第2話 Are You Ready?
城ホール。最大観客収容人数は約16,000人を誇り、無名のアイドルがライブを開くにはかなり大きな、あえて言うなら「無理がある」会場だと言える。
しかもフォルは世間の極秘裏にアイドル活動を続けており、拠点も東京だった。たとえアイドルとしてのキャリアが5年以上あるのだとしても、大阪の城ホールを観客でいっぱいにするのにはかなり苦労する。
それはアイドル・フォルを管理するホーリープロダクションも理解しているらしい。今回の大阪でのラストライブはアリーナ席のみの5,000人規模のライブをするようだ。
前売りチケットの代金が30,000円。改変の日以前よりも物価が倍以上になっているとはいえ、かなり強気な値段設定といえる。
それでもチケットが完売しているのだから、優としては驚きだ。
調べてみたところ、現在、城ホールを1日借りるのに1億円近くかかるという。が、アリーナ席を埋めるだけで、運営会社兼事務所であるホーリープロダクションはきちんと採算をとっているようだった。
午後6時の開演に合わせ、1時間前に当たる午後5時からの入場となった優、春樹、シア、首里の4人。中央にある円形のメインステージを囲むようにして置かれたパイプ椅子に、4人で並んで座る。
ステージからの距離は近すぎず、遠すぎず。観客が居たとしても、特派員として培った障害物をよける技能があれば、ステージまで行くことができる距離だ。
事前に席は調べていたとはいえ、想像するだけと現実で見聞きするのとでは大きく異なる。その点、シア1人くらいならステージまで上がることができる距離感には、優たちも一安心だった。
ライブまではまだ1時間近くある。だというのにもうすでに席は半分以上埋まっている。みな、物販で手に入れた法被やペンライトを持ち、子供のよう笑顔と瞳でメインステージを見上げている。
そんな中、パイプ椅子に腰かける優の表情は暗い。
もちろん優もフォルのファンとして、彼女のライブは楽しみだ。が、今回に限って言えば、純粋に楽しむことができない。
その理由は、優のすぐ隣でぶつぶつと念仏のようなものを唱えているシアが居るからだ。
「MCの時に声をかける、MCの時に声をかける、MCの時に声をかける……!」
自分たちがフォルに声をかけるタイミングをあえて言葉にすることで、ブレーキをかけているシア。こうでもしないと、フォルの姿を見た時点で突っ込んでいく自信があるからだ。
シアの言うMCとは“Master of Ceremonies”の略。ライブで使う場合、曲と曲の間に挟まる休憩兼小話の時間となる。
首里の話では、1人で1時間半近いライブを行なうフォルは必ず1回以上MCの時間を挟むという。
曲が止み、観客たちも鎮まるこのタイミングで、シアはフォルに声をかける予定となっていた。
一応シアは事前に、フォルの楽屋を尋ねようとした。が、あえなく失敗している。ならば、と、関係者を装って関係者入口からの侵入を試みるも、当然のようにつまみ出された。
最後の最後。権能を使って強行突破することも考えたが、それはやめた。権能を使って人の運命をゆがめてしまえば、「権能など使わなくてもいい」という自分の言葉が薄っぺらくなってしまう気がしたからだ。
ゆえにシアは、ある意味彼女らしく、まっすぐにフォルとぶつかることにする。
言うまでもなくライブ中にアーティストに話しかけるなどご法度だ。あるいは「可愛いよ~」「確かに~」などの合いの手は、これまでのライブでもよく聞こえた。
しかし、シアが今回試みようとしているのは対話だ。ライブの雰囲気をぶち壊し、観客から顰蹙を買うこと間違いなしのバッドマナー行為だ。
(――それでも私は、フォルさんを助けたい……!)
今すぐに、でなくても良い。最終的にフォルを助けるのが自分でなくても良い。ただ、今はフォルに、自信を取り戻してほしい。
フォルの歌と踊りには、人を笑顔にする力があるのだ、と。権能なんて使わなくても、ありのままのフォルのパフォーマンスでも人は心を動かされるのだ、と。知ってほしい。
そして、いつか。フォルを利用している“悪徳宗教団体”兼“悪いプロデューサー”兼“悪い所長”である養父のもとからフォルが抜け出せるように。
「私がフォルさんを、助けるんです!」
ふんすっ、と、鼻息を荒くするシアのことが、優としては気がかりで仕方ない。
どうにかここまで、シアに犯罪まがいの行動をさせることなく来ることができた。ただ結局、こうしてライブ中のフォルに話しかけるという手段しか、優には思いつかなかった。
(一応、威力業務妨害罪なんだろうな……)
シアをなだめるにあたり、少しだけ法律を学んだ優。その中で、今回自分たちが行なおうとしていることについても調べてみたところ、それらしい罪状が出てきてしまった。
もちろん、実際に訴えられるようなことは無いだろう。
というのも、秘密主義のフォル達は事件が大事になることを絶対に避けるだろうからだ。せいぜい係員が飛んできて会場からつまみ出され、厳重注意をされるだけにとどまるに違いない。ゆえに優たちも強気に出ているわけだが――。
(最悪は退学、なんだよな……)
もし万一にもホーリープロダクションが法的手段に出て起訴された場合、まず間違いなく優たちは有罪&罰則を受ける。
そうして刑事罰を受けた場合、第三校は優たちを退学処分にすることだろう。もちろん受験に受かれば再入学もできるだろうが、公務員育成を目指す学校だ。書類審査のタイミングで落とされることは、まず間違いない。
つまり優は、フォルを救い、ホーリープロダクションの悪事を世間に公表する代わりに、夢を絶たれる可能性があるのだ。
みんなが楽しみにしているライブを、台無しにしてしまう申し訳なさ。そして、自身の夢が途絶えてしまう可能性がある緊張感。その2つのせいで、優はどうしてもライブを楽しみにすることはできない。
(それでも、なんだよなぁ……)
フォルを取り巻く環境と、彼女の父親がほぼ間違いなく行なっている悪事を見逃せる優でもない。
手の届く範囲で困っている人を見逃すようなことがあれば、自分が自分でなくなってしまう自信がある。少なくとも将来、胸を張って特派員を名乗ることができなくなってしまう。
優は、まず手の届く範囲に居る人々を守ることを誓った。シアとフォル、見ず知らずの観客たち。それらを比べたとき、自分が優先するべきは誰なのかをどうにか導いた形だった。
そうしてライブに向けて少しずつやる気を燃やす優とシアとは対照的なのが、春樹だった。
「……なぁ、シアさん。それに優も。本当にやるのか?」
今回、彼は最後までシアの強硬策に反対だった。
一緒に戦う仲間とはいえ、いや、仲間だからこそ、できれば人に迷惑をかけることはしないでほしいと思ってしまう。
ゆえになるべく事態を客観視して、優に次ぐ第2のシアのブレーキとしての役割を担ってきた。
――それでも。
「もちろんです! 他のお客さんには申し訳ありませんし、罪だって償います。でも、それでフォルさんを少しでも助けられるのなら、本望です」
覚悟を決めているらしいシアの言葉。そして、
「……ああ。困っている人が居るなら助ける。それは、当然だからな」
迷いながら、結局は人助けの道を選ぶ。根っからのヒーローであるらしい優の言葉には、苦笑するほかない。
結局のところ、自分には天の代わりなどできないのだと理解する春樹。なにせ今の2人の言葉と顔を見て、自分も腹をくくるしかないと思ってしまっているのだ。
もしも本当に、それこそ天のように常に俯瞰的な視点を持つ冷静さがあるなら、無理やりにでも優たちを止めたことだろう。
「……春樹はやっぱり反対……なんだよな?」
少し気まずそうに聞いてくる優の言葉に「あったりまえじゃん!」と答えられるのが、神代天なのだ。
しかし、瀬戸春樹は違う。巻き込んでしまって申し訳ないと言いたげな顔の親友の頭に手を置いて、
「いや、悪い。本当はオレだってフォルさんを助けたかったんだ」
つい本心を言ってしまう。
「だってオレ、フォルさんのファンなんだぜ?」
そう言って、自分が羽織っている白い法被――35,000円――を見せびらかす春樹。
どれだけ優たちの熱に中てられまいとしても。
ヒーローのように「人を助けたい」と常に考え、行動する。そんな神代優に憧れる春樹が、悩み苦しんでいるらしいフォルを放っておけるはずもなかったのだ。
――格好つけても結局、そうなるんじゃん……。
どこかでため息をついているかもしれない天の姿を思い浮かべながらも、もう春樹はブレーキを踏まない。
「ま、一緒に怒られようぜ、優、シアさん!」
そう言って歯を見せて笑う春樹に優とシアがそれぞれ「春樹!」「春樹さん!」と目を輝かせる。だが、最後の1人。春樹の反対側、きちんとシアの隣を陣取った首里だけは、
「ふんっ、なに言ってるんだか……」
呆れたような目を春樹に向けていた。
そんな首里だが、彼女ももちろん今回のシアを中心とする作戦には参加する。理由は言うまでもなく、フォルのためだ。
昨年の夏も、ほとんど顔見知りのシアのために両親を説得し、優たちを披露宴へと招待している首里。彼女にとって女性の天人は神聖なものであり、敬うべきもので、何よりも守られるべきものなのだ。
そんな彼女がフォルの置かれている不幸な状況を知って、動かずにいられるわけがない。この4人の中で一番やる気に燃えているのは他でもない、首里だろう。
実は彼女だけはこの作戦で、別の目的を持っている。それは、身の程知らずにも天人を利用するただの人間――フォルの父親をぶっ飛ばすことだ。
人間が天人に利用されるは当然として、その逆などあってはならないというのが首里の思想だ。まして白髪の天人という、首里にとっては非常に“ありがたい”存在を、フォルの養父は欲望だけで汚しているのだ。
――ありえない。ありえてはいけない。
女性の天人への過剰な信奉心。魔力至上主義者としての“一般人”への評価。そして、極度の男性嫌い。その全てが、首里を狂わせる。
(ああ、フォル様……。今わたくしが、お助けいたします……!)
たとえフォルの養父を殺して、自分が罪人になろうとも。
可憐で、きれいで、けなげで、可愛くて、美しくて、神聖で、神秘的で、尊いフォルのためならば問題ない。いや、むしろ天人をクソ人間の手から助けたという実績に、胸を張ることさえできる。
それが首里朱音という少女だ。
当事者であるシアでさえも生ぬるい熱と覚悟を首里が燃やしていることなど、優たちが知るはずもない。
「シア様。それから、男子2人。しつこいようだけど、最終確認よ」
首里の一声で、優たちも作戦の最終確認を行なっていく。
特に重要なのは、警備員への対処だ。
優たち特派員に許されているのは、魔獣を含めた緊急時の魔法使用だけだ。決して私的に利用してはならない。
ゆえに無手で警備員たちに対処する必要があるわけだが、暴力も振るってはいけない。暴行などに発展すれば、さすがに事務所も法的手続きを取ることになる。いよいよもって退学が濃厚になるからだ。
つまり、優たちに許されているのは陽動とかく乱、逃走だけだ。
絶対に誰も傷つけない。そのうえでシアが言いたいことを伝え終わるまでの時間を稼ぐ。ただの特派員生活では絶対に求められないような経験が、優たちには求められている。
それでも、フォルを助けたいという1つの想いを胸に、優たちは戦士の顔でライブに望む。
やがて照明が落とされ、場内モニターに映像が流れ始めた。鼓膜が震えるような爆音が場内に響き始めると同時。ファンたちが一斉に、曲に合わせたコールを始める。
始まりから最高潮。
下々の者が、我らが神を迎える準備を完全に整える。その瞬間を見計らっていたかのような最高のタイミングで、
「――Are You Ready?」
【歌】と【踊り】を司る女神が、城ホールに降臨した。




