第6話 死の予感
ハエの魔獣との戦闘を終え、一息ついた天と春樹。改めて境界線付近の状況を確認していた2人のもとに姿を見せたのは、高い身長にスッと線の細い顔立ち。目も髪も、衣服も黒い、黒が印象的な天人――ザスタだった。
「うげっ、ザスタくんだ」
天が今マナを減らしている主な原因は、森で唐突にザスタに絡まれたせいだ。そのせいで、取りうる選択肢が限定されてしまっている。ザスタに対する天の反応も仕方ないだろう。
「神代と……セルの仲間か」
天と春樹を順に見て、そう言ったザスタ。そういえば名乗っていなかったと春樹は思い出し、改めて自己紹介することにした。
「さっきぶりだな。オレは瀬戸春樹。覚えておいてくれると助かる」
「瀬戸春樹か。すまない、名前を聞いていなかった」
「いいんだ。オレも自己紹介まだだったからな」
互いに非礼を詫びる形になる。春樹の謝罪に対して、冷たい印象の顔に少しだけ笑みを浮かべるザスタ。言葉が少ないだけで、森で会った時を含め、別に悪い奴ではないだろうというのが春樹の印象だった。
「それで、えっと……その娘はどうしたの?」
天がザスタに尋ねたのは彼にいわゆるお姫様抱っこをされている女子学生についてだ。姿を現してからずっと、ザスタは赤毛が印象的な1人の女子学生を抱えていたのだった。
「あぁ、コイツか……」
天の問いかけに対して、ザスタは一度記憶を探るように雨空を見上げた後、口を開く。
「確か、首里と言ったはずだ。森で会った時に突然名乗られていたから、覚えている」
「首里さんって、私と同じ魔力持ちの? 確か春樹くんと一緒のクラスだよね?」
今度はザスタにではなく春樹に聞く天。今の反応からしてザスタが女子学生について知らないことは十分に分かる。であれば、首里という女子学生とクラスメイトであるはずの春樹に尋ねるのが効率的だという判断だった。
「そうだな。でも正直、あんまり良い印象は無いんだけどな……」
そう言って、春樹は知っていることを話すことにする。
首里朱音。身長は160㎝ほど。少し赤みがかったロング丈の髪に、気が強そうな目元。どことなく育ちがよさそうな雰囲気がある16歳の少女だ。魔力持ちで知られ、天と並んで9期生期待の特派員候補生だった。
(で、魔力至上主義、と……)
苦笑しながら、首里を語るうえで欠かせない要素について思い浮かべる春樹。
魔力至上主義は書いて字のごとく、魔力が高い程、価値ある存在なのだという考え方だ。魔法が天人──神──によってもたらされたことから、その基礎となるマナを多く持つ者を“神に愛された存在”だと崇拝している。
逆にマナが少ない者、特に生まれつき魔力が低いと言われる無色のマナは、魔力至上主義者たちの差別の対象になっているのだった。
また、首里は、女尊男卑のきらいもある。
当然、男子であり魔力が低い優や春機に対する態度は冷たく、そんな首里を、春樹と優の方も良く思わないのは仕方のないことだろう。
一方で、女子には友好的に接し、天人や魔力持ちに対しては、ある種、偏執的な態度見せる。そんな人物だった。
(魔力至上主義者ってことは……天には黙っておくべきだよな)
優を含めた無色への当たりがきついことで知られる魔力至上主義者。もちろん、魔力が低いというだけで兄を嫌う魔力至上主義者たちの選民思想を、天は嫌っている。
伝えるにしても今ではないと、春樹は首里が魔力至上主義者であることだけは言わないことにしたのだった。
首里についての一通りの紹介を天と一緒に聞いていたザスタが、
「どうやら1人で南側の魔獣を倒していたようだ。首里と合流した時にはほぼ、マナを使い切っていたな」
首里を発見するに至ったいきさつを語る。
「無茶するね。使命感でもあったのかな? 魔力持ちだし、みんなを守らないと〜、みたいな」
そんな好意的な天の見解には春樹も苦笑するしかない。
(あの首里さんに限ってそんなことないと思うけどな……)
首里にとってほとんどの学生が“愛されていない者たち”だ。そんな人々を首里が守るとは、春期にはどうしても思えなかった。
しかし、もし、万が一、天の言う通りだったのだとしたら──。
「……なんか優と似てるな」
「確かに! でも、倒れるまでってなると、さすがにもう病気だよね。格好良いけど」
主義主張と行動が異なることはよくあることだ。
どんな思いがあったにせよ、率先して魔獣の討伐に動いた首里の行動は、決して嫌なものではないと春樹は思う。ゆえに、春樹は内心、首里への評価を改めることになった。
「俺はまだ魔力に余裕がある。このまま北に行って境界線付近の魔獣を片付けてくるつもりだ。仲間とも合流したい」
天もそうだったが、こういう時、天人や魔力持ちは探索で少し不便を強いられる。〈探査〉を使えないため〈身体強化〉などを使用しながら己の身で、探索活動をするしかないからだ。
「すまないが、首里を見てやって欲しい」
泥で汚れないよう、首里をコンクリートブロックの上に横たえたザスタが、天と春樹に頼んでくる。その際、雨に濡れて体温が下がるのを少しでも防ぐために着ていた黒いジャージを首里にかける。
そんな優しさを見せるザスタに、天は情報交換を求めた。
「北側は進藤さんが行ったから無駄足になるかも。あと、シアさん知らない? 多分、兄さんと一緒にいると思うんだけど」
「シア……? あの女神か。少なくとも俺は知らない。とはいえ女神だ。権能もある。死ぬことは無いだろう」
「うん、まぁ、シアさんの方の心配はあんまりしてないんだけどなぁ……」
少し的外れなザスタの答えに、苦笑する天。それでも、知りたかった情報――優が南側にいないことは分かった。
「とりあえず、ありがと。1人は危ないから、行くなら気を付けてね」
「ああ」
そう言ったザスタは、颯爽と来た道とは反対側へと歩いていく。
ザスタの活躍によって魔獣がほとんど駆逐されたらしい南側には、学生たちがちらほらと境界線まで引き返す姿が散見されるようになっていた。
「さて! 兄さんが来るまで、このあたりの安全は私達が守る! なんてね」
まだまだ余裕であることをアピールするために、あえて茶目っ気を見せながら天が笑う。その頼もしい笑顔に春樹が敵わないと思いながら見惚れていると、
「……!」
真っ白いマナの波動が森の方向から駆けて来た。
「きれい……誰のマナだろ?」
天が思わず感嘆の声を上げる。魔獣に雨と、暗い空気が立ち込める森に居る人々を照らした鮮やかな白色は、まるで希望の光のようだ。
しかし、その魔法に込められた想いはどこか冷たい。
「これは……間違いなくシアさんのマナの色だな。ひとまず無事ってことか」
そう言って安どの息を吐きなから天の方を見た春樹だったが、
「えっ、じゃあこれ、シアさんの魔法ってこと?」
そう言った彼女が浮かべていたのは、困惑の表情だった。
「お、おう、間違いないと思うぞ。白いマナなんて、そうそう見ないからな。それが、どうかしたのか?」
言いながら低い位置にある天の顔を見た春樹は、目を見開く。眉尻を下げ、大きな茶色い瞳が不安で揺れる。そんな弱気な天の表情など、春樹は見たことが無かった。
思わず言葉に詰まってしまった春樹の表情に気付かないまま、天は震える唇を開く。
「多分、今の。魔獣に影響する、というか、殺すための権能なんだけど……」
“直感”で、それが特別な魔法――権能であることを感じ取った天。彼女はさらに、魔法に込められたなんとなくの意図や想いを汲み取っていた。
そして、天が感じ取った権能に込められた願いは対象の死だ。シアは自分たちに迫る魔獣という脅威を、懸命に排除しようとして魔法を使ったのだろう。その内容は問題ない。
しかし、権能を使う時に“対象”として想像した相手が、天にとっては大問題だった。
「シアさん、発動する時に魔獣と、兄さんを想像したみたい……!」
死を願う権能の対象に優が含まれている。春樹には天がそう言っているに聞こえた。
春樹が知る限り、天の直感が外れたことは無い。間違いであってほしいと思いながら、
「……権能については授業で聞いた程度だが、つまり、そういうことか?」
そう尋ねた春樹に、天は恐る恐る首を縦に振る。そして、
「ど、どうしよう……春樹くん! 兄さんが死んじゃう……っ」
悲痛な顔で兄の死を予言した。