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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【物語】第三幕……「物語の始まり」
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第1話 演習の後始末

 その時、優は懐かしい感覚の中にいた。小さい頃。改編の日に浴びた光の波動。その波が通り抜けた際に感じた、自身が作り変えられるような感覚だ。


 妙にくすぐったくて、温かい。そんな包み込まれるような感覚は――。


「ぅ……?」


 次に優が目を覚ますと、いつの間にか体が軽くなっていた。どれくらい気を失っていたのだろうか。早く動かないと、魔獣が来る。焦る優の気持ちとは裏腹に、身体はうまく動いてくれない。


 ぼやける視覚。代わりに、聴覚がまずは戻ってくる。聞こえたのは、自分を呼ぶ声だった。


「……さん、優さん」


 シアの声だ。聞く者を安心させるような、慈愛に満ちた優しい呼びかけだった。


 やがて線を結んだ視界が、優を見下ろすシアを捉える。雨が止んだとはいえ、ぬかるんだ地面に座って、膝枕をしてくれているらしいシア。美しい彼女が泥だらけにならないようにと妙な意地を張った優の努力は、不要なものだったらしい。


 外傷はなさそうだが、その顔は目元が腫れている。


 自分を心配して、泣いてくれたのだろうか。そう思うと、優の心が締め付けられる。彼女を、というよりは誰かを泣かせてしまうのは、ヒーローとしてあるまじき行為だ。優が言うところの“格好悪い”に該当する。このまま情けなく地面に転がっている場合ではなかった。


「……っ」


 動くようになってきた四肢に力を込め、身を起こす優。周囲を確認してみると、シアのほかに、周囲を警戒してくれている三船と木野の姿があった。


 そして、背後にはシアがいて、自分を含めた全員が生きている。


(……良かった。ひとまず、さっきの魔獣は討伐できたみたいだな)


 そうして優が状況の把握に努めていると、


「その……。優さん、体は大丈夫そうですか?」


 心配そうに問いかけるシアの声が聞こえた。


 彼女の言葉と視線に促される形で、優は手足が動くこと、痛みも無いことを確認する。だからこそ優は首をかじけることになる。


 気を失う直前、自分の体からは明らかに致命的な音がしていた。だというのに、体が驚くほど軽い。


(何が起きた……いや、まだ近くに魔獣がいる。疑問は後回しだな)


 マナも少しだけ戻っている。これなら少なくとも内地までは、迷惑をかけずに済みそうだと判断し、


「はい。すみません。ご心配をおかけしました。魔獣は――」


 立ち上がろうとした優は、ふいに、柔らかな感触に包みこまれた。シアがそっと、優を抱きしめたのだ。


「──生きていてくれて、ありがとうございます」

「シアさん!? 何を……」

「シア様が権能を使ってあなたを助けたんですよ」


 困惑と羞恥による焦りをにじませる優の問いに答えたのは三船だ。続いて木野が興奮した様子で状況を説明する。


「すごかったんだよ! こう、白くて、ぶわーってなって! そしたら、ふぁ〜って魔獣が消えちゃったの!」


 説明になっていない説明に、優の混乱は加速する。それでも、シアが自分を助けてくれたことだけはわかった。


 そうなると、優がやることは1つだけだ。恥ずかしさもあってそっとシアを引き離した彼は、


「助けてくれて、ありがとうございました」


 自身の命の恩人であるらしいシアに、感謝の言葉を口にする。そんな優の言葉に、何かをためらうように視線をさまよわせていたシアだったが、最後には。


「いえ。優さんが無事で、良かったです」


 そう言って、シアも微笑んで見せるのだった。


 その後、シアの権能を受けて魔獣が綺麗さっぱり居なくなった森を抜け、無事に学校の運動場まで引き返すことが出来た優たち。


 雲がかかって分かり辛かったが、気付けば時刻はお昼前。もうすぐ昼休憩という時間だった。


「兄さん!」「優!」


 優を見つけた天と春樹が彼の無事に安堵し駆け寄ってくる。


 他方、三船と木野は、運動場に座っていた首里(しゅり)朱音(あかね)を見つけ、彼女のもとに駆けて行った。一時、魔力の使い過ぎで気を失っていたらしい首里も、魔力が少し回復して目を覚ますことが出来ていたのだった。


 そうして三船たちが去ったことで、その場には、優とシア、天と春樹の4人が残された。


「神代さん、春樹さんも無事でよかった……」


 優の背後で友人たちの無事を喜ぶシア。ホッと息を吐いた彼女の言葉に応じたのは、やや興奮気味の春樹だ。


「シアさんも無事そうで良かった! あの白い魔法、権能だろ?」

「あ、えっと……」


 称賛の込められた春樹の言葉。自分が招いたかもしれない事態。後ろめたさが、まだシアの中にある。


 それでも、彼女の中には手ごたえがあった。自身の権能が、人々の役に立った。何よりも優の命を救えた。その事実が、少しだけシアに、自信という温もりをくれる。


 また、春樹の言葉に続いて、シアの手を取ったのは天だ。


「兄さんを連れて来てくれてありがとね、シアさん」


 シアの目をまっすぐに見て、兄を助けてくれたシアにお礼の言葉を口にする。それでも足りないと言うように、シアの手を握る手に力を込める天。


「ほんとに、ありがと」


 どことなく飄々とした印象があった天が初めてシアに見せた、熱い想い。感情。その熱量に驚かされたシアだったが、


「──はいっ! 私でも少しだけ、皆さんのお役に立つことができました」


 恥ずかしさと、ほんの少しの誇らしさを込めて、春樹と天の感謝を受け止めたのだった。


 と、そうしてシアが達成感に包まれて微笑んでいたときだった。


「じゃあ、こうやって。兄さんを無事につれて帰ってきてくれたお礼は言ったから──」


 急に言葉から感情を消した天の声が、シアの耳を打つ。


「――2つ……ううん。やっぱり1つでいいや。聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「は、はい。……なんですか?」


 淡々とした。あるいは、冷え冷えとした声色での、空による問いかけ。その語気に何らかの覚悟を感じとり、居住まいを正したシアに、天がその丸く大きな目を向ける。


 逃さないと、そう言うように。


「――どうして最初に権能を使わなかったの?」

「……ぅ」


 その質問は、シアが感じていた達成感という名の温もりをあっけなく奪い去る、冷や水でもあった。


 痛いところを突かれて思わず息が漏れてしまったシアに、天は続ける。


「魔獣、権能で殺せたんでしょ? もっと早く使ってれば、もっと多くの人を助けられたのに。なんで、使わなかったの?」


 そう言って周囲に目を走らせた天。その目線をシアも追う。そこには友人を失って下を向く学生、戦闘で負傷して寝転がったまま動けない学生が大勢いる。


「えっと、それは……」


 感情任せに糾弾するでもない、理知的で平坦な口調による質問。そうして投げかけられた問いに、シアは口ごもることしかできない。


 権能を使えなかった理由はシア自身が一番よく分かっている。しかし、それを彼ら──魔獣によって怪我をしたり命を落としたりした学生たち──の前で口にする勇気がない。


 そんなシアの内面を、衆人環視の中、天は遠慮なく言い当てる。


「簡単な話でしょ? シアさんに、権能を使う覚悟、勇気、意志。どれか……ううん。そのどれも、足りなかった。だから大勢の人が死んだ。違う?」

「――っ!」


 図星を指され、今度こそシアはたじろぐ。感じる視線。運動場にいる同級生たちが自分を見ている。自分が天の質問にどう答えるのか、注目している。


 否定することは簡単だ。権能は天人本人にしか分からない。使わなかったのではなく、使えなかった、仕方なかったと。そう言えば言い逃れすることもできる。


 それでも、人々を導き、支える。物語に出て来た格好良い女神になるためには――。


 胸元で震える拳を握り、唇を引き結んだシアは天の問いに大きく首を振る。違わない、合っているのだと、遠くにいる学生たちからも見えるように大きな態度で示す。


 いや、それだけでは足りない。大きく息を吸って、覚悟を決めて。


「……そ、その通り、です。神代さんの言う通り、いつでも権能を使うことはできました。ただ私に、覚悟が足りなかっただけですっ!」


 その場にいる人々に聞こえるように声を張り、言い切って見せる。


 恐怖で目は開けられない。きっと待っているのは非難の嵐。お前のせいで。お前が頑張れば。そう糾弾されることだろう。


 だが、シアは自らの責任に嘘をつきたくなかった。すべての責任を背負う自分を格好良いといってくれた人がいる。運命を変えてくれたと言ってもいい人だ。


 シアは亡き両親が言ってくれていたように、自分自身の想いを大切にすると決めた。後悔なんてするものか。


 そうして訪れる、痛いほどの静寂。


 吹き抜ける風の音だけがシアの耳に響いた。

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