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「見ている神がいないなら、この物語は『  』です」  作者: misaka
【踊り】第二幕・後編……「空を切る手のひら」

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第4話 “欲しかった情報”




 シアから、昼休みのフォルとのやり取りを聞き終えたその日の夜。


 優は早速、動き始める。というのも、フォルは天人であり、戸籍上は大人として扱われる。そのため退学届けに必要なのは本人の署名と印鑑のみで、最速なら明日にでも提出できてしまうからだ。


(とはいえ、もし電子署名だったら今夜にでも出されていた。そう考えると、まだ紙でやり取りをしてくれていてよかった……)


 昨年、優たちが第三校に入学するときも、入学届は紙媒体だった。また、天の休学を届け出る時も、優は両親と共に何とも言えない気持ちでペラペラの休学届を見つめたものだ。


 昔も、今も。大切な書類はまず紙に。必要であれば保険として電子で保管する。その仕組みは、あまり変わっていないようだった。


 とはいえ、もうすでにフォルの手の中に退学届けは渡ってしまっているため、事態は急を要する。


 携帯のスリープを解除した優はメッセージアプリを開き、ある人物へと連絡を入れる。普段は相手から自撮り写真が一方的に送られてくるだけのメッセージ欄に、久しぶりに優が発言した形だ。


『お久しぶりです』『良ければ今晩、通話できませんか?』


 一応、先輩であるため、スタンプなどは送らないようにしておく。


 そのまま待つこと1時間ほど。タブレットを使って学校の課題を終わらせた優が、椅子の上で伸びをしていた時だ。


 〈月光〉の修行の一環として使用している〈探知〉の魔法に、強大なマナを持つ存在がひっかかる。


 反応があるのはベランダの方。春も深まって外気が心地よい季節だ。網戸にしていたためにマナの通りが良かったことが、幸いしていた。


「……俺、通話しましょうって言いませんでしたか?」


 だれも居ないように見えるベランダに、それでも優は確信をもって話しかける。と、室外機の影から現れたのは小柄な人影だ。


「あれ? おかしいな。お姉さん、結構上手に隠れたつもりだったんだけど」


 夜風に銀色の髪をなびかせながら青い瞳で優のことを見つめる絶世の美女が居る。


 身長150㎝ほどの天と同じくらいの背丈。それでいてメリハリのあるボディーライン。こちらもまたシアとは違う、日本人が思い描く理想の顔形・体型をしている。


「あっ、もしかして。……気配に敏感になるのが、常坂ちゃんのところで修業した成果だったり?」


 言いながら断りもなく網戸を開けて優の部屋に入ってきた彼女こそ、優が事態の解決策を求めて頼った8期生の先輩――モノだった。


 今日の彼女は、闇夜に紛れるぴっちりとした黒い服ではない。インナーに見えなくもないノースリーブに、ひらひらした短パンを合わせた、まさに部屋着といった格好だ。


 健全な思春期男子であるところの優だ。普段以上に隙を見せるモノの格好に、ついモノの二の腕や胸元に一瞬だけ視線が行ってしまう。それでもすぐに“良くないことだ”と判断して視線を逸らし、反省できるのが優だ。


「…………。とりあえず、適当な場所に座ってください。いま、飲み物入れるので」


 そう断りを入れて、キッチンへと向かう。


 モノも客人だ。天が居なくなって減らなくなったインスタントの甘いミルクティーでも飲ませようと、瞬間湯沸かし器でお湯を沸かす。


 そんな彼の腕に、不意に、柔らかな感触が押し当てられる。


「……モノ先輩。俺、座っててくださいって言ったはずですけど?」

「うんうん、そうだね~。でもお姉さん、久しぶりの優クンとの密会で、もう待ちきれないの。前みたいに押し倒してほしいな♪」


 モノが言った「前」とは、優が常坂家で修業する直前のこと。


 春野の死と天の失踪。相次いだ不幸に、優が打ちひしがれていた時のことだ。「夜這いに来た」という冗談とも本気とも分からない文言を吐きながら現れたモノ。続いて、


『先輩として、アドバイスをしに来たの。守るべきものを見つけたけど、その時にはもう既に、一番守りたかったものが消えていた。そんな可哀想なヒーロークンに、ね』


 そう煽り文句を言ってきた彼女を、優はベッドに押し倒したことがあった。


 結局その後、優はモノから常坂久遠を頼るというヒントを得たわけだが――。


「そのことについては感謝しています。ありがとうございました。でも俺はモノ先輩に欲情したりはしません」

「……さっき、私のおっぱいと脇、見てたくせに。言っておくけど女子はそういうの、すぐわかるよ?」

「あれは……。生理現象です」

「うわ、優クンってば言い訳してる~。なっさけない~」


 暗に「格好悪い」といわれてカチンとくる優だが、それでも普段の優の理性の壁は常人よりも分厚く硬い。「うりうり~」と楽しそうに優の腕に胸を押し当ててくる痴女に冷ややかな目線を返していれば、すぐにお湯が沸く。


「ほら、お湯かかってあぶないかもしれないので、退()いてください」

「あ、気遣ってくれるんだ? お姉さん思いの優クン、優しい~」


 などといいながらも、さすがに優の腕を解放してくれたモノ。小さく息を吐いた優は自分の分とモノの分、それぞれのマグカップにお湯を注いで、居間に置いている座卓の上に運んだ。


「で、モノ先輩。早速なんですが……」

「その前に!」


 話を切り出そうとした優を、モノが腕を突き出して制して見せる。


 キャスター付きの椅子に座ってコーヒーをすする優が怪訝な顔で見つめる先、なぜか天と同じでベッドに腰掛けているモノが、微笑む。


「私の隣においでよ、優クン?」

「いやです」

「即答!? はは~ん。さてはあれだな~? お姉さんの魅力を前に、理性を保つ自信が無いんだなぁ~?」


 ミルクティーの入ったマグカップを手に、モノが足を遊ばせながら優を挑発してくる。だが、そこは素直さが売りの優だ。


「まぁ……そうです。モノ先輩の言う通り、先輩は魅力的なので。万一にも、間違いがあってはいけません」


 モノから視線をさりげなく外しながら、優は正直に答える。


 シアが告白してきた場合について考えたときもそうだが、現状、優には欲望にふたをするための理由がほとんどない状態だ。かつては春野という、欲望を振り払うための絶対的な盾の存在があった。


 しかし、彼女を失い、闇猫の討伐をもって1つの区切りをつけた今。正直、優にはモノの激しい誘惑をかいくぐる自信がない。


 言うまでもなくモノは、優が見ても非常に魅力的な存在だ。体型も、顔も。モノ本人が「春野と似ている」というように、優としては非常に遺憾ながら好みに近い。


 しかも、モノは優の中で、力をつけたいと悩める自分を助けてくれた恩人でもある。大規模討伐任務の際は、共に戦った仲間でもあるのだ。


 初任務で自分たちを殺そうとしてきたことを含めて不気味な点も多々ある。ただ、それを押して余りある親近感を、今の優はモノに持ってしまっている。彼女を頼ることに一切のためらいがなかったことからも、モノに対する警戒心の希薄化がうかがえるだろう。


 それら自分とモノの関係性の変化に、薄々気づいてしまっている優。冷静な今ならともかく、もしも以前のように心身が弱っているときにモノに煽られれば、本気で彼女を襲いかねないとさえ思える。


 そのため、可能な限りモノとの身体的な距離感は取っておきたいところだった。


 そうしてわずかに顔を赤くしながら、素直に距離を取る理由を明かした優。彼の態度を見つめるモノの顔にあるのは、獲物を見つけた肉食獣のような獰猛な顔だ。


「ふふっ! そっかそっか~。これは優クンがお姉さんの魅力に落ちるのも時間の問題かなぁ~、うんうん」

「良い年をした大人が未成年を食わないでください……」


 それはもう楽しそうな先輩にタジタジになりながらも、優は改めて本題を切り出すことにした。


「それで、モノ先輩。……ホーリープロダクションって、聞いたことありませんか?」


 優が言った瞬間、カップを持つモノの指がピクリと反応した。


 今回、優がモノを頼った理由の大半は、彼女が特派員でありながら特警にも所属していることにある。彼女が持っているだろう特警としての情報に、優はすがったのだ。


 もしシアの言うフォルの家庭環境が真実なのであれば、フォルは優の中で助けるべき人物となる。かつてのように「ヒーローになりたい!」と声高に訴えることはできない優だが、悲痛な運命をたどっている人物を助けたいと思うことは決して間違いではないと信じている。


 一方、もしもフォルが悪事を率先して行っているのであれば、優の目的はフォルを止めることに変わる。


 知り合いだからこそ、悪事に手を染めているのであればやめさせなければならない。そう思うこともまた間違いではないと、優は信じていた。


 いずれにしても優は、シアの手助けをするつもりでいた。


 しかし、春樹も言っていたように、優たちは特派員であって特警ではない。


 いくら友人のためとはいえ、もしもフォルを強引な方法で止めようとした場合、十中八九、法を犯すことになる。そうなれば当然、逮捕されるし、公務員である特派員になることはできなくなる。悪をぶちのめして万々歳。そんな小説と、現実は違うのだ。


 ゆえに、特警であるモノの助言を求める。


 フォルの所属する事務所は、間違いなく法を犯している。そして、魔法にかかわる犯罪を専門としているのがモノたち特警だ。


 彼女であれば、公にされていないホーリープロダクションの情報を、ひいてはフォルのことを知っているのではないか。また、フォルを助けるため・止めるための助言をしてくれるのではないか。そんな考えのもと、モノを頼ったのだった。


 真剣なまなざしで青い瞳を見つめる優を、モノもまた見つめ返してくる。


「私がインターンに行ってる間に。というより、今もインターンの真っ最中だけど。何かあった?」

「はい。実は……」


 優は隠し立てすることなく、ゴールデンウィークあたりから続いているフォルとシアの事情について話す。途中、ミルクティーのおかわりを入れながら、時間をかけて丁寧に。


 やがて、優がおおよその事情を話し終えたとき。モノの顔に浮かんでいたのは、それはもう楽しそうな笑顔だった。


「ふふっ、なるほど……! 私が居ない間に、そんな愉しそうなことが起きてたんだ……♪」


 他人事だというように笑うモノだが、ジットリとした優の視線を受けて咳ばらいを1つ入れる。そして、自身の啓示に従って、優がひそかに望んでいるのだろう情報を教えてあげることにした。


「ホーリープロダクションについては、うん。特警も把握してる。彼らがしていることも含めて、ね」


 権能を悪用した、ぼったくり。優でなくとも分かる、違法行為だ。


「特警は動かないんですか?」


 優からの質問に、モノはあえて残念さを表情ににじませて頷く。


「今は動けないっていうのが正しいかな。フォルちゃん……天人が関わってる事件って、特警でもかなり慎重に扱われるの」


 かつてシアを誘拐・監禁したコウについてもそうだ。彼も結局、保護観察処分付きの不起訴処分となっている。


 その理由もまた、コウが天人だからだ。


「もしも天人の不興を買って権能を乱用されたら、それこそ人間社会が大混乱する。だから人間たちは、とても慎重に……臆病に。天人への処分を下してるんだろうね」


 そんな中、フォルはといえば、ごく少数の人間に対してしか権能を使用していない。


「彼女を捕まえて法で裁くメリットと、不興を買って権能を乱用されるデメリット。両方を天秤にかけたとき、“今は”捕まえるほどではない。そう、特警は考えてるんだろうね」


 殺人を犯したわけでもなく、また、世間もフォルの犯罪を認知していない。ゆえに特警は、不介入を貫いているのだ、と。フォルは語る。


 事実上、犯罪者を野放しにしている日本の警察と司法に、優が憤りを覚えたことは言うまでもない。


 うつむいて怒りとやるせなさを抱える優。彼の理性が弱まったその瞬間に、フォルはそっと、優にとって魅力的な情報を与える。


「でも、ね。優クン。実はフォルちゃんは、事務所の所長に利用されてるだけっていう見方が、特警の中では強いの」


 その情報を聞いて顔を上げた優の目に映る感情に、モノは静かに、笑みをこぼす。そして今度こそ。目の前に居る少年がまさに今求めているだろう言葉を口にした。


「悪い大人の言いなりにさせられて、悪事に加担させられている。そんなかわいそぉ~なフォルちゃんを、助けてあげたら? 格好良いいヒーローさん♪」




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