第7話 信頼の価値
2023/03/28 ここまで改稿・修正済み。
同級生の相原と別れてハエの魔獣を倒した優。近くにいるらしいシアの姿を探すこと少し。木陰で周囲を警戒するジャージ姿のシアを見つけたのだった。
「シアさん」
「――っ?!」
優が発したその声にビクッと身を硬直させるシア。しかし、声の主が優だと分かると、目に見えて安心したようだった。
「優さん! 良かった……」
「シアさんこそ、無事で良かったです」
「すみません。吹き飛ばされてどうにか着地したのは良かったんですが、木に頭をぶつけてしまって」
〈探査〉があれば、自分の生存を含め、ある程度場所を知らせることができていた。すぐにそれが出来なかったことを、シアは謝罪した。
「いえ、大丈夫です。それよりも、頭を打ったって……大丈夫ですか?」
「はい。見ての通り、怪我もしていません」
優が念のために確認すると、シアは身振り手振りも交えて無事であることを伝えてくる。シアの性格からして、優を心配させまいと強がりを言っている可能性もあるが──
(さっき、〈探査〉も使えてたしな……)
戦闘の邪魔にならないような配慮も感じられた魔法を思うと、「大丈夫」と語るシアの言葉が真実なのだろうと優も納得することにした。
そして、優も、己の魔力が低いためにシアを探しきれなかったことを詫びる。
「こちらこそ、すみません。俺の〈探査〉ではすぐにシアさんを見つけることが出来ませんでした」
お互いさまということにして、2人は話を先に進める。優としてはシアと合流できた以上、魔獣を倒しながら内地へ引き返すことが最優先だと考えていた。
「知っての通り、内地へ引き返すには魔獣の群れを突破するしかありません」
「そうみたいですね。ですが私が調べた限り、かなりの数でした。弱い個体が多いですが、いくつか強力な個体もいるみたいです」
こういう時、信頼している仲間だと話が早い。相原との問答を経ていたこともあって、改めて優はそのあたりのことを実感する。
「恐らく、共食いしたか、あるいは人を食べた魔獣でしょう」
「そう、ですよね……」
そう言って、シアは眉尻を下げる。魔獣が人を食べたということは、つまり、人が死んでしまったということでもある。
──また自分のせいで。
シアはそう自責の念に沈みそうになる自分に小さく首を振る。そして、胸に手を当てると、小さく息を吐き、
(落ち込むより先に、天人である私にはやるべきことがあるはずです)
先週のように、誰かに──優に──依存するような事態にならないよう、表情を引き締めた。
「私が道中の魔獣を倒します。私が魔獣の数を減らせば、他の学生さんたちを助けることにもなるはずです。それに……」
そこで一度言葉を区切ったシアだが、
「もし必要であれば、権能も使うつもりでいます」
濃紺色の瞳に決意を込めて、優に戦うことを伝えた。
「シアさん……!」
これまで消極的な言動が目立っていたシアが見せた積極的な姿勢に、優も驚きを隠せない。周囲を魔獣に囲まれた現状で、天人が権能を使ってまで全力で戦ってくれるのだと言う。同じセルを組む仲間として、これ以上心強いことは無い。
「頼りにしています。俺も可能な限りサポートしますから、一緒に生きて帰りましょう」
「はいっ」
男女や意地、外聞を気にせず、適切な役割分担を行なうことこそが、特派員としての生存率を高めるためには欠かせない。しかし、彼らに全てを任せてしまうことは、優にとっての“格好悪いこと”だった。
だからこそ、今、自分にできる範囲のことを全力でする。そしていつかは憧れのように、多くの人に頼られるような存在になりたい。その想いに向けた努力だけは怠るまいと優は改めて誓った。
そうして役割を決めた優たちが、行動し始めて数分。
「2時方向です」
「はい。――〈魔弾〉!」
優が〈探査〉で魔獣の居場所を探し、指した方向にシアが〈魔弾〉を放つ。合流してから5分ほど。2人はあえて、内地へ向かう道中を急いでいなかった。
その理由は主に、シアが天人であることにある。
優たちにはもちろん、魔獣を全力で無視して内地に引き返すという選択肢もあった。
しかし、前回と違って森にはまだまだ多くの学生が残されている。そして、魔獣に囲まれている今、魔力だけが生命線だと言っていい。
魔力が高いシアがそれらを無視して内地に引き返してしまうと、取り残された彼らの負担が増えることになってしまう。
より多くの仲間の命を助けるために。魔力の高いシアと彼女をセルの仲間としている優が、なるべく多くの魔獣を減らす必要があった。
「〈探査〉――」
戦闘中の他の学生たちに影響するリスクの方が大きいため、シアは〈探査〉を使えない。そのため、優が〈探査〉を始めとする探索を行なうことになっていた。
周囲20mほどに広げた無色透明のマナの反応から、魔獣の生死を確認する優。
「――外れました。距離も近いので、倒してから先に進みたいです。……シアさん、魔力は大丈夫ですか?」
「はい、まだまだ大丈夫です!」
「了解です。では行きましょう。近くに強そうな個体がいるので、それと合流される前に倒したいところです」
こうして優たち9期生が相手にしているハエの魔獣は、「分裂型」と呼ばれる魔獣だ。捕食などを通して体内のマナが一定に達すると、全く同じ見た目・特徴・魔力を持つ“自分自身”を作り出す。そんな魔獣だ。
弱点や行動がその他の個体と似通っているため、対処しやすい。一方で数が多く、個体によっては分裂ではなく変態することもあるため、油断ならないことには変わりなかった。
倒しそこねた魔獣の位置を知る優が、シアを先導する。
「居ました。あそこです」
木々を数本行った所に、優が倒した魔獣とそっくりな魔獣が浮いている。
優が示した先を、シアも目視で確認して、
「……はい、確認しました。──〈魔弾〉」
多すぎず、少なすぎず。適切に絞られたマナを込めた〈魔弾〉を放つ。対するハエの魔獣は、知能が低いのか、マナの動きを感知しても避けることない。
結果、シアの白い〈魔弾〉を受けたハエの魔獣は、肉片をまき散らしながら地面に落ちたのだった。
きちんと魔獣が黒い砂になり始めたことを確認して、
「すぐに移動しましょう」
成長したハエの魔獣が来る前に離脱することを優はシアに勧める。
分裂型の魔獣には、共食いという習性がある。マナが枯渇し始めると、仲間の魔獣を捕食して、より長く自己を存続させるのだ。当然、捕食した側の魔獣の魔力は高くなり、脅威度も上がる。
そうして成長した魔獣を、今の自分達が相手にするのは危険だろうというのが優の判断だ。共食いによって魔獣の数自体は減っているが、その分、優たち学生には荷が重い強力な個体が増え始めている。
魔獣の数を減らすのも大事だが、それでも生存が第一であることに変わりはない。無理をして、自分たちが死んでしまっては元も子もなかった。
加えて、魔力の高いシアが食べられてしまうと、さらに強力な魔獣が生まれてしまう可能性が高い。
(絶対にシアさんを食べさせるわけにはいかないな)
仲間としてはもちろん、戦術的な意味合いも込めて、優はシアの生存を最優先にする方針を取っていた。
「分かりました」
先ほどの移動しようという提案にシアがうなずいたことを確認して、優は再び〈探査〉を使用する。すると、明らかに魔力が高い魔獣と、そこにいる2つの人の反応があった。
(成長した魔獣と誰かが戦ってるのか……)
どうすべきか。悩むより先に、優の口から言葉が漏れていた。
「9時方向、左に少し行った場所。学生2人が、成長した魔獣と交戦しています。助けに行きませんか?」
優は得た情報と、気持ちを素直にシアに伝える。助けに行こうと言ったのは、何も善意だけではない。ヒーローなら、という優ならではの思考の影響もなくはない。が、それ以上に、人を食べて知恵と潤沢なマナを得た強力な個体を生み出さないように、という意味合いのほうが大きかった。
しかし、同じセルのメンバーである以上、優の一存で決めるわけにはいかない。なにより、戦いの矢面に立つのはシアなのだ。彼女の意思を無視することなど、優にとってあってはならないことだった。
だからこそ優は、提案という形をとる。もしシアに断られても、人を食べた魔獣の危険性を盾に、一度くらいは食い下がるつもりでいたのだが、
「はい! 絶対に、助けましょう!」
シアがそう即答したことで、優の心配も杞憂に終わった。
事態は一刻を争う。無駄な問答をしている時間もないため、2人は急いで同級生たちの助力に向かうことにする。
(即答……。本当に、シアさんと一緒だと楽だな)
互いを知っていれば、意見のすり合わせがこれほどまでに楽なのか。先ほどの相原とのディスコミュニケーションもあって、密かに信頼の価値を実感する優だった。
この時、優は、シアが助けに行くと言った理由が正義感によるものだと勝手に思い込んでいた。
しかし、実際には、
(天人として。巻き込んでしまった以上、必ず助けないといけません!)
どこまでも重い自責の念しか、シアの頭の中にはなかった。




