第13話 私の願いをここに
失意に沈みそうになるシアの耳に、亡き両親の声が聞こえた。
『詩愛ちゃんはもう少し、我がままになっていいのよ?』
『そうだ。詩愛は詩愛なんだからな。天人だなんて、関係ない』
それは2人が何度もシアに言い聞かせていた言葉だった。
これまでシアはその言葉を、両親として甘えて欲しいのだろうと思っていた。
しかし、今思えば、彼らが伝えたかったことは「立場など関係なく、自分というものを持って欲しい」ということではなかったのだろうか。そう思うと、
『優さんは優さんですよ』
シア自身が優に言った言葉。あなたは、あなた。両親の言葉は時間をかけてゆっくりと自分の中に浸透していたということにシアは気付かされる。
だからと言って、今、自分はどうすればいいのか。どうすべきなのか。シアにはわからない。誰も教えてくれない。
「私はどうすれば……。誰か……誰か教えてください……っ」
生気が失われていく優の顔を見つめながらシアが呟いたその言葉は、助けを求める悲鳴でもある。
何度も言葉を交わし、何度も一緒に戦って、何度も助けてくれた少年の青ざめた顔を見つめることしか出来ない自分が、情けない。
(何が「天人として」ですか……っ)
その言葉に甘えて、行動を起こさず、他者に依存して生きてきた。そのツケが今こうして回ってきているのだと、シアは思い知らされる。
どうするべきか。何をすればいいのか。教えてくれる人はもう居ない。であれば、変わらなければならない。
だというのに、これまで「天人だから」と言い訳をして、あらゆることから逃げてきたシアには、どう変わればいいのかすらも、分からない。
「誰か、教えて――」
『シアさんは、どうしたいですか?』
人型の魔獣との戦闘前。シアに問いかけた優の姿とその声が、脳内で反響した。“どうしたらいい”、“どうすべき”。そんな誰かが決めたものではなく、自分が何をしたいのかという問いかけだ。
自分が――シアがどう思い、考えているのかを尋ねる真剣な眼差しが、シアの脳裏によみがえる。
「私、は……」
自分が何を思っているのか。どうしたいのか、どうなりたいのか。変わりたいと願う少女は、考えて、考えて、考えて、考えて、考える。
そして、かつて読んだ本に出てきたある女神を思い出した。幼い頃のシアは無邪気にもその女神に憧れていたのだ。神様として、人々を時に厳しく、時に優しく、ハッピーエンドへ導いて見せる彼女の姿に。
シアも絵本の女神のように。みんなが笑っていられる運命を振りまけるような、そんな人になりたかったのだ。
“天人として”。
自分に言い聞かせ、いつしか見ないようにしてきた、シアの幼い日の夢がようやく1つ、願いとして浮き上がる。
それをきっかけに、シアはさらにもう1つ。自分のせいで誰かが死んでしまうなんて、認めたくない。そんな身勝手な思いにも気づくことになる。
目の前の少年は、何度も自分を助けてくれた。導いてくれた。大切なことに、気付かせてくれた。そんな彼が道半ばで死んでいいはずがない。死なせては、いけない。
(……違います。……死んでほしく、ないんです!)
シアが生まれて初めて抱いた自己中心的で、傲慢で、強欲な我がまま。それは、その他全てのしがらみを断ち切るほど圧倒的な、願いでもあった。
これまで、ただ出来事を受け入れるだけだった少女が、自らの手でその運命を変えようと一歩を踏み出す。
彼女は、自分の願いを、想いを知ってしまった。
もう、自分と誰かの人生を傍観するだけではいられない。それだけでは運命など変えられない。
天人、運命、啓示。そんなものはこの際全て置いておく。すると、
『シアさんが望んだ方向に運命を変えてしまうのはどうですか?』
『シアさんがこうしたいと強く願えば、啓示もその方向に傾くかもしれないですよ?』
聴かないように、意識しないようにしていた優の言葉が、意味を持って聴こえてくる。
優はシアに道を示してくれていた。イノシシの魔獣と今回と。2度もシアを助けてくれた。だから――。
決意を胸にシアは言葉を紡ぐ。自身の願いを声にして確認する。
「優さん! 私はあなたに、生きていて欲しいんです!」
魔法は想いを実現するための手段だ。その想いが強い程、魔法は強力かつ具体的になる。
シアはイメージする。みんなが笑っていられる幸せな物語を。優と自分が無事に内地へ引き返すことを。その先に待っている、温かな日常を。
自分が招いた危機を自分で解決する。そんなマッチポンプになろうとも。シア自身が望んだ結果を、自分の手でつかみ取って見せた。そう自分で思えることこそが、シアが大切にしたい“想い”というものだった。
もともと思い込みが強いシアだ。自分が優を救うしかない。救えるのだと、この時にはもう確信してしまっていた。同時にシアのその性格は、恩人だということ以上に彼を助けたいと思う原動力になっている感情に、まだ気づかせないでいた。
(ああ、これが私の、もう1つの力……なんですね……)
霞がかかっていた啓示――【物語】の内容が、鮮明になる。
それは、シアが選んだたった1人の人物の人生を、物語の“主人公”足らしめんとする力。世界の理すらも変えうる権能の力をたった1人に集中させ、その人物に“主人公”たる人生《【物語】》を歩ませる、絶対的な力だ。
(あなたになら……いいえ、あなただから。私はあなたを選ぶんです、優さん!)
真っ白な“雪”が2人の周囲に舞い上がる。温かな光を放つ雪はやがて熱を帯び、優とシアを包み込む。それは新雪降り積もる雪原のようだ。
「私の願いを今、ここに――」
高なる鼓動。想いを熱にして。たった2つの啓示しか持たないシアの強力な権能が、主人から世界を変えろと命じられるその時を待つ。運命を変えて見せると誓った少女の決意と覚悟を、世界に証明する。その時はすぐにやってきて――
「――〈物語〉!」
指を絡め、祈るような体勢で行なわれたその詠唱と同時に、シアを中心とした熱を帯びた雪原が広がって行く。
山を、境界線を、第三校を。さらにずっとその先へ大地を白く染め上げ、白いマナの雪を舞い上がらせた。
雨はいつしかその足を止め、割れた雲間が市街地を照らす。光の尾を引く雪を空に向かって降らせた雪原はやがて、何事も無かったように消え去る。
意識が芽生えて10年と少し。周りに支えられてばかりだった幼い女神が、自分の足で立って歩きだす。
自身と目の前の少年2人で人々の運命を変えることが出来るような物語を綴って見せる。そんな決意をこの日、世界に証明して見せたのだった。
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