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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・後編……「空を切る手のひら」

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第6話 サイレントライブ




『それじゃあ、ね』


 言って早朝のランニングへと繰り出したフォルの背中を、優もシアも追わなかった。いや、追えなかった。フォルが語った過去の出来事を、優もシアもすぐに飲み込めなかったからだ。というのも――。


「フォルさんが歌って踊って。盛り上がらないなんてこと、本当にあるんでしょうか……?」


 シアがポツリとこぼした声に、優はすぐにありえないと首を振る。


 優が把握している限り、フォルが権能を使わずに歌って踊った機会はたった一度。入学式の日に、彼女がシアを呼ぶようにして春を歌ったあの時だけだ。


 だが、だからこそ分かる。【歌】と【踊り】を司り、芸術の才能に恵まれた彼女が歌うだけで、聞く人だれをも魅了してしまっていた。


 彼女が自身の才能を発揮して人々が魅了されないなど、絶対に()()()()()


(そもそもフォルさんが何も気にせずに歌えば、普通の人間が夢中になって狂うこと。それはフォルさん自身も知っていることじゃないのか……?)


 何もせずに歌えば、ファンが家や学校に押し寄せてくるくらいに熱狂してしまう。だからフォルは権能を使って、人々の動きを抑制していたはずなのだ。


 だというのに、フォルは素の自分が歌えば誰も喜ばない、盛り上がらないと言っていた。


 明らかに、言っていることと行動が矛盾している。


 かと言って、フォルが嘘や冗談を言っているような素振りはなかったように優は思う。己の身を抱いて惨憺(さんたん)たるライブについて悲しそうに、悔しそうに語っていたフォル。彼女の姿は確かに、自身のトラウマを語る人そのものだった。


「シアさん。フォルさんに誤魔化すような素振りはありましたか?」


 念のため、フォルと昔馴染みかつ天人としての直感も持っているシアに聞いてみる。と、やはり、優と同じでフォルが嘘をついているようには見えなかったと語った。


 つまりフォルは本気で、素の自分のパフォーマンスには価値がないと思っているらしい。


 しかし、繰り返しになるがそんなことはありえない。


 フォルの歌と踊りは素人の優をしても圧倒されたし、感動した。入学式の日に時計台広場で彼女を見ていた学生たちもみな、間違いなくフォルに見惚れていた。


「何度もすみません、シアさん。入学式の日、フォルさんの歌に違和感はありましたか?」


 フォルのアイドルとしてのライブに違和感があるらしいシア。恐らくその違和感の正体は権能なのだろうというのが優とシアの予想だ。


 つまり、入学式のゲリラライブでもシアが違和感を覚えていたのであれば、あの時もフォルは権能を使っていたことになるのだが――。


「いえ。それもなかったと思います。むしろ歌の雰囲気があの頃と同じだったからこそ、私はフォルさんだと気づけました」


 シアは再び首を横に振る。


 そもそもあの時にフォルが権能を使ってくれていれば、ゲリラライブの動画が流出するようなことは無かった。また拡散された動画を見た老若男女が熱狂して学校に押し寄せ、退学・休学騒動になるようなこともなかったのだ。


 つまり、性別も年齢も問わず、聞いているだけで笑顔になってしまうような魅力を確かにフォルは持っているはずなのだ。


 そんなフォルがライブに失敗した理由とは、何なのか。


「はっ! 優さん、優さん! 私、気づいてしまいました!」


 犯人見つけたり、と言わんばかりに鼻息を荒くするシアをなだめつつ、優は彼女の話を聞く。


「みんな、フォルさんのパフォーマンスに圧倒されてしまったんです! なので、盛り上がるよりも先に呆けてしまった、というのはどうでしょうか!?」


 フォルのライブが盛り上がらなかった件について、シアはそう推測したらしい。そして、その線も十分にあるというのが優の見解だ。


 それこそ入学式のパフォーマンスがそうだった。皆がフォルの歌に聞き惚れ、我も言葉も失ってしまっていた。それはシアがフォルを連れ去ってからも数秒間続くほど深く余韻の残る感動だった。


「あり得ますね。……ですが……」

「……? 何か引っかかるところでもありますか?」


 自分の推理は間違っているだろうか。心配を下げた眉に乗せるシアに、優は小さくうなずく。


「あの時フォルさんが歌ったのは、バラードよりの曲調でした。ですが、恐らくフォルさんがライブで歌ったのはもっとアップテンポな、それこそこれまでのライブの曲とよく似たものだったと思うんです」


 バラードで「盛り上がらなかった」と落胆することは無いように思う。むしろ会場全体が一体になって盛り上がることができる曲だったにもかかわらず、観客が盛り上がらなかったからフォルはトラウマを負った。


 優が語る予想に、シアも「確かに」と相槌を打つ。


 となると、フォルのライブが盛り上がらなかった理由は何なのか。シアも優に倣って考える。


(フォルさんがパフォーマンスに失敗した……? いえ、だとするとハッキリと理由がある分、フォルさんが落ち込むとは思えません)


 自分のベストを尽くしたうえで、なおも観客が盛り上がってくれなかった。だからフォルは自身を失くしてしまったのだろう。


(と、なると……)


 性善説を信じるシアがなるべく考えないようにして居た最後の可能性は、ゆっくりと口を開いた優によって明かされる。


「残る可能性は、サクラか……」


 サクラ。偽客(ぎきゃく)とも呼ばれる、客のフリをした人々のことだ。


 通常サクラは、ライブが盛り上がっているように見せたり、客を先導したりする理由で雇われることが多い。


 だが、フォルは恐らく逆のことをされたのだ。


 ライブが絶対に盛り上がらないようにするために雇われた、偽物の客。それが恐らく、ライブ会場を埋め尽くしていたに違いない。


 その目的はもちろん、フォルの自信をへし折るためだ。自分の思う通りにしてもダメで、言われた通りにする方が正しい。そう彼女に思い込ませるために運営――ホーリープロダクション――が雇ったのだろう。


 フォルのライブは完全会員制だ。裏を返せば、全員が運営の息がかかった人々だと考えていい。先日の春樹の話ではないが、見返りとして特別な権利を用意されれば、ファンも喜んで運営の指示に従っただろう。


「もともと歌と踊りに自信があって、失敗もしていなかっただろうフォルさんです。たった1回……ほんの1回の“失敗”でも、深い心の傷になってもおかしくありません」

「そのトラウマのせいで、フォルさんの性格も変わってしまった……。そう考えると、つじつまも合います……」


 優の推測を、シアが悲しげに補足する。


 失敗し、挫折して、従順になったフォルを使って、ホーリープロダクションは悪徳商売をしている。もはや完ぺきとさえいえる筋書きが、優とシアの中で出来上がった瞬間だった。


(だが、やはり決定的な証拠がない……)


 優は静かに奥歯をかみしめる。


 確かにフォルの養父を含めた運営はかなり黒寄りのグレーだ。人狼やマーダーミステリーなら犯人として吊るし上げるのに十分すぎる状況証拠がある。


 実際、優の隣に居るシアは「フォルさんを使ってお金儲けなんて……。許せません!」と、うっすらと白いマナを漏らしているほどだ。


 しかし、やはりフォルとの関係性がまだ遠いからだろうか。優にはまだ、冷静な部分があってしまう。


 フォルが運営に利用されていることは、モノからの情報でもおよそ分かっていることだ。だが、確証がないこともまた、優は理解してしまっている。


 明確にフォルの養父や運営が「悪・敵」でない限り、優はどうしても踏ん切りがつかない。


 果たして自分たちは本当に、正しいことをしているのだろうか。自分の正義は、したいことはどこにあるのか。


 優が答えを得たのは、昼休みのこと。今回のフォルの件に対して消極的だった春樹にも一応、今朝の事の経緯(いきさつ)を共有したときのことだった。


「盛り上がらないライブ……か。優、シアさん。コレ、ちょっと見てくれ」


 そう言ってメッセージアプリに画像を飛ばしてきたのは春樹だ。


 なお、優たちは絶賛、二食でお昼ご飯中だ。放っておくとまたしてもフォルのもとへ直行しかねないシアを、優と春樹が昼食の名義で監視していたのだった。


 そんな中、春樹が送ってきたのは十数枚にわたるスクリーンショットだ。その1枚目に書かれていた文言を優が読み上げる。


「『サイレントライブのお知らせ』……?」

「おう。なんかずっと昔、フォルさんのライブで1回だけ開催された、特別なライブらしいんだ」


 春樹の話では、普段のコール&レスポンスを禁止し、フォルが披露する歌と踊りを静かに傾聴する。そうして改めて彼女のパフォーマンスの凄さを知る。そんなライブだったらしい。


「これって……!?」


 思わず椅子から立ち上がったシアがそう言ったように、これこそが恐らくフォルのトラウマライブの正体なのだろう。


 てっきり、人が悪意を持ってライブを静観していたのだと思っていた優とシア。だがふたを開けてみれば、ファンの人々は善意で、イベントの一環としてフォルのライブを清聴していたらしい。


(それもそうか。みんな、フォルさんのことが好きなんだ。あの人が悲しむようなことを進んでするはずもない……)


 勝手に居もしない“敵”を作ってしまっていた自分に、優は心底辟易する。だが、ここですぐに思考を切り替えられるのが神代優だ。「けどな」と続いた春樹の話へと、すぐに意識を切り替える。


「これが会員用のページなんだが……」


 春樹が優たちに見せたのは、電子版会報のバックナンバーだ。当然、ファンクラブ設立当初からの会報が閲覧できるようになっているのだが、どういうわけかサイレントライブのお知らせに該当するものが存在しない。


「……この画像が作り物の可能性は?」

「オレもそう思って首里さんに聞いてみたんだ。そうしたら確かに中学の頃……フォルさんのファンクラブが出来立ての頃に、そんな会報が届いてたらしいんだ」

「中学の頃って言うと、フォルさんが関東で活動してた頃だよな? なのに首里さん、そのころからファンクラブ会員なのか……」


 そんなことあるのか、とも思う。が、魔力至上主義者としての特別なコネクションを持ち、女性の天人が大好きな首里ならばありえてしまう。そう優も思えてしまうのだから不思議だ。


 いずれにしても、サイレントライブがあったのは間違いないらしい。だがその試みはフォル本人には伝えられておらず、彼女の目からすれば全くライブが盛り上がっていないように見えた。


「しかも、運営の(かた)はこのサイレントライブに関する会報を消しています! やましいことをした証です!」


 鼻息荒くシアが言うように、優たちがまさに今求めていた情報――運営の悪意の証拠――が、春樹からもたらされた形だ。


 だからこそ、優は疑ってしまう。まるで自分たちの動きを予見していたかのように、この情報がもたらされたのだ。


 「早速フォルさんにお伝えしなくては!」と、携帯を操作するシアの横で、優は目の前で牛丼を頬張る春樹に確認する。


『春樹』『このサイレントライブの情報はどこで?』


 会報に乗っていない情報を、春樹はどうやって手に入れたのか。シアを刺激しないようにあえてメッセージアプリ上で聞いてみると、


『いや、な』『今朝、知らない奴からメッセージが来てよ』


 そんな文言が返ってきて、面食らうことになる。思わずじっとりとした目を春樹に向ける優に、春樹が慌てた様子でメッセージをしてくる。


『まぁ、待て、優』『なんかその人』『俺たちがフォルさんのこと調べてるって知ってるみたいだったんだ』


 直後、春樹が該当する人物のプロフィールを映したスクリーンショットを送ってくる。


 ヘッダーもアイコンもデフォルトのまま。紹介分にはただ一言「神です」とだけ書いてあるような、何ともふざけたアカウントだ。


(俺たちのことを知っている……。となると、モノ先輩経由か? あの人のサブ垢の可能性もあるが……)


 モノの性格的に、優に直接情報を教えて恩を売ってきそうなものだ。わざわざ春樹を経由するなどという回りくどい方法も使わないように思う。


(そもそも「神」は何で、春樹の連絡先を知ってる……? 怪しすぎるだろ……)


 あまりにも都合よく欲しい情報をくれた謎の人物『神』。彼、あるいは彼女に対し、優は警戒心を募らせるのだった。




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