした。お知り合いの方ですか?」

「いや……」


 シアがとぼけているようには見えない。白昼夢にしてははっきりと姿も見えたし、声も聞こえた気がする。何ならいい匂いだってした。


「シアさんは、幽霊って信じますか?」


 あまりにも不可解な現象に優がそう聞きたくなるのも、仕方ないだろう。


「ゆ、幽霊ですか?! そ、そんなもの、居ません! もし居ても、それは死んだ人のマナが一時的に形を成したものだと聞きました! いえ、絶対ににそうです!」


 優の真面目腐った問いを必死に否定するシア。口ではそう言っているが、視線は見えない何かを探してしまっている。それだけで、シアが幽霊を苦手にしているらしいことは容易に察することができる。


 ましてや、


「……そう、ですよね?」


 泣きそうな顔で同意を求めてくるシアは、本当に人間臭い、ただの怖がりな少女でしかなかった。


 先ほど会った神秘的な女性の天人とのギャップに、思わず口元を緩めてしまう優。


「ゆ、優さん? どうなんですか? 幽霊なんて居ません……よね!」


 自身も非科学的な存在であることを忘れているらしいシアの再三の問いかけに噴き出さなかった自分を、優としては褒めたい。


「すみません、シアさん。冗談です」

「……え」


 口を開けてポカンとしている、良い意味で天人らしくない天人――シアのおかげで、優もどうにか落ち着くことが出来たのだった。

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