第7話 フォル達の真意(?)
“神”を名乗る謎の人物からの情報と首里による裏付けにより、フォルのトラウマとなったライブの裏事情を知った優たち。
早速、シアを経由してフォルに各種証拠画像と情報をメッセージアプリで送ったのだが、
「既読が付かない、ですか?」
優の言葉に、シアは「はい……」と眉尻を下げながら頷く。
時刻は放課後。優たちがフォルのトラウマライブについて調べた、その日のことだった。
優たちが今いるのは、9期生が暮らす寮の1階部分にあるエントランスロビー。4人掛けのテーブルを優と春樹、シアの3人で囲んでいる状況だった。
「昨日、春樹さんに教えていただいた情報と画像。また、首里さんの証言を合わせてフォルさんにお伝えしたのですが……」
メッセージアプリの画像を優たちに見せるシア。そこには、既読の付いていないメッセージが残されているだけだ。
しかし、実は優たちに驚きはない。むしろ「やっぱりか」というのが3人の感想だ。なぜなら――。
「フォルさん。学校も休んでたみたいだしな」
春樹の言葉に、優とシアは良く磨き上げられたクリーム色の床タイルを見つめる。
早朝、優たちとの語らいを終えてからというもの、フォルの行方がぱったりと途絶えた。
それを優たちが知ったのはつい先ほどのこと。10期生たちにフォルの所在を聞いてみたところ「今日は来ていなかった」という情報を掴んだのだった。
優とシアの目には今朝のフォルに思いつめた様子はなく、休むような気配もなかったように思う。早朝トレーニングに向かった姿を見てもそうだ。むしろ本当に退学するつもりがあるのかとさえ思えたほどに、フォルは“いつも通り”だった。
何かトラブルがあったのかもしれない。そう考えたシアがフォルの部屋を訪ねてみたが、留守。念のために裏に回ってフォルの部屋の明かりを確認してみるも、人気はない。
そうしてフォルの行方を捜索しているうちに春樹の部活が終わったため、こうして3人で緊急会議と相成っていた。
「聞きづらいんだが、フォルさんがもう退学した可能性は?」
春樹の言葉に首を振ったのは、優だ。
「シアさんにフォルさんの部屋を見に行ってもらっている間、俺の方で教務課に確認してみた。だが、少なくとも今日、誰かが休学届・退学届けを出したって話は聞いていないって事務員さんは言ってたな」
もちろん優を対応した事務員が知らなかっただけの可能性もあるが、少なくとも今日は、フォルを含めた誰も、休学・退学届けを出してはいないらしい。
「なるほど……。と、なると。前みたいにレッスン関係で学校を休んでる可能性があるわけだな?」
「ああ。春樹。フォルさんの次のライブはいつなんだ?」
優に聞かれ、ファンクラブサイトを確認する春樹。と、フォルのスケジュールを見て嫌なことに気づいてしまう。
その苦渋の表情がつい顔に出てしまったらしい。シアがすかさず「春樹さん? どうかしましたか?」と、不安そうに聞いてくる。
「いや。まずはフォルさんの次のライブなんだが、今週末だ。しかも、城ホール」
「「……え?」」
春樹が明かした情報に、優とシアが声をハモらせる。
「ついでにその次のライブは『Coming soon…』、らしいぞ」
「ま、待て、春樹。フォルさんは先週、ライブをしたばかりだぞ? いくら何でも間隔が近すぎないか?」
地下アイドル文化には明るくない優。それでも現役の学生が毎週末、ライブをすることなどあるのだろうか。
いや、万一そんなことがあるのだとしても先週NHSホールでライブをしたばかりなのだ。そんなフォルが翌週、さらに大きな城ホール――大阪城のすぐそばにあるホール――でライブをするなど、あまりにも過密なスケジュールのように思える。
まして、次のライブは未定なのだという。もっと余裕を持ったスケジュールにした方がフォルの負担も少ないし、ライブ演出を考える時間もあっただろう。
にもかかわらず、なぜこの時期に、これほどまでの過密スケジュールを組んでいるのか。と、そこまで考えて優もようやく、春樹の渋面の理由に思い当たる。
「そうか! フォルさん、もしかして最初から……?」
訳知り顔の優に、春樹も苦い顔のまま頷く。他方、置いてけぼりを食らっているのはシアだ。「えっと?」と困惑を隠すことなく、男子2人に事情説明を求める。
「シアさん。フォルさんは確か、シアさんに会いに来たって話していたんですよね?」
「えっ? あ、はい。私に会うために第三校に来た、と。そんな嬉しいことを言ってくれていました」
「そうですよね。俺は、フォルさんは特派員になるついでに、シアさんに会いに来たんだと思っていました。ですが……」
そこまで言ったときようやく、シアが紺色の瞳を大きく見開くことになる。
「優さん、春樹さん……! もしかして逆、ですか……!?」
シアの言葉に、優も春樹も険しい顔のまま頷く。
そう、逆なのだ。フォルは言葉通り、ただシアに会うためだけに第三校に来たのだろう。
優たちがすぐにこの考えに思い至らなかったのは、第三校には特派員になりたい人しか来ないと思っていたからだ。実際、優たち自身もそうだし、周囲の友人たちもみな、特派員になるためにこの学校に来ている。
なにせ第三校は死と隣り合わせの日々を送る場所だ。伊達や酔狂で来るような場所ではない。
だがフォルは違う。
「フォルさん。本当に、私に会うためだけに、第三校に……!? う、嬉しいですが、それだけのために第三校に来てしまうのは、友人としてはちょっと……」
喜ぶべきか心配するべきか、シアとしては悩ましい。東京からの長距離移動もそうだが、フォルにとって“シアと会うこと”は、命を懸けるに値する目的だったようだ。
だが、当然、事務所がフォルの勝手な行動を許さないことも理解していたに違いない。早い段階で連れ戻されると予感していたのだろう。いや、最悪、入学辞退の可能性だって十分にあったはずだ。
それを防ぐために、フォルは恐らく交渉を持ちかけたに違いない。
「恐らくフォルさんは大阪に来るにあたって、期限付きで東京に戻ることを所長と約束したんだと思います。事務所側も、大阪で新規顧客を獲得できる」
ゆえに事務所は、フォルを無理やり連れ戻そうとはしなかった。
つまり、フォル達は最初から大阪に長居するつもりはなかったのだろう。ゆえに限られた期限内で、多くのファンとお金を獲得できる過密スケジュールを組んでいると考えられた。
「そして、俺たちの予想が正しいとするなら、ですが。フォルさんに今週末以降のライブの予定がない理由は――」
「週末のライブを最後に、フォルさんが東京に帰るから……っ!」
優が言いたかったことを最後にシアがかっさらったが、そういうことだ。
もしフォルがこのまま東京に帰るのであれば、優たちがフォルと接触を図るのはかなり困難になる。さらに言うと、優たちに残された時間はあまり多くない。
「今朝がまさか、フォルさんと話す最後のチャンスになったかもしれないだなんて……」
既読の付かない携帯を胸元に抱き寄せ、グッと奥歯をかみしめるシア。
しかし、かつてのシアならともかく、今のシアは望まない現状をただ受け入れるだけではない。彼女がなりたいのは悲劇のヒロインではなく、かつて本で読んだ、皆を導く格好良い女神だ。
ほんの数秒、俯いたシアが顔を上げたとき、彼女の顔から悲痛さは消えている。代わりに浮かんでいるのは、諦めたくない想いだ。
「優さん、春樹さん!」
力強い呼びかけと表情からシアが何を言いたいのか、察せない優と春樹ではない。
たとえフォルの退学がもう変わらないのだとしても、だ。“汚い大人”の策略で、自身の歌と踊りに自信を持てなくなった友人にシアは伝えたい。
――フォルさんの歌と踊りは、最高なんです、と。
権能など使わなくとも最高のライブができるのだ、と。そう自分を誇れるようになってほしかった。
しかし、肝心のフォルの所在がつかめない。前回の失踪の際はシアがフォルと連絡をとれたために一安心だったが、現状、フォルがシアの連絡に反応する様子はない。
「シアさん。フォルさんのメッセージの頻度って、どれくらいですか?」
フォルもレッスンなど、メッセージを確認できない時間が多い方だろう。折悪くメッセージが確認できないだけではないのか。確かめる優に、シアは相変わらず既読が付かないメッセージ画面を見つめて言う。
「たとえレッスン中でも、お昼に送ったメッセージにこの時間までフォルさんが反応してくれないことはありませんでした。それにフォルさん、あまりお友達が多くないみたいで……」
シアが知る限り、フォルが友人とメッセージでやり取りをしているような場面は見かけなかった。実際、メッセージアプリの「友だち」の欄にも、ほとんど人が登録されていなかった。
だからこそシアはフォルがクラスで孤立してしまっていると思い込んでしまったのだが、ともかく。
友人が少ないフォルがメッセージをする相手は限られ、シアのメッセージの通知が埋もれてしまっているという事態もないと思われる。
「と、なると。フォルさんは携帯を触れない環境にある……。そう考えていいか、春樹?」
「もっと言えば事務所の方に携帯を取り上げられている。そう考えていいですよね、春樹さん!?」
フォルを使って悪徳商売をしているような事務所だ。多少強引な方法でフォルを拘束しているに違いない、と、優たちが決めてかかる。
再び熱くなり始める2人に対して、それでも春樹は冷静でいることに努める。
もちろん春樹も、優とシアと同じようにフォルは心配だ。過酷な家庭環境に居ることも恐らく間違いないのだろう。
だが、春樹自身よく口にしていることだ。春樹は自身の身の程をわきまえているからこそ、優先順位というものを大切にしている。
そして、フォルの身の安全よりも、優とシアが暴走して犯罪者になってしまうのを防ぐ方が、春樹にとってはよっぽど優先度が高い。
だからこそ春樹は、距離を置いた場所から今回の騒動を見つめる。物語のように自分たちが主人公になるのではない。もっと現実的な、地に足のついた解決策を提案する。
「待て待て2人とも。もしそうだとして、だ。結局、オレ達にできることは無い。せいぜい、特警……最悪、モノ先輩にでもいい。集めた情報を渡して、捜査してもらうのが関の山だ」
たとえフォルが事務所の策略でトラウマを植え付けられ、意に沿わない形でライブをしているのだとしても。携帯を取り上げられた状態で、レッスンなどをさせられているのだとしても。
ただの特派員見習いでしかない自分たちにできることなど無い。そのスタンスを、春樹が変えるつもりはない。
「それに、子供の日のライブは首里さんとご家族の厚意があってどうにか行けたんだ。今回もってわけにはいかないだろ? さすがに厚顔無恥が過ぎる」
「それは……。そう、だな……」
春樹の指摘に、優は自分が少し前のめりになってしまっていたことを自覚してソファに座り直す。
ライブは今週末と言ったように、今回のライブも今からチケットを取れるような状況ではない。
このまま優たちが暴走して法を犯す可能性があるくらいなら、春樹としてはこのままフォルには東京に帰ってもらいたい。そうなれば物理的な距離を理由に優たちに今回のフォルの件から手を引くしかなくなるからだ。
その後に改めて、集めた情報を特警などに提供し、専門家たちにフォルを取り巻く環境の改善をしてもらいたいところだ。
「これ以上は出しゃばりすぎ、なのか……?」
「うぅ……。私たちではもう、フォルさんに何もしてあげられないんでしょうか……?」
隣と正面で気落ちする2人には悪いと思いながらも、これで良いのだと春樹は自分に言い聞かせる。
“セルの手足”である天が居ない今、“セルの心臓”であるシアと“セルの頭脳”である優をけん制できるのは“セルの顔”である春樹しかいない。
「……うしっ。それじゃあこの話もここまでに――」
春樹が最後に会議を締めようとした、まさにその時、
「――話は聞かせていただきました、シア様」
優とシアからすれば「願ったり叶ったり」。春樹からすれば「最悪のタイミング」で、フォルへ続く道を持っているかもしれない首里朱音が姿を見せたのだった。




