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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・後編……「空を切る手のひら」

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第3話 騒音の中で




 改めて見ると、異様な光景だった。


 その女神が笑顔を振りまくたびに人々は冷静さを失って声を上げ、彼女が飛び跳ねれば皆がこぞって跳ぶ。マイクを向けられれば信者(ファン)は自身の想いと共に空白の歌詞を埋め、「ありがとう!」と感謝の言葉を向けられれば感涙する。


 5,000人だ。運営スタッフも加えるとその数はもっと多いだろうか。その数の人々が一斉に、フォルという1人の神に魅了され、踊らされている。


 その様子を、優とシアだけは冷静に見つめる。あまりに現実離れした光景に、身体を震わせながら。


「おい、春樹! しっかりしろ!」

「首里さん……? 首里さん!」


 2人して、隣で狂ったように歌い踊る2人に声をかける。ライブ会場特有の爆音が、優たちの声をかき消しているというのもある。が、それ以上に、特別な力が春樹と首里への呼びかけを遮る。


 そして、この規模の人数を催眠状態にするのに、フォルは全力のようだ。その証に、彼女が声を上げ、身体を揺らし、指を振るたびに、会場全体に空色――淡く明るい水色――の光が降り注ぐ。


 (まぼろし)ではない。言うまでもなく、フォル自身が使う権能のマナの光だった。


 本来、内地での魔法使用は原則禁止となっている。そのため、恐らくこれまでフォルは〈月光〉のように、人々が視認できないほどの薄さのマナを拡散し、権能を使用していたのだろう。


 激しいパフォーマンスと繊細なマナの操作。両者を高いレベルで両立させているフォルの魔法技術は、あの“魔法の申し子”と呼ばれる天に匹敵する。


 その点、フォルは今回、自身の権能を光の粒子として放出し、演出の1つとしているようだ。


 あまりに露骨な権能(魔法)の使用。違法行為だ。


 にもかかわらず、誰もフォルの行動を咎めることは無い。きっとファンの人々は、フォルが魔法を使っていることさえも気づいていない。もし気づいているのだとしても、魔法ではなく、演出の1つだと認識しているに違いない。


 今の城ホールは、フォルの、フォルによる、フォルのための世界と化しているようだった。


 そんな世界でただ2人。異物として存在しているのが優とシアだった。


「これ……。春樹さんも首里さんも、本当にMCの時に元に戻ってくれるんでしょうか……?」


 フォルの方から怪しまれないようペンライトはきちんと振りながら、シアが優に尋ねる。


「正直、分かりません……。フォルさんの本気の権能なんて、恐らくこれまでなかったでしょうからね」

「そうですね。最初からここまでの権能を使ってくれていれば、私も気づけたんですが……」


 優の言葉に、シアが胸元できゅっと拳を握る。


 使われた権能の種類や強度にもよるが、時に世界の法則さえも捻じ曲げる強力な魔法だ。使われた者は例外なく“違和感”がある。


 人間“ごとき”ではその違和感に気づかせてもらえない。気づいた時にはもう、権能の影響下にあってしまうからだ。


 ただし、天人は違う。啓示という、自身の圧倒的な存在理由を持つ彼ら彼女らは、他の天人の影響を受けない。肌を撫でられたような感覚があったり、頭痛がしたり。様々な形で権能が使用されたことを察知できる。


 現在、シアを襲っているのはちょっとした酩酊感だ。どこか地に足ついていないような、フワフワとした感覚。それが、フォルの権能使用を裏付けていた。


(もう隠し立てするつもりはない、ということですね、フォルさん……!)


 ちょうど曲と曲の間。アウトロとイントロを結ぶ、わずかな静寂と緊張感の中、きゅっと表情を引き締めて、紺色の瞳でステージ上のフォルを見上げるシア。


 と、まるで「見つけた」とでも言うように、歌唱終わりのフォルが赤い瞳を向けてくる。


 少し前のシアであれば「目が合いました! フォルさん~!」と浮かれているところだが、今のシアは違う。静けさの中、フォルの視線が示す意味を冷静に分析する。


(フォルさん……。やはり私たちが来ていることを知っていますね……)


 シアは事前にフォルにコンタクトを取ろうと、あちこちに働きかけた。その際、警備員をはじめとする関係者から“怪しい人物”の情報もフォルに渡っていたことだろう。


 天人であるシアは目立つ。ましてフォルはシアの親友だ。ちょっとした情報から、シアの来訪を推測できていても何ら不思議ではなかった。


「みんな、ありがとう~! それじゃあ、次は……『リストアップ!』!」

「「「お~~~~~~!!!」」」


 1曲目が挨拶も兼ねたザ・アイドル曲。次に明るいJ-POPと来て、その次はゆったり軽やかなバラード。観客たちに息をつく時間を与える意味もあったに違いない。


 さらにそこからK-POPを意識した妖艶なダンスナンバーを迎え、先ほどはラップを取り入れた米国風の格好良い曲だった。


 そんな中で迎える『リストアップ!』。ロック調のフォルの曲の中でも指折りのダンスナンバーだ。ベースとドラムの重低音から始まる5曲目に、ファンたちも一層の盛り上がりを見せる。


 驚くべきはここまで、フォルが一切の休憩なく歌って踊っていることだろう。


 まずは歌だ。最近はシアも友人とカラオケに行ったりするが、数曲歌っただけで喉がかれてしまう。この点については「口パク」や「当て振り」などと呼ばれる技術でカバーもできる。


 しかし、ダンスは違う。


 分かりやすく目に見えるため、ダンスはどうやってもごまかしがきかない。ましてフォルのファンは目の肥えた人が多いと聞く。サボればすぐにばれてしまうことだろう。


 そんな中で、フォルは常に全力で踊っている。


 シア自身、先日踊ってみたから分かる。普段使わないような筋肉を使うダンスは、非常に体力を使う。踊ってみた動画を撮り終えたシアは、翌日、久しぶりに筋肉痛に襲われたほどだ。


 ましてシアが躍ったのは、「どんなファンでも一緒に踊れる!」で知られる曲だった。それがお遊びだと思えるほどに、フォルがここ数曲披露しているダンスは激しい。


(なのにフォルさん。全然、息が切れてません……!)


 正直、シアにはダンスの良し悪しは分からない。せいぜい「なんかすごい!」程度の認識だ。


 それでも特派員としての知見から言わせてもらうなら、あれだけ激しい動きをして息1つ乱さずに歌って踊るフォルの体力には感嘆せざるを得ない。


 少なくとも、まだまだ入学したての10期生の中では間違いなくトップレベルの持久力だろう。ひょっとすると、シアたちでさえも敵わないかもしれない。


 さらにフォルの場合、権能という繊細なマナ操作さえも同時にやってのける集中力がある。数分などではない。1時間30分以上あるライブの間、ずっとフォルは人々を魅了し続けているのだ。


「――やっぱりフォルさんは、すごいですね」


 シアが言いたかった言葉を漏らしたのは、隣で同じようにフォルを見上げている優だ。


 開演前にはあれほど緊張していた優だが、気づけばフォルのライブに引き込まれてしまっているらしい。


“憧れ”を一心に宿した子供のような、優の熱い視線。それを独占するフォルに、少しだけ嫉妬心を燃やしてしまう。そんな自分に辟易としつつ、シアは改めて確信する。


(フォルさんに、権能(ノイズ)なんて必要ありません!)


 見ての通り、権能の影響を受け付けない2人が間違いなく魅了されてしまっている。きっとフォルの歌と踊りは、どんな人をも魅了する力を持っているに違いないのだ。


(だから、フォルさん! 気づいてください……!)


 手と手を合わせ、祈るようにしてステージで踊るフォルを見上げるシア。と、再び曲が止んで、次の曲へと移り変わっていく。


 聞こえてきたのは、ボーカロイド調の曲だ。ダンスが控えめなぶん非常にテンポが速く、曲の音域も広い。それでいて妙に耳に残る中毒性がある曲だったはずだ。


 シアもライブで聞いて以来、お風呂で“それっぽく”鼻歌を歌ってしまうお気に入りの曲。聞いているだけで身体がリズムを刻んでしまう。


 ただ、なぜだろうか。最後の部分で、シアはこの曲に乗り切れない。


 その理由が権能というノイズであることは疑いようがないだろう。が、直感的に“それだけではない”ことをシアは知っている。


 事実、フォルが権能を前面に押し出さなくともシアはフォルのライブに違和感を覚えていたのだ。その違和感について第三校で話し合った時、優たちは権能だろうと結論を出している。が、シアだけは「それだけじゃない」と感じていた。


 その違和感が、この曲で再び感じられるようになった。


(先ほどの曲も、その前の曲でも。この違和感はなかったんですが……)


 果たして自分は、フォルの何に違和感を覚えているのか。ペンライトを握りしめて考えるシア。


 違いといえば、やはり曲の雰囲気だろう。


 可愛い・明るい曲に対してシアは違和感がある一方、格好良い・暗い曲にはない。だが、3曲目のバラードの時にシアは聞き惚れることができていた。


(つまり、曲の遅い速いが関係しているわけではなさそうなんですよね……)


 独特のリズム感を持つがゆえに周囲と少し違うテンポで揺れるシアは、違和感の正体を探りながらステージを見上げる。


 踊りで魅せるよりは聞かせる曲ということもあって、フォルのファンサービスにも熱が入っている。曲の合間にはファンと一緒に盛り上がり、サビの部分ではファンと一緒になって簡単な踊りを披露する。


 ライブを構成する要素が歌と踊りだけではないこと。また、フォルが歌と踊り以外にこそ力を入れていることがよく分かる一幕だ。


 フォルもファンも皆が笑顔で、とても楽しそうで嬉しそうに見える。だというのに、シアは一層強くなる違和感に顔をしかめてしまう。


(曲に対して違和感があるわけじゃなさそうなんですよね……。と、なると。もしかして……?)


 そう思いながら、シアは改めてファンとコール&レスポンスを行なっている楽しそうなフォルを見遣る。


 確証はないし、シアの知る“天人・フォル”では考えられない。が、フォルを取り巻く環境を思うと、違和感の正体は“それ”以外に考えられないのもまた、事実だ。


「確かめてみる価値はあります……!」


 その後、さらに3曲ぶっ通しで披露されたフォルの楽曲。計10曲を歌いあげたところで、遂に、シアが待ちに待ったMCの時間がやってくる。


 前回。第三校では雨にかき消されて届かなかった声を、改めて届けるために。


「フォルさん! お話があります!」


 音が止んだライブ会場で、シアは改めて立ち上がるのだった。




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